第6話「アルフォンスの懇願」
「私もヴァレリア領へ同行させてください」
アルフォンスの言葉が会議室に響く。
その言葉にアルフォンス自身が目を見開いた。
(今、自分は何を言った……?)
自分自身が発した言葉に驚いていた。
辺境伯は足を止める。
エレオノールはアルフォンスを見る。
(彼が……?)
あれほど感情を表に出さなかった皇太子が、自ら辺境へ行きたいと言った。
(殿下……あなたは……やはり、レティシアを)
皇帝はその言葉に目を見開いた。
(……今、アルフォンスが何と言った?)
アルフォンスと目が合う。
(辺境の状況を自ら確かめたいと?……いや、違う)
皇帝は目を細める。
(まさか……私情か?)
しかしアルフォンスのその瞳は揺らいでいる。
まるで迷いを感じているように……。
(……こいつは、自分でも分かっていないのか)
一同もアルフォンスを見つめている。
皇帝がヴィクトルに視線を向けると、彼もまたアルフォンスを見つめていた。
その目は厳しく険しかった。それもそうだ。
レティシアを婚約者候補から外したのは、他ならぬ息子自身なのだから。
皇帝は小さく息を吐く。
(無自覚か……なんとも不器用な)
「……殿下」
不意に、宰相が口を開いた。
「そのお言葉は、皇太子としてのご判断でしょうか」
静かな問いだった。
しかし、その場の空気をさらに張り詰めさせる。
発言をしたアルフォンス自身が、一番戸惑った顔をしている。
皇帝は静かにアルフォンスの顔を見つめる。
いつもは堂々としている息子が、小さく見える。
(父親としては、その気持ちに従わせてやりたい)
だが―――
(皇太子が公の場で感情に突き動かされるなど、あってはならぬ)
皇帝としての決断は、一つだった。
「ならぬ」
「父上……」
アルフォンスは何かを言いかけて、口を閉じた。
「辺境は現在、戦時下にある。皇太子が軽々しく赴く場所ではない」
「……」
目を伏せるアルフォンス。
冷静な皇帝の返事に言葉が出てこない。
「それに、ヴァレンティーヌ嬢の捜索は、辺境伯とヴァレンティーヌ公爵家に任せるべきことだ」
その場の空気が凍りつく。
アルフォンスはその言葉に固まる。
その顔は青白く視線が宙をさまよっている。
ヴィクトルは一息ついてアルフォンスに向けて話す。
「殿下のお気持ちはありがたく存じます。…しかし、辺境は未だ混乱の最中と存じ上げます。現状で殿下に辺境へ赴いていただくことには賛成いたしかねます」
息をのむアルフォンス。
ヴィクトルはわずかに表情を和らげた。
「代わりに、我が家からアレクシスを向かわせます。」
「……アレクシスを?」
アルフォンスは顔を上げた。
―――アレクシスなら。
―――レティシアの兄なら。
「……頼む。」
絞り出すような声だった。
「それでは御前、失礼いたします」
辺境伯とエレオノールが会議室を後にする。
アルフォンスはその背中を、ただ見送ることしかできなかった。
アルフォンスは自室に戻った。
上着も脱がず椅子に腰を下ろし、天井を仰ぐ。
そして、ゆっくりと両手で顔を覆った。
会議室での場面を思い出す。
(なぜ、私はあんなことを……)
『私も同行させてください』
自分の声が頭の中で反響する。
―――なぜ行こうとした。
―――辺境へ行って、自分に何ができる。
(分からない)
ただ―――
(レティシアが、行方不明……)
その報告がアルフォンスの心を揺さぶり、恐ろしいほどの不安に駆られる。
(もう、二度と彼女に会えないかもしれない)
その考えが胸を締めつける。
いやだ。
それだけは、いやだった。
「彼女に会いたい」
自然と言葉がこぼれ落ちた。
静かな部屋に溶けるように消えていく。
けれど、その言葉は誰よりも、アルフォンス自身の胸に深く落ちていった。




