第3話「追跡せよ」
目の前の男が元皇室騎士団長のガレス・オルディンだということは明白だった。
顔の古傷、灰色まじりの髪、そしてなにより。
数々の歴戦を生き抜いてきた存在感。
常人とは一線を画していた。
レオニスは身震いをする。
(くそ)
城壁への攻撃が囮であると完全に読まれていた。
牢の入り口に立ちふさがるガレス。
その背後には数名の兵士の姿も見える。
(こいつがここに居るってことは、見張り番はすでに……)
ガレスが静かに言う。
「誰に使われている」
返事の代わりにレオニスは右の口角を上げる。
じりじりとガレスが間合いを詰めてくる。
鋭い眼光でレオニスを睨んでいる。
―――逃さない
強い意志をびりびりと感じる。
レオニスはブラウン髭の男を離し、ゆっくり立ち上がる。
「お、おい、頼む……!」
懇願する声だけが牢内に響く。
レオニスはガレスから目を離さずに、ゆっくり袖口から短い刃を滑らせた。
ガレスも剣を抜く。
「もう一度聞く。お前らの裏にいるのは、誰だ」
ブラウン髭の男が叫ぶ。
「そんなヤツはいねえって!俺らはただ―――」
次の瞬間、ブラウン髭の男の胸を刃が貫いた。
心の臓を狙ったところで数秒は意識がある。
自分に起きていることを認識する猶予が。
「おい、まじか……よ、レオニ……ス」
やがて眼の光が失われ、倒れこむ。
さすがのガレスも一瞬だけレオニスから視線を外す。
その隙にレオニスが懐から小さな筒状のものを取り出す。
「逃がさん!」
ガレスが踏み込む。
しかし轟音とともに視界が白く染まる。
―――咳き込みながら顔を上げると
そこには息絶えたブラウン髭の男だけが横たわっていた。
「……口封じか」
「隊長殿、他に捕えていた奴らの仲間もすでに…」
兵士がせき込みながら報告を上げる。
(容赦のないことだ……)
ガレスはブラウン髭の男に近づき、胸の短剣を見る。
その柄の部分に、わずかに職人の刻印が見える。
(これは…帝都の上流貴族御用達の印)
「盗賊風情が持つには出来すぎな短剣だ」
ガレスはその印をじっと見つめていた。
「レオニス……か」
―――チッ
(名前を呼びやがって)
レオニスは全力で西側の城壁を目指して走っている。
名前を呼ばれた悔しさと腹立たしさで煮えくり返っていた。
レオニスは敵が囮に気が付き先回りしている可能性も考えていた。
しかしまさか―――
「奴が出てくるとはな」
(思った以上に食えねえ奴だ)
しかし、奴の口封じという目的は達成できた。
(直ちに帰還だ)
(根城を知られたらやっかいだ)
西側の城壁に着いたレオニスは、撤退指示を出した。
「奴らが撤退を始めたぞ、いまだ!」
ルシアンは小隊に指示を出す。
レティシアの心臓は早鐘のように打っていた。
(大丈夫、自分で決めたことだから―――)
―――――わぁぁぁ!
小隊とともにレティシアは撤退を始めた賊の退路を塞ぐ。
「くそ!潜んでやがった」
「逃げろ!」
「いや、攻撃しろ!」
―――キーンッ!
――――ガキン!
撤退を阻まれた賊たちはたちまち混乱に陥った。
(所詮は烏合の衆というところか)
ルシアンは剣を構えたまま賊の動きを観察した。
(レティシアは……?)
レティシアは賊の剣を受け流し、危なげなく距離を取る。
動きに無駄はない。
だが、どこかぎこちなかった。
(緊張しているのね、私。身体の動きが硬いわ)
――――キン!
「ぐあっ!」
(もっと、動きを早くして、隙を作らないようにしなきゃ)
「この覆面野郎め!」
(素早く間合いを詰めて)
―――ガキン‼
「くっ……!」
(不思議。剣に集中することで、怖さが和らいでゆくわ)
次々とレティシアの剣が閃く。
賊は踏み込むことも、退くこともできず、ただ剣を受けるしかなかった。
ルシアンはそんなレティシアの様子を見て小さくため息をついた。
「さすがだ…」
そして賊に応戦しながらノエルを探す。
「もう面倒だから二人いっぺんに来なよ」
ノエルが二人の賊に応戦している。
「なめんじゃねえよ!」
「このガキが!」
二人ともノエルの倍はある体格をしている。
(さすがにやばいか)
ルシアンが心配した次の瞬間、ノエルの剣が美しい弧を描く。
―――ギィン!
賊の剣が高く宙を舞った。
「え……」
賊が目を見開く。次の瞬間には、ノエルの切っ先が男の喉元へ突き付けられていた。
「はい、一人目」
にっこりと微笑みながら、もう一人へ視線を向ける。
ルシアンは一瞬ぽかんと目を丸くした。
「さすがだ…」
(賊どもが焦り始めた)
賊の動きがさらにばらばらに散らばる。
(この中で、誰が指揮官か…)
ルシアンは賊の動きを注意深く観察する。
雪に足を取られながらも我先に退却を続けようとする者。
仲間に隠れようとする者。
怪我をした仲間を背負い、戦う者。
―――ズキン
ルシアンは胸の底が疼くような痛みを感じた。
(だめだ、ここで折れてはいけない)
一呼吸、息を吸う。
息を吐き、ルシアンは正面を向く。
その視界に、一人の男が飛び込んできた。
麻布を頭に巻いた、赤銅色の髪の男。
身のこなし、剣さばき、ほかの賊とは違う。
―――何よりも
賊たちの視線が無意識にその男へ集まっている。
(指揮官は奴だ)
「奴の動きを注視せよ。指揮官の可能性あり」
賊の攻撃を交わしながらルシアンは小隊員たちに指示を出す。
(奴は必ず根城に帰る)
指令室を出る前。
―――ルシアンとノエルはガレスに呼ばれた。
『賊どもは壊滅させるな。根城に戻る奴の後を追跡しろ』
つまりこの挟み撃ち作戦の真の目的は、根城の追跡だった。
赤銅色の髪の男は、次々と味方に何かを告げて回っている。
その動きに隙がない。
小隊員を何人か切りつけ、北西の方角に進んでいる。
(その先にあるのは―――)
深い針葉樹林。
人を寄せつけない雪深い山々。
そして、その向こうには―――ルシアンは西の方角をちらりと見る。
ルシアンの生まれ故郷でもあるラヴィエール公国との国境がある。
(……やっかいだな)
ルシアンが赤銅色の髪の男へ視線を戻す。
―――消えた。
男はすでに、針葉樹の林の中へ姿を消していた。




