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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「自分が決めた道」

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第4話「雪」

レティシアは賊を追って林の中へ入り込んでいた。


賊を倒し、その場にへたり込む。

手からするりと剣が滑り落ちた。

周りに人の気配はない。争いの声は遠い。


深呼吸をして、そして自分の手を見つめる。

少し早い自分の呼吸の音。

聞こえるのはそれだけ。

両手は震えていた。

(人を斬ってしまった)

(これが、戦いなのね...)

針葉樹林の間から差し込む光を見る。

また深呼吸をする。


倒れている賊に目をやる。

息はあるようだ。目が合いそうで、思わず目をそらす。

(この人も、私と同じ人間...)


怖さなのか。

人を斬ったからなのか。

自分でも分からない。

ただ、震えだけが止まらなかった。


ただ一つだけ分かることがあった。

(……私は、自分でここへ来ると決めた)

だから、この震えからも目を逸らさない。


(よし)

立ち上がろうと前を向いた視線の先に―――

麻布を巻いた赤銅色の髪の賊が走ってゆくのが見えた。

その後ろから、ルシアンが追いかけている。

(ルシアン...!)

考えるより先に、後を追って林の奥へ駆け出していた。





(犠牲が多すぎた。なぜだ)

レオニスは走りながら考えた。

(ガレスにしてやられた)

レオニスは少しだけ後ろを振り返る。

(根城を突き止めるつもりか)

誰かが追ってきていることはすでに気が付いている。

(これ以上、ヘマをして”あの方”を怒らすといけねぇ)

木々の間を縫うように走る。

(派手にやってやるぜ)




(わざと足場の悪いところを走っている。さては)

ルシアンは後を追うが、新雪に足をとられ距離が離れてゆく。

(尾行が気づかれている!それなら……)

気配を消さずに追いかけようとしたとき。


「ルシアン!」

後ろから聞きなれた声で叫ばれた。

見ると林の中を並行して走るレティシアがいた。


「危ないから戻れ!」

レティシアは何度も足を取られながらも走る。


「嫌!」

レティシアはきっぱりと言い、走り続ける。

(……本当に、無鉄砲だ)


ルシアンは小さく息を吐いた。もう止めても無駄だ。

「おそらく向かうのは北西だ!」

逃げている相手が進路を少しずつ北西へ変えていることに気づいていた。


「君は雪の少ない右手の高台へ回れ!あの先で奴を挟む!」

レティシアは頷き、二手に分かれた。



やがてレオニスは林を抜け岩肌が露出した高台に出た。

雪に覆われた山の稜線にある見晴らしのいい場所だった。


急にレオニスが立ち止まった。

そしてゆっくり振り返る。

「付いてこれるのはここまでだぜ」

ルシアンは林の中で身を潜めていた。


「出てこい!」

レオニスが叫ぶ。


(こんな高台で立ち止まる?どうするつもりだ)


ルシアンは高台に行かせたレティシアを探す。

(どこだ…レティ)

レティシアは先回りして高台に着き、レオニスが立っている後ろの岩に身を隠していた。

(いた!……あんなところに?)

レティシアの背後には尾根に続く雪の斜面が迫っていた。


「出て来いよ!……遊んでやるよ」

レオニスは口元に笑みを浮かべ、ルシアンの潜む林へ呼びかけた。


レティシアは剣を抜く構えを見せ、ルシアンを見た。しかしルシアンは指示が出せない。

(ここで捕らえるか。それとも追跡を優先するか……)

(くそ……どちらが正しい)

動けないルシアン。


「なら教えてやろう。」

レオニスの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


ほぼ同時だった。

―――レティシアがルシアンの指示を待たずに飛びかかる。

―――レオニスが懐に手を入れ、筒状のものを取り出す。


ルシアンの目が見開く。


「まずい―――!」

ルシアンは勢いよくレティシアの方へ駆け出す。


次の瞬間、レオニスはそれを背後の岩肌へ投げつけた。


――――ドォン!!

轟音が響く。


新雪をまとった岩肌が激しく揺れる。

一瞬、静寂が訪れる。


そして。

パラ……。

パラ、パラ……。

白い粉雪がレティシアの頭上から落ちる。


ルシアンは走りながら血の気が引くのを感じた。

「レティ!! 走れ!!」

(頼む、間に合ってくれ!)


ゴゴゴゴゴ……!!

山が唸り声を上げる。

雪は巨大な白い壁となり、轟音とともに押し寄せてくる。


「あ……!」

レティシアの足が雪にのまれかける。

その腕をルシアンが掴んだ。

「こっちだ!」



二人は林へ向かって駆け出した。

バキッ!…バキ!

背後では木々がへし折れる音。



レオニスは雪崩に背を向け、岩壁の陰へ回り込む。

そこには雪の積もらない細い岩道が、北西へと続いていた。

「あばよ」



雪の咆哮がすぐ後ろまで迫っていた。

レティシアが振り返る。

(全てが白に塗り潰されていく)

―――足を取られる

―――――逃げられない

「ルシアン……!」

叫んだ瞬間に冷たさと衝撃が全身を貫いた。


(……離してたまるか)

ルシアンは手に力を込めた。


しかし、繋いだ手が離れていく。

伸ばした指先も、白い闇に呑み込まれていった。



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