第2話「本物の戦い」
指令室を飛び出すと、凍てつくような風。
雪が頬に打ちつける。
西の空には黒煙が立ち上る。
遠くから怒号と金属のぶつかり合う音。
「急ぐぞ!」
ルシアンが叫び、小隊がそれに応える。
二十名ほどの小隊が雪を蹴り上げながら走る。
レティシアとノエルもそれに続く。
負傷者のうめき声。
誰かの叫び声。
訓練では聞いたことのない音ばかりだった。
無意識に剣の柄を握り直す。
───怖い
(これが戦場......!)
いつかのガレスの言葉が、頭に浮かぶ。
『命を狙ってくる敵は、死に物狂いで来る』
背筋がぞくりとする。
これは人と人が傷つけ合う、本物の戦いだ。
一行は崩れた西の城壁を大きく迂回し、雪深い林へ入った。
やがて先頭を行くルシアンが拳を上げる。
隊列がぴたりと止まった。
遠くから怒号が聞こえる。
金属がぶつかり合う音。
第三騎士団が、今も敵を引きつけているのだ。
白い息を吐きながら、レティシアは剣の柄を握り直した。
戦場は、もうすぐそこだった。
武装した二人の男が、西の城壁をよじ登る。
壁を超え降り立つと、迷いなく司令施設へ向かって駆け出した。
目的地は、ただ一つ。
この司令施設は全て古い石造りになっている。
草の茂みに隠されるように、その入口がある。
地下牢へ続く石段。
(───見つけたぞ)
男たちは石段を駆け下りる。
そしてやがて薄暗い地下牢にたどり着いた。
西側へ兵士が集まっている。
(よし、ここは手薄だ)
わずかに残されている牢番を気絶させ鍵を奪う。
そして探している男を探す。
ブラウンの髭の、男を。
「いたぞ」
男たちは素早く鍵を開ける。
男のうちの一人は見張りに立つ。
一人がブラウン髭の男に駆け寄る。
「おい起きろ」
ブラウン髭の男は横たわり、朦朧としている。
「……頼む、ここから出してくれ。もう知っていることは全部話した……」
ブラウン髭の男はうつろに話す。
どうやら自力では起き上がれないようだ。
「何を話した」
問いかける声は無慈悲で冷たい。
「レオニスの...組織に頼まれてやったことだ。...何回も話したろう」
「それで?」
「...上に、もっと偉い奴がいる。レオニスでさえ……頭を下げてた。」
目を閉じたまま応えるブラウン髭の男。
その答えに舌打ちをしてさらに問いかける。
「...それが誰か、お前は分かっているのか?」
「だから知らねえって言ってるだろ!」
懇願と苛立ちの混じった声を上げ、ようやくブラウン髭の男は顔をあげた。
「その赤毛。お、お前は───レオニスか?」
ブラウン髭の男は目を見開いた。
レオニス、と呼ばれた男はニヤリと笑った。
灰青色の瞳が笑う目じりは年齢以上の皺が刻まれている。
頭に巻いた麻布から、白髪交じりの赤胴色の頭髪がはみ出し、見えていた。
「しゃべってないだろうな」
ブラウン髭の男の目に僅かに希望が宿る。
組織のリーダー、レオニスが自分を迎えに来た。
(助かった...)
諦め、捨てていたはずの希望。
安堵が男を包み込む。
「しゃべってねえ。おい、ここから出してくれ」
「ああ兄弟、出してやるよ。ここから、な」
レオニスはブラウン髭の男の肩を抱き抱えた。
───その時だった。
「それは困るな」
低い声が、薄暗い地下牢に響いた。
ルシアンの率いる小隊二十名は、指示された地点に到着した。
円を書くようにして、ひっそりと陣を組む。
「我々は敵の後方から奇襲をかける。おそらく城壁の攻撃はおとりだ。時が来たら撤退する」
誰かが問いかけた───
「では、本当の敵の狙いは?」
一瞬の静寂。
白い息を吐き、ルシアンは西の空へ目を向けた。
立ち上る黒煙。 響き続ける怒号。
それらを見据えたまま、静かに口を開く。
「本当の狙いは、地下牢だ」




