第18話「エレオノールのいたずら」
エレオノールが父に同行した一番の目的は、婚約者であるアルフォンスとの食事会だった。
旅装を脱ぎ、皇宮の侍女が用意した黒のドレスに袖を通す。
黒地に深紅の刺繍がエレオノールの赤髪と呼応して、思わず息を飲むほどの美しさだった。
―――ほうっ
侍女たちはため息をつきながら、
「殿下もお嬢さまの気高い美しさに目を奪われることでしょう」
など色めきだつ。
「アルフォンス殿下なら、この程度の容姿は見慣れているのでは」
と言うと、侍女たちは驚いて顔を見合せる。
「お嬢さまほどの美しさは、そうそうお目にかかれませんよ」
と沸き立つ。ある侍女が、
「今度こそ殿下も...」
と口を滑らせた。エレオノールは聞き逃さず、
「どういう事だ?」
とすかさず強めに問いかけた。
言いよどむ侍女たち。しかしエレオノールの追求には逆らえず、
「どの様なご令嬢にも殿下はご関心を示されずに...」
「あとのお二人の婚約者候補の方と食事会を重ねても、殿下は無関心で...」
など、もごもごと打ち明けた。
(あの完璧なレティシアとも婚約破棄したし、殿下は女性に興味がないのか?)
と考え込むエレオノールだった。
侍女たちはエレオノールが気分を害したと勘違いをして、
「ですが大丈夫です、お嬢さまのお美しさは...」
と次々にエレオノールを褒めたたえてくれた。
侍女たちが出ていったあと、改めて鏡を見る。
黒いドレスがエレオノールの豪傑さを気高さに変えている。
(確かに別人みたいだ)
本来なら婚約者との食事には明るい色を選ぶべきなのかもしれない。
だが、彼女には着飾る理由が思い浮かばない。
黒は格式があり、失礼もない。
ただ挨拶をし、食事をする。
それだけのこと―――。
エレオノールが婚約者候補に選ばれたわけ。
それは、帝国北部の安定のため皇室とヴァレリア家の結びつきを強めるためだった。
(私はレティシアとは違う。本当に形だけの婚約者候補だからな)
アルフォンスに会ったのも、この前の舞踏会が初めてだった。
(正直、興味がない......)
エレオノールはため息をついた。
客室へ通されたエレオノールは、勧められた席に腰を下ろしアルフォンスを待っていた。
――コンコン。
「アルフォンス皇太子殿下がお見えです」
一瞬、心臓が跳ねたが、
(レティシアを振った相手を、この目でしかと見てやろう)
そんないたずら心で、アルフォンスを待ち構えるエレオノールだった。
エレオノールは剣士らしく、スッとその場に立つ。
扉が開き、アルフォンスが入室する。
深い紺色の礼装姿で現れた。
金髪とよく合い―――
(レティシアが好きになるはずだ)
と、エレオノールはぼんやりと思った。
「待たせたな」
「いいえ、今しがた参りました」
アルフォンスが着席を促し、二人は向かい合う形で座る。
後ろには皇太子付きと思われる執事が控えている。
こうして食事会が始まった。
食事が運ばれてくるまでの間に、少しばかり言葉を交わす。
しかしどれも心のこもっていないような口ぶりだった。
表情もなにもなく、目はこちらを見ない。
(うーん、これは…)
エレオノールは何かに気が付いた。
(私は殿下に興味はないが、殿下に好かれたいご令嬢にとっては心が折れるかもな)
それほどアルフォンスとの会話は事務的で、自分に興味がないことがひしひしと伝わるものだった。
食事が始まり、香草のサラダを口に運びながら。
ふとアルフォンスが話しかけた。
「ヴァ、ヴァレリア領の冬はどうだ?寒いのか?」
声が裏返り、言葉をつっかえるアルフォンス。
(うん…?)
小さく咳払いをするアルフォンス。
エレオノールは聞かなかったことにした。
「そうですね、もう雪がずいぶん積り、かなり寒いです」
会話をしているが相変わらずこちらを見ない。
気にせずエレオノールもサラダを食べる。
川魚の燻製に香草がよく合い、さっぱりと美味しい。
「そうか。風邪などひいていないだろうか」
(うん?)
サラダを食べる手を止める。
「ええ、私はこの通り元気ですが」
「そ、そうだな。何よりだ」
アルフォンスはまた咳払いをした。
(……あれ?)
アルフォンスの言動に少し違和感を覚えた。
(もしかして……?)
次に琥珀色のスープが芳ばしい香りとともに運ばれてきた。
「うわ、おいしそう……!」
思わず声に出る。
スープの湯気の向こうにアルフォンスをちらりと見る。
相変わらず無表情だ。
今度はこちらから話しかける。
「ヴァレリア領では猪肉と野菜の煮込みシチューばかりですので、このような上品なスープが食べたかったです」
……ちらりとアルフォンスを見る。
「……そうか。それは良かった」
(そっけない返事。私の話には興味なさそうね)
スープを口に着けるアルフォンス。
(よし、見てろよ)
「ですが、帝都の料理より辺境の豪快な料理を好む方もいるようですね」
言い終えてちらりとアルフォンスを覗き見る。
しかし―――
「……そうなのか。」
と答えただけで表情一つ変わらなかった。
スープの皿を片付けようとした執事の手が、ピクリとしただけだった。
次に、見事な海老と貝のクリーム煮が運ばれる。
(さっきのは間接的過ぎたのか。よし、今度はもっと責めて……)
「わぁ!おいしそうですね」
顔の横で手を組み、大きく目を開いて大げさに感動して見せる。
(柄じゃないんだけどな…)
「そなたは料理に感動しやすいのだな」
海老にナイフを入れながら答えるアルフォンス。
そっけない返事にエレオノールはいたずら心に火が付いた。
「ヴァレリア領でしばらく共に過ごしている友人は、料理が運ばれてくるたびに子どものように目を輝かせるのです。その癖がきっと移ったのですわ」
執事の肩がぴくりと跳ねた。
「……目を輝かせる?そんな友人はきっと見ていて飽きない人なのだろう―――」
アルフォンスがそう言いかけた時、
―――ガチャン‼
皿が落ちて割れた音が響いた。
「申し訳ございません…」
侍女たちが駆け寄り、割れた皿を片付ける。
「どうしたグレイスン、お前が取り乱すなんて…何か…」
グレイスンと呼ばれた執事はさっと血の気が引いていた。
それを見てアルフォンスは、ハッと何かに気が付いて目を見開いた。
そしてゆっくりエレオノールの方を向く。
その顔は、先ほどまでの無関心さがきれいに消えていた。
エレオノールはにっこり笑い、こう言った。
「やっとこちらを向いてくれましたね、殿下」
アルフォンスは何も答えない。
ただ、薄紫の瞳だけがじっとエレオノールを見つめている。
エレオノールはその視線を受けて、くすりと笑った。
その目がいたずらそうに輝いている。
「その友人の話……」
エレオノールは身を乗り出す。
「聞きたいのでしょう?」




