第20話「レティシアが隠していたもの」
「彼女は、泣くような人間じゃない」
そう言った自分の言葉が頭の中でこだまする。
あの時。あの夜。
―――「そなたを婚約者候補から外すこととする」
―「理由を...お聞きしてもよろしいでしょうか」
―――「先日の舞踏会だ」
―――「君は優秀だ。学問、礼儀作法、ダンス、その他も全てにおいて」
―――「だがあの場で君は、何が起きていたか理解していなかった」
―――「状況を読み、適切に判断し、動くこと。それを皇后に求めたい」
ー「承知しました...」
(泣いていた?でもあの時は)
―――何の反応すら見せていなかったではないか
(あの時でさえ感情を乱さなかった)
レティシアは…完璧令嬢は。
泣かなかった。
視線を落とした。
それだけだった。
だがしかし―――
一人になった時。
もしかしたら帰りの馬車で。
ただ一人になった部屋で。
そう、たった一人で。
(彼女が、少しでも……泣いていたとしたら?)
言葉にならないまま、胸の奥がざわつく。
「いや、違う。彼女は―――」
―――そうだ、マカロンだ。
幼き頃に会った少女は、どんな子だった?
(マカロンをおいしそうに食べていた)
――感情豊かで、素直で、愛らしく笑う少女。
――好奇心旺盛で、そそっかしくて、いつも母親に叱られていた。
(ああ、そうか彼女は)
いつしか”社交界の笑顔”の仮面をつけた。
自分の感じたことよりも、求められる答えを話すようになった。
感情を完璧に抑えるようになった。
―――”完璧”令嬢とは。
「まるで完璧に自分を抑えて生きている令嬢という意味ではないか」
呆然というようにアルフォンスは言葉を発した。
エレオノールはそれを聴いていた。
「彼女は―――隠していただけか?」
グレイスンは肩を震わせている。
アルフォンスは足元がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に襲われる。
「隠していたのか、本当の自分を」
それはもう、ほとんど泣き声のようだった。
アルフォンスの行き場のない声は、冬の夜に小さく沈んでいった。




