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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「私が”わたし”を取り戻すまで」

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第19話「『彼女』の話」

「さぁて、……お話の前に、食後の運動と――」

 ―――キン!

 鋭いエレオノールの剣が冬の澄んだ空気を割く。


「――行きましょうか、殿下ぁ‼」

 ―――――キンッ‼

 皇宮に剣がぶつかり合う音が響く。


「なぜ…」

 連続して打ち込まれるエレオノールの剣。


「こんなことに……っ‼」

 アルフォンスはしっかりと受け止めて打ち返す。



 会食の途中でアルフォンスの動揺を引き出したエレオノールだった。

 すかさず剣術のお手合わせを願い出たのである。

 エレオノールはドレスを脱ぎ、すぐに稽古用の軽装へと身を替えた。

 こうしてエレオノールとアルフォンスは、皇宮の稽古場にいる。



「彼女の話、聞きたいっておっしゃってましたよね⁉」

 ―――キン!


「ああ、だがそれがなぜ、……”剣術しましょう”に――」

 ―――――キン‼


「――なったんだ!…?」

 激しい打ち合いが続く。


 エレオノールは辺境の騎士隊長であり多くの実戦経験がある。

 一方、アルフォンスも幼少期から皇室の剣を習得してきた実力がある。


 両者とも引けを取らない勝負となっている。


 こうして長い時間、二人は剣を交えていた。


「殿下といつか勝負したいと思っていました!」

 ―――ガキン!

 エレオノールの剣が塞がれた。

 二人の息が乱れる。

 勝負はつかない。

 互角の戦いだった。



「はぁはぁ……間もなく日が暮れる」

 アルフォンスが剣を持つ手を緩める。

 勝負は引き分けとなった。

「はぁはぁ、ここまでだ」


 昼食から始まった会食は、気づけば夕暮れを迎えていた。

 冬の夕暮れは短く、東の空はもう夜に覆われている。


 アルフォンスが剣を収め、踵を返し歩き出す。

 しかしエレオノールはその場に立ったままである。


「はぁはぁ、どうした?」

 それに気が付き、アルフォンスが振り返る。


 エレオノールは汗だくになりながらアルフォンスを見つめている。

「はぁ、はぁ、殿下」


「はぁ、…なんだ」

 グレイスンがタオルをエレオノールに渡そうとする。

 しかし受け取るそぶりを見せない。

 まるで眼中にないように。


 覚悟を決めた目でアルフォンスを見つめ続けている。


 少し息を飲み込み、そして意を決して言う。


「―――彼女は、泣いていましたよ」


 汗がつつーっと、エレオノールの頬をつたって落ちる。


「……」

 アルフォンスは目を見開いた。


 グレイスンの顔が青白く、目を伏せている。


「苦しそうでした」

 レティシアの涙を思い出す。


「……」

 アルフォンスは驚いたような目を向けている。


(なぜ驚いているんだ…?)

(レティシアがどれほど傷ついたか想像もしないのか?)


 エレオノールは問いかける。

「なぜ、あの人を泣かせたのですか」


「私は…」

 アルフォンスの目が困惑の色に変わる。


 エレオノールは血気盛んな辺境の剣士の血筋である。

 正面から真っ直ぐに、疑問をぶつける。

「彼女の覚悟を、なぜ受け止めてあげなかったのですか!」


 アルフォンスはそれでもじっとエレオノールを見つめたままだ。

「私は…」


 呆然としたようなアルフォンスに苛立つのを感じる。

 エレオノールは、さらに声を荒げた。

「彼女は―――!」

 はっとする。

 ―――『彼女は、あなたのことが好きなのに』

 そう言いかけて、止めた。

(これは私が言うべき言葉ではない)

(誰かからこんな風に伝わるべきものじゃない)


「やっぱり、止めておきます。申し訳ございませんでした」

 エレオノールは潔く頭を下げる。


 グレイスンがほっとしたような息を少しだけ、漏らす。


「数々のご無礼をお許しください」

 頭を下げたまま、詫びを重ねて言う。


「彼女は―――レティシアは」

 エレオノールはハッとした。

 ―――初めて二人の会話の中に、レティシアの名が出た。

(そのことに、殿下は気が付いてるのだろうか)


 アルフォンスは下を向いていた。

 その表情はここからは見えない。

「そんなはずはない……」

 その声は、アルフォンスのものと思えないほど弱弱しかった。

 ようやく振り絞った―――そのような声だった。


「殿下…?」

(どういう気持ちなのか…分からない)

(だけど、なぜかひどく悲しそうだ)

 エレオノールは次の言葉が出てこない。


 やがてアルフォンスがぽつりと言った。

「彼女は、泣くような人間じゃない」



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