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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「私が”わたし”を取り戻すまで」

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第21話「わたしはレティシア」

 冬の朝はゆっくり明ける───


 レティシアは夜明け前から目が覚めていた。

 昨夜届いた一通の手紙のせいで、よく眠れなかったからだ。

 父からの手紙が、現実を連れて来た。


 また手紙を読み、大きなため息をつく。

「大丈夫ですか?お嬢さま」

 朝の支度に来たマリアが心配そうに声をかけた。

(はぁ......)

 返事の代わりにもう一度ため息をつく。


「……帰って来なさいって」

 マリアに手紙を見せる。

「ここは危険になるからって」

 マリアが苦笑いをする。

「ご心配されているのですね」


 過激派組織への制圧が始まる───

(その前に帰って来なさいということね)


「そう言われるとは思っていたけど」

 ───でも

(気乗りしない......)

(帝都へ戻ればきっと皇室との関わりは避けて通れない)


 次は大きなため息というよりむしろ声が出た。

「はぁあぁー、危険でもいいからずっとここに居たい」

 ベッドに飛び込み、顔をうずめる。


 マリアは空気を察し、テキパキと朝の準備をすすめる。

「お嬢さま、本日は剣術着でよろしいですね」

 チラリと見ると剣術の準備がされていた。

「そうね!ルシアンかノエルと剣を振って、気分を変えるわ」

 がばっと起き上がったレティシアだった。

 

 マリアが着替えを介助する。

「いつかのお祭り以来、お嬢さまはこのさらしがお気に入りですね」

 レティシアの胸にさらしを巻きながら言った。

「これがあると剣に集中できるのよ」

 あえて“銀花祭”という単語を避けたマリアの気遣いが温かい。

「ドレスでは強調して、剣術着では隠して。裏と表、まるで...」

 ふと、言葉が止まる。


 まるで...

 ───まるで?


「まるで、わたしみたい」

 言葉が自然に口から溢れ出た。


 頭がぐわんとする。

 ───裏と表。私は隠してきたの?

 私は、何を?


『自分のことはあまり見えてないんだね』

 エレオノールに言われた言葉がよみがえる。


 見えないはずだわ。

 私はずっと、社交界の“私”だけを私だと思い込んでいた。

 鏡に映る自分を見る。

 隠れていたわたし、それは───


 幼い頃の記憶が断片的によみがえる。

 好奇心がたくさんあって、毎日がわくわくしていた頃。

 気になることがあれば走っていった。

 嬉しいときは声を上げて笑った。

 悲しいときは泣いた。

 怒れば頬を膨らませた。


 私はずっと、自分を二つに分けて考えていた。

 社交界の私と、本当のわたし。


 どちらが本当?

 ―――ううん、どちらも、『私』だった。


 笑うことも。

 剣を振るうことも。

 誰かを大切に思うことも。

 あの方にふさわしい人になりたいと思い、努力してきたのも。


「全部、私だったのね。忘れていたわ」


 頬を、一筋の涙が伝った。

 それは悲しい涙ではなかった。

 自然にこぼれ落ちる涙だった。


 胸の奥に長く閉じ込めていた何かが、ゆっくり溶けてゆく。

「……ああ」

 小さく声が漏れる。


「私は、空っぽなんかじゃなかったのよ」


 それを聞いて、マリアは息を呑んだ。

 口元を押さえたまま、ぼろぼろと涙をこぼしている。


 まるで長い旅から帰ってきたような気持ちになる。

 鏡を見つめて、微笑んだ。

「……おかえり、わたし」


 後ろでマリアのすすり泣きの声が聞こえた。



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