第17話「緊迫の執務室」
「皇帝陛下にお目にかかります。ヴァレリア辺境伯、帰還いたしました。」
辺境伯は手を胸に当てて頭を下げる。
皇帝は執務机から顔を上げた。
帝都に到着したヴァレリア辺境伯は、さっそく皇帝に謁見を願い出ていた。
「……ヴァレリア辺境伯か。遠方よりご苦労だった」
手に持っていた用紙を、積みあがった書類の山の一番上に置く。
「南部街道の視察から戻ったばかりで、すぐにこちらへ来たと聞いたが」
穏やかな笑みを浮かべているが、辺境伯を見つめる目は鋭い。
「はい。早速ですが、皇帝陛下にご報告申し上げたい件がございます。」
「よほど急いでいるようだな……」
皇帝はゆっくり立ち上がった。
「その顔を見るに、良い報せではなさそうだな」
辺境伯を傍のソファに座るよう促し、自らも向かい側に腰かけた。
「先日、絹行商を狙っていた盗賊団の討伐に成功したと聞くが」
「はい。その件で」
辺境伯は、盗賊団につながる過激派組織の存在を――
さらに現在はその根城を捜索していることを伝えた。
「あとは領内の警備強化と、組織の根城を発見次第、討伐へ向かう所存です」
黙って聞いていた皇帝は、小さくため息をつく。
「過激派組織か……やっかいだな」
独り言のようにつぶやいた。
「はい、どれほどの規模の組織と成っているかはまだ……」
辺境伯は声を潜め、前に座る皇帝に近づくように身を乗り出し、
「しかし背後にはおそらく…」
辺境伯はそこで口を閉ざした。
皇帝の眉がピクリと動く。
(もっとも伝えたいことはこれであったか)
そっと目を閉じる皇帝。
(資金のない組織が、これほど長く活動できるはずがない……)
ふうと息を吐きだす。そして、低く小さな声で唸るように言う。
「裏でつながっている貴族がいるということか」
辺境伯がゆっくり頷く。
「目星はついているか」
「いいえ、まだです」
「そうか……」
再び目を閉じ、人差し指をトントンとテーブルに打ち付ける。
皇帝が出す指の音だけが執務室に流れる。
辺境伯は目を閉じている皇帝をじっと見据える。
やがて、しばらくの後に皇帝が静かに口を開いた。
「……分かった。必要であれば帝都からも兵を出そう。何かわかればすぐに報告を」
ゆっくり頭を下げる辺境伯。
「承知しました」
皇帝は頷き、辺境伯を見つめて低い声で問いかける。
「ほかには?」
問われて、辺境伯は息を止めた。
頭を下げたまま辺境伯は少しの間、考える。
(出納帳の件は……まだ話せぬ)
―――コンコン。
沈黙を破るようにノックの音が響く。
「謁見中だ」
皇帝が静かに応える。
「私です。エドモンです」
ドアの向こうから宰相の声が聞こえる。
「宰相か」
皇帝は辺境伯を見る。
ゆっくりと頭を上げる辺境伯。
宰相がドア越しに続ける。
「ヴァレリア辺境伯がご到着とお聞きしました。私も同席願いたく存じます」
辺境伯は静かに頷いた。
それを確認し皇帝は、
「入れ」
と命じた。
「失礼いたします、陛下」
宰相が一礼し、部屋に入りドアを閉めた。
「ヴァレリア辺境伯、ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております、宰相閣下」
宰相はヴァレリア辺境伯の険しい表情を見て、わずかに眉をひそめた。
皇帝に座るよう促され、辺境伯の隣に座ると、
「何やら大事なお話だったようですな」
すぐに問いかけた。
「ああ。盗賊団の件について報告を受けていた。」
宰相が顔だけで辺境伯を見る。
辺境伯は一瞬だけ考え、皇帝に向かい頭を下げた。
「……私からのご報告は以上にございます」
皇帝は何も言わなかった。
ただ、辺境伯をじっと見つめていた。
まるで何かを確認するように。
少しの間、三者に沈黙が流れる。
宰相はどこを見るともなくテーブルを見つめている。
この横顔を辺境伯は目の端で見る。
「そうか。長旅で疲れておろう。今日はゆっくり休むがよい」
と、皇帝は大きく頷き明るい声で退席を許した。
その言葉により、空気の流れが変わる。
「御心遣い、感謝いたします」
辺境伯は席を立ち、一礼をした。
部屋を出ようとしたとき、一瞬だけ宰相に視線を投げる。
宰相は視線を落としたまま、ゆっくりと乾いた唇を湿らせた。
その指先だけが、わずかに膝を打っていた。




