第19話「『彼女』の話」
「さぁて、……お話の前に、食後の運動と――」
―――キン!
鋭いエレオノールの剣が冬の澄んだ空気を割く。
「――行きましょうか、殿下ぁ‼」
―――――キンッ‼
皇宮に剣がぶつかり合う音が響く。
「なぜ…」
連続して打ち込まれるエレオノールの剣。
「こんなことに……っ‼」
アルフォンスはしっかりと受け止めて打ち返す。
会食の途中でアルフォンスの動揺を引き出したエレオノールだった。
すかさず剣術のお手合わせを願い出たのである。
エレオノールはドレスを脱ぎ、すぐに稽古用の軽装へと身を替えた。
こうしてエレオノールとアルフォンスは、皇宮の稽古場にいる。
「彼女の話、聞きたいっておっしゃってましたよね⁉」
―――キン!
「ああ、だがそれがなぜ、……”剣術しましょう”に――」
―――――キン‼
「――なったんだ!…?」
激しい打ち合いが続く。
エレオノールは辺境の騎士隊長であり多くの実戦経験がある。
一方、アルフォンスも幼少期から皇室の剣を習得してきた実力がある。
両者とも引けを取らない勝負となっている。
こうして長い時間、二人は剣を交えていた。
「殿下といつか勝負したいと思っていました!」
―――ガキン!
エレオノールの剣が塞がれた。
二人の息が乱れる。
勝負はつかない。
互角の戦いだった。
「はぁはぁ……間もなく日が暮れる」
アルフォンスが剣を持つ手を緩める。
勝負は引き分けとなった。
「はぁはぁ、ここまでだ」
昼食から始まった会食は、気づけば夕暮れを迎えていた。
冬の夕暮れは短く、東の空はもう夜に覆われている。
アルフォンスが剣を収め、踵を返し歩き出す。
しかしエレオノールはその場に立ったままである。
「はぁはぁ、どうした?」
それに気が付き、アルフォンスが振り返る。
エレオノールは汗だくになりながらアルフォンスを見つめている。
「はぁ、はぁ、殿下」
「はぁ、…なんだ」
グレイスンがタオルをエレオノールに渡そうとする。
しかし受け取るそぶりを見せない。
まるで眼中にないように。
覚悟を決めた目でアルフォンスを見つめ続けている。
少し息を飲み込み、そして意を決して言う。
「―――彼女は、泣いていましたよ」
汗がつつーっと、エレオノールの頬をつたって落ちる。
「……」
アルフォンスは目を見開いた。
グレイスンの顔が青白く、目を伏せている。
「苦しそうでした」
レティシアの涙を思い出す。
「……」
アルフォンスは驚いたような目を向けている。
(なぜ驚いているんだ…?)
(レティシアがどれほど傷ついたか想像もしないのか?)
エレオノールは問いかける。
「なぜ、あの人を泣かせたのですか」
「私は…」
アルフォンスの目が困惑の色に変わる。
エレオノールは血気盛んな辺境の剣士の血筋である。
正面から真っ直ぐに、疑問をぶつける。
「彼女の覚悟を、なぜ受け止めてあげなかったのですか!」
アルフォンスはそれでもじっとエレオノールを見つめたままだ。
「私は…」
呆然としたようなアルフォンスに苛立つのを感じる。
エレオノールは、さらに声を荒げた。
「彼女は―――!」
はっとする。
―――『彼女は、あなたのことが好きなのに』
そう言いかけて、止めた。
(これは私が言うべき言葉ではない)
(誰かからこんな風に伝わるべきものじゃない)
「やっぱり、止めておきます。申し訳ございませんでした」
エレオノールは潔く頭を下げる。
グレイスンがほっとしたような息を少しだけ、漏らす。
「数々のご無礼をお許しください」
頭を下げたまま、詫びを重ねて言う。
「彼女は―――レティシアは」
エレオノールはハッとした。
―――初めて二人の会話の中に、レティシアの名が出た。
(そのことに、殿下は気が付いてるのだろうか)
アルフォンスは下を向いていた。
その表情はここからは見えない。
「そんなはずはない……」
その声は、アルフォンスのものと思えないほど弱弱しかった。
ようやく振り絞った―――そのような声だった。
「殿下…?」
(どういう気持ちなのか…分からない)
(だけど、なぜかひどく悲しそうだ)
エレオノールは次の言葉が出てこない。
やがてアルフォンスがぽつりと言った。
「彼女は、泣くような人間じゃない」




