第5話「ヴァレリア領からの緊急報告」
───帝都にあるヴァレリア辺境伯家の別邸。
その門の前には、出立のための馬車が二台並んでいた。一台はヴァレリア辺境伯家のもの。そしてもう一台は、見送りに訪れた皇室の馬車である。
今日、辺境伯が帝都を立つと聞き、アルフォンスは自ら別邸を訪れていた。
「それでは殿下、失礼いたしますぞ」
ヴァレリア辺境伯がそう言って馬車へ乗り込む。
「ああ。また会おう。道中、気を付けて」
アルフォンスが穏やかに頷くと、辺境伯も力強く頷き返した。
そして今度は、エレオノールが一歩前へ出る。
「短い間でしたが楽しい滞在でした」
そう言って優しく微笑み、右手を差し出した。
アルフォンスはその手をそっと握ると、
「先日は取り乱したな」
と少し小声で言った。
あのとき―――
『隠していたのか、本当の自分を』
エレオノールの前で感情をあらわにしたとき。
レティシアは幼い頃から皇后候補として、本当の自分を隠して生きてきた。
それを見て見ぬふりをしてきたのは、自分だ。
そして、追い詰めた。
傷つけた。 ……ひどく───
「あれから彼女のことを何度も考えている」
その声は弱々しかった。
その言葉に少し驚き、エレオノールは目を見開く。そして優しい笑顔を見せ、頷いた。
「ぜひ彼女と……再び向き合ってください」
そして、まっすぐアルフォンスを見つめ、右手に力を込めた。
「状況が落ち着きましたら、ぜひ領地にお越しください」
「ああ、ぜひ」
アルフォンスも微笑む。
―――その時。
「旦那様! ヴァレリア領より早馬です!」
従者が門を駆け抜けてきた。
辺境伯は馬車から飛び降り、急いで封書を受け取る。そして封蝋を見るなり顔色を変えた。
「……軍の緊急印だ。」
エレオノールの顔も強張る。
「父上?」
辺境伯は顔を上げた。
「殿下、エレオノール。直ちに皇宮へ向かう」
「何があったのですか」
「……分からん。だが、これはきっとただ事ではない」
(一体、何が───?)
アルフォンスは馬車を急がせ、込み上げる不安を何度も打ち消した。
皇宮の会議室に関係者が集められた。
この場には皇帝、皇太子。
2大公爵家であるヴィクトル・ヴァレンティーヌ公爵とロシュフォール公爵。
ヴァレリア辺境伯とエレオノール。
そして宰相が立ち会う。
緊迫した空気の中、皇帝は机上の報告書を手に取った。そして読み上げる。
「……ヴァレリア領境界領域にて、過激派組織による襲撃が発生」
辺境伯とエレオノールが思わず立ち上がる。
「何と……!?」
その報告に緊迫しざわめく一同。
(何だって?襲撃……!?)
アルフォンスの心臓が跳ねる。
「組織は西の城壁を爆撃、地下牢に捕獲中の盗賊団の頭を殺害」
皇帝の声が静かに響く。
「襲撃はその日のうちに、鎮圧」
鎮圧という言葉に、その場の空気が僅かに緩む。
しかし―――
「負傷者三十二名、死亡者九名。関連して雪崩に巻き込まれ行方不明者二名、うち一名は、……!」
そこで、皇帝は読み上げる声が止まる。
生唾をごくりと飲み、皇帝はヴィクトル・ヴァレンティーヌ公爵を見つめる。
ヴィクトルは目を見開き、次の言葉を待つ。
「レティシア・ヴァレンティーヌ嬢……」
一瞬の静寂。
そして、
「……今、なんと」
ヴィクトルの声が低く落ちる。
「……レティシア・ヴァレンティーヌ嬢が行方不明」
皇帝は一度言葉を切った。
「もう一人については、記載がない」
「まさか……公爵令嬢が行方不明だと……」
ロシュフォール公爵が息をのむ。
(レティシアが行方不明?)
アルフォンスは固まった。
意味が分からない。
なぜ雪崩に巻き込まれる?
行方不明?
視界から、すっと色が消えていった。
(……レティシア・ヴァレンティーヌ嬢)
その言葉だけが、頭の中で反響していた。
「陛下、発言をお許しください。我々は直ちにヴァレリア領へ帰郷したく存じます!」
勢いよく立ち上がる辺境伯とエレオノール。
その目からは、怒りと焦燥が滲み出ている。
「許そう。追って経過を報告せよ」
短く答える皇帝。
「は!」
席を立ち、出口へと歩き出そうとする辺境伯とエレオノール。一刻も早く領地へ向かいたいという気持ちがはやる。
だがその前に...。
辺境伯は、上座へ向かう。
ヴィクトルはゆっくりと座り直していた。
その表情は恐ろしく硬い。
「ヴァレンティーヌ公爵殿、我々が必ずレティシア嬢を探し出します」
辺境伯はヴィクトルに近づき、声をかけた。
ヴィクトルは辺境伯を見つめ、目だけで頷いた。
そして、ヴィクトルの視線がふと宰相へ向く。
宰相は静かに座ったまま、何一つ表情を変えていなかった。
重苦しい沈黙が会議室を包む。
辺境伯とエレオノールが会議室を出ようとした時だった。
「……陛下」
その沈黙を破ったのは、アルフォンスだった。
「私もヴァレリア領へ同行させてください」




