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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「自分が決めた道」

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第8話「忘れられた場所、グランベル」

「もうずっと前から、忘れられた場所なんだ」

(忘れられた場所......?)


「どういう意味でしょうか?えっと……」

 その意味を聞こうとして、目の前のこの親切な女性の名前をまだ聞いていなかったことに、レティシアは今さら気が付いた。


「あ、ごめん。私はエミ。母さんと二人で薬師をしてるんだ」

 女性はエミと言うらしい。にっこりと笑い自己紹介をした。母親だとは先ほどから聞いていたが、二人とも薬師だったとは。どうりで雪崩に合って全身が痛い自分にこれほどに優しくしてくれるはずだと納得する。

 エミは若そうだが落ち着いて優しそうな雰囲気があり、レティシアより少し年上のように見える。エレオノールもそうだが、この地方では赤胴色の髪が多いのか、エミも赤胴色の髪色である。


「私はレティシアです」

 寝たままでは失礼かと思い、思わず体を起こして礼をしようとした。

「いた……」

 しかしその瞬間、体のあちこちが痛くなり、起き上がれず顔をしかめてしまった。

「ああ、大丈夫だよ、そのままでいいよ」

 それを察したエミは、慌ててレティシアの肩をさすった。

「ありがとうございます。大丈夫です」

 こうしてさすってもらうとそれだけで痛みが和らいでゆくので、不思議だ。レティシアは全身で礼を伝えたいのにそれが出来ずにもどかしい気持ちになる。


 レティシアの肩をさすりながら、エミはゆらゆらと揺れる暖炉の火を見つめた。そのまなざしは、暖炉の火ではなくもっと遠い場所を見つめているようだった。そして、ゆっくりと話し始める。

「ここはね、昔は数千人が暮らす鉱山の町だったんだ」


 ―――グランベル鉱山

 かつてここは、ヴァレリア領の経済を支える鉱山のひとつだった。


 ある日、数百人が犠牲となった大きな落盤事故が起きた。

 それはかなり大規模な落盤事故だった。


 犠牲となった人も多く、多くの男たちが怪我をして動けず、皇帝へ救援要請が送られた。

 グランベル鉱山の人たちは救援を待った。動ける男、それに女、子どもたちも介抱に追われた。日夜を通しての救助活動、できる限りの治療や看護を行いながら、グランベルの人たちは救援を待った。……だが待てど暮らせど、返事は来なかった。


 辺境伯からも帝国からも、何の知らせも届かなかった。それでも来る日も来る日も、グランベル鉱山の人々は支援を待ち続けた。だが、結局誰も来なかった。グランベルの人たちは絶望とともに鉱山の復興を諦めた。


 働き手である夫を亡くした女たちは、子どもを連れて次々とグランベルを捨てて出て行った。しかし幼い子を抱えた女たちには、ここを捨てて出てゆくことすらできなかった。


 エミの父親も落盤事故に巻き込まれて亡くなった。しかし薬師だった母親はそのままグランベルに残って、まだ幼いエミを抱えてこの地で生きてゆくことにした。同じように幼子を抱えた何人かの母親たちとともに。


 しかし残酷にも......残された者たちを流行病が襲った。次々と発病する死に至る病だった。数人の薬師だけではなすすべもなく、ほとんどの人が亡くなってしまった。エミの母親は治療にあたっていたときに流行病に感染し、命は助かったもののその後遺症で声を失ったのだった。


 多くの人が亡くなり、今ここにあるのは、雪に埋もれた廃墟だけとなった。

 黒い口を開けた坑道がまだ当時のまま残されているのだ―――と。


「そんな―――」

 支援を待ち続けることはどんなに過酷な心情だったか。

 支援が来ないと絶望し、あきらめるに至るまでの葛藤はどれほどだったか。

 当時の状況を思い、気づけばまた涙が頬を伝っていた。


 以前、レティシアは皇后教育の中で勉強したことがあった。

『落盤事故の発生時は、速やかに皇帝へ復旧要請を出す』

『皇帝から領主へ支援要請が出され、領主が事故調査と復旧に当たる』

(グランベルの人たちは正しく救援要請をしたのに、なぜ支援が来なかったの……!?)


「ありがとう、優しいのね、レティシア」

 レティシアがグランベルに起きた悲しい運命に涙している。それを見て、エミは慰めるように優しく話し出した。

「実は、レティシアが目覚めるまで不安だったんだ。……だって、どんな人か分からなかったから。でも、私たちに起きた悲劇を思って泣いてくれる、こんなに優しい人だったんだね」


「それは、そうだわ」

 エミはレティシアの涙を拭いてくれる。

(そう言えば……!)

 レティシアははっとした。

「私をどうやって助けてくれたの?」

「谷底の雪の下に生える薬草があるんだ」

「薬草?」

「うん。この時期になると採りに行くの」

 エミは頷いた。


「その日、小さな雪崩があったって聞いてね。薬草が埋まってないか心配で見に行ったんだ」

「それで?」

「薬草は無事だった。でも近くの倒木に、あなたが引っ掛かってたの」


「谷底?」

 自分が雪崩に合ったのは稜線が見える丘の上だったと思い出す。


「ええ、その丘の上にある廃坑道近くの斜面に崩れた跡があったから、きっとそこから新雪の雪崩に巻き込まれたのかなって。それで一緒に行ってた男にここまで運んでもらったんだ」


 その丘の上から谷底に落ちたのだ。よく無事で生きていられたのだと背筋が凍る。しかし全身が痛いということは、体のあちこちを怪我しているせいなのだろう。どこを動かしても痛みが走る。

(まだ頭がぼうっとしているのは薬のせいなのかしら)


「あなた、ラヴィエール公国の人でしょう?」

 思わぬ問いかけにレティシアは目が丸くなった。



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