第21話「わたしはレティシア」
冬の朝はゆっくり明ける───
レティシアは夜明け前から目が覚めていた。
昨夜届いた一通の手紙のせいで、よく眠れなかったからだ。
父からの手紙が、現実を連れて来た。
また手紙を読み、大きなため息をつく。
「大丈夫ですか?お嬢さま」
朝の支度に来たマリアが心配そうに声をかけた。
(はぁ......)
返事の代わりにもう一度ため息をつく。
「……帰って来なさいって」
マリアに手紙を見せる。
「ここは危険になるからって」
マリアが苦笑いをする。
「ご心配されているのですね」
過激派組織への制圧が始まる───
(その前に帰って来なさいということね)
「そう言われるとは思っていたけど」
───でも
(気乗りしない......)
(帝都へ戻ればきっと皇室との関わりは避けて通れない)
次は大きなため息というよりむしろ声が出た。
「はぁあぁー、危険でもいいからずっとここに居たい」
ベッドに飛び込み、顔をうずめる。
マリアは空気を察し、テキパキと朝の準備をすすめる。
「お嬢さま、本日は剣術着でよろしいですね」
チラリと見ると剣術の準備がされていた。
「そうね!ルシアンかノエルと剣を振って、気分を変えるわ」
がばっと起き上がったレティシアだった。
マリアが着替えを介助する。
「いつかのお祭り以来、お嬢さまはこのさらしがお気に入りですね」
レティシアの胸にさらしを巻きながら言った。
「これがあると剣に集中できるのよ」
あえて“銀花祭”という単語を避けたマリアの気遣いが温かい。
「ドレスでは強調して、剣術着では隠して。裏と表、まるで...」
ふと、言葉が止まる。
まるで...
───まるで?
「まるで、わたしみたい」
言葉が自然に口から溢れ出た。
頭がぐわんとする。
───裏と表。私は隠してきたの?
私は、何を?
『自分のことはあまり見えてないんだね』
エレオノールに言われた言葉がよみがえる。
見えないはずだわ。
私はずっと、社交界の“私”だけを私だと思い込んでいた。
鏡に映る自分を見る。
隠れていたわたし、それは───
幼い頃の記憶が断片的によみがえる。
好奇心がたくさんあって、毎日がわくわくしていた頃。
気になることがあれば走っていった。
嬉しいときは声を上げて笑った。
悲しいときは泣いた。
怒れば頬を膨らませた。
私はずっと、自分を二つに分けて考えていた。
社交界の私と、本当のわたし。
どちらが本当?
―――ううん、どちらも、『私』だった。
笑うことも。
剣を振るうことも。
誰かを大切に思うことも。
あの方にふさわしい人になりたいと思い、努力してきたのも。
「全部、私だったのね。忘れていたわ」
頬を、一筋の涙が伝った。
それは悲しい涙ではなかった。
自然にこぼれ落ちる涙だった。
胸の奥に長く閉じ込めていた何かが、ゆっくり溶けてゆく。
「……ああ」
小さく声が漏れる。
「私は、空っぽなんかじゃなかったのよ」
それを聞いて、マリアは息を呑んだ。
口元を押さえたまま、ぼろぼろと涙をこぼしている。
まるで長い旅から帰ってきたような気持ちになる。
鏡を見つめて、微笑んだ。
「……おかえり、わたし」
後ろでマリアのすすり泣きの声が聞こえた。




