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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「自分が決めた道」

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第7話「雪の果ての目覚め」

『レティシア、次は君が鬼だよ』

 優しいアイスグレーの瞳が私に笑いかける。

 殿下の笑顔に会うのはずいぶん久しぶりだわ。


 ここは、...皇宮の中庭?

 きっと梅雨時期ね。

 紫陽花がたくさん優しく咲いているもの。

 何度も来た場所だからよく覚えてる。

 私の、大好きな場所。

 このガゼボの周りをぐるぐる回って。

 殿下とかけっこしたり、かくれんぼしたり……。

 これは、かくれんぼね。

 殿下が紫陽花の茂みに隠れようとしている。


『分かりました!いち、に、さん……ご? ろく……よん……きゅう……?』

 私ったら、まだ数がちゃんと数えられていないわ。

 いやだ、なんて恥ずかしいの...…!

 母上も後ろでくすくす笑ってる。

 母上の笑顔も、私は大好き…。


『…ちょっとまってー、ちゃんと数えてよ…あっ!さては君、数字がまだ...』

 隠れようとされていた殿下が、思わず出てきてしまったわ。...お優しい殿下。

 ……ずっと昔から変わらない、優しい笑顔。


(―――ズキン)


 胸が痛くなる。

 ああ……これは、懐かしい夢なのかしら。


『あ!殿下、みーっけ!あはは』

 無邪気に笑う私の笑顔が見える。

 あんなに口を開けて笑うなんて。

 叱られちゃうわ、はしたないって。


 私が私を見えるなんて。

 やっぱりこれは夢なんだわ。

 殿下も笑っている。母上も笑っている。


『あっ!もー、違うよ、あはは』

 二人の笑い声がこだまする。

 宝物のような思い出の日の、夢。

 温かな思い出が夢になって戻って来たような。


(そんな、感覚……が)






 眠りから醒めたレティシアは、まだ頭がぼんやりしていた。目をまだ開けたくない。こうして目を閉じていれば、また夢の中に戻れるかもしれないという儚い希望。そんな願いも空しく、現実へと引き戻される。


(ああ。やっぱり、夢だったのね)


 覚めてほしくない夢を見ていた。もうあの頃には戻れない。

 そしてもうあの場所にも戻れない。


 ―――この手は血で汚れてしまった。

(私は社交界よりも剣を選んだ)


 目を閉じたまま、涙が頬をつたう。


(右足首が痛い……。寒い……。体のあちこちが痛い…)

 突然、寒さと全身の痛みが押し寄せた。思うように体が動かない。レティシアはゆっくりと目を開けた。


「気が付いた?」


 レティシアを、見知らぬ女性が覗き込んでいた。


(誰……?)

 記憶と現実がつながらず、自分に起きていることが把握できない。

(まだ夢を見ているの?)


「……ここは?...貴方は、どなたですか?」

 レティシアの問いかけに女性は困ったように笑うと、小さく頷いた。そして静かに部屋を出ていく。

(あれ?聞こえなかったのかしら?)


 レティシアは部屋の様子を観察する。見慣れない木の天井。太い梁がむき出しになっている。小さな窓から、冬の柔らかな光が差し込んでいる。ぱち、ぱち、と何かがはぜる音がする。


「いた……」


 もっと周りを見ようとして体を動かすと、全身の痛みに襲われる。身体を動かすのはあきらめて、仕方なく視線を動かす。


 部屋の隅には石積みの暖炉があり、小さな火が静かに揺れていた。壁も床も、粗く削られた木でできており、ところどころに隙間があった。


 壁際には乾燥させた薬草や束ねられた薪が吊るされ、何枚もの毛皮が積み上げられていた。


「……寒い」

 声がうまく出ない。誰もいない。何も分からない。それでも何があったかを思い出そうとした。

(辺境地…そして襲撃があって)

(ルシアンと賊を追っていて、それで…)

 突然、記憶がよみがえってきた。

(そうだ……!私は……雪にのまれて……!)

 雪崩、真っ白な世界。離れていく手。

『ルシアン……!』

(……ルシアン!)

 レティシアは息を呑んだ。

(ここはどこ?ルシアンはどうなったの?)

 こうして生きているということは、自分は助かったのだ。

 しかし一緒にいたはずのルシアンの姿がない。ルシアンは助かったのだろうか。こうして別の場所で寝かされているのだろうか。

(何も分からない...。どうしたらいいの?)


 不安に駆られ、ぽろりと涙がこぼれた。

 そこへ、さっきの部屋から出て行ってしまった女性と、もう少し若い女性が急いで部屋に入って来た。若い女性はレティシアが泣いていることに気が付き、優しく声をかけた。

「泣いているの?もう大丈夫だよ」


 若い女性がレティシアの側に来て、涙を拭いてくれる。

「一人にしてごめんね。母さんは口が聞けないから、私を呼びに来てたんだ」

 優しく肩に手を置き、さする。”母さん”と呼ばれた女性は、申し訳なさそうに苦笑いをしている。

(そうだったのね...。そうとは知らずに泣き出してしまって。恥ずかしいわ)

 置かれた手の優しさに、思わず言葉が出てくる。

「温かい…」

 温かい手を添えられているだけで不安な気持ちが和らぎ、こわばった体の緊張がゆるんでいくようだった。

 そのまま少しの時間が経過した。


 不安な気持ちが少し和らぐと、今度は疑問が湧き出てきた。

「ここはどこですか?」

 あらためて問いかける。

「ここはグランベル鉱山の跡にできた集落だよ。みんなはグランベルって呼んでる」

「グランベル村?」

(ヴァレリア領からの中にある村かしら?)

 レティシアはヴァレリア領にある村の名前はあまり知らない。


「ううん。村でも町でもないよ」

 若い女性は首を振る。

「ここは―――ただの集落だよ。もうずっと前から、忘れられた場所なんだ」

 その言葉は、冬の空気のように冷たく、静かにレティシアの心へ届いてきた。



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