第16話「消えた税収」
アレクシスは険しい顔をしている。
少し、青白いようにも見える。
手には何か書類を持っている。
「どうしたんだ?」
「約束もないのに突然申し訳ございません」
アレクシスが中に入り、静かにドアを閉めた。
「父上から、殿下だけに伝えるようにとの命令で参りました」
(”殿下”……か)
アレクシスに今まで”殿下”と呼ばれることはなかった。
よそよそしい態度にアルフォンスは唇を固く結び、着席を促した。
アレクシスは慣れた足取りでソファに座る。
以前はこうしてよくアルフォンスを訪ねていた。
気の置けない友として。だが今日は……。
アレクシスは一息つき、
「ヴァレリア領で―――」
と話し始める。
一瞬、レティシアの顔が脳裏をよぎり胸がわずかに躍る。
しかし、アレクシスの深刻な声にその高鳴りは胸騒ぎへと変わった。
アレクシスは小声で慎重に話す。
「宰相府へ提出された出納表に手が加えられた可能性がある、と報告があったんだ」
(なんだって?)
あまりに唐突な内容に驚いて言葉が出ない。
(そんなことがあり得るのか?)
アルフォンスの様子を確認してアレクシスは頷く。
「信じられないだろう。しかしこれは本当だ。ガレス・オルディン隊長からの報告だ」
手に持っていた書類をアルフォンスに渡した。
その書類には───
何者かが宰相府管理の出納表を改ざんし、ヴァレリア領の絹税の減少を隠していたと報告が記されていた。
(まさか───そんな)
あまりのことに書類を持つ手が震える。
アレクシスが眉間に皺を寄せ小声で続ける。
「誰がやったかは、分かりません。だから話せる相手は殿下しかいないという判断で、参りました」
「それは―――」
言いかけてはっと息をのむ。
(”やっていない”と確信した相手にしか話さないということか......)
信頼されていることの安堵。
しかし次に脳裏に浮かんだのは───
「父上も疑われていると?」
緊張がみぞおちへと沈んでいく。
アレクシスはゆっくり首を振る。
「それはないと思う。そうする理由がありません」
それを聞いて安堵するが、肩の力は入ったままだ。胸がざわつき、心臓が早く打つ。
「それにより利益を得るものが疑わしいということか。それなら父上に話して───」
「本当にそれが良いと思われますか?」
アレクシスの目がこちらを見ている。
厳しい目つきで。
優しい口調だが、考えを試されている。
目を逸らせない薄紫色の目。
その目と同じ人を知っている───。
「アルフォンス殿下は、皇帝陛下にこの事を報告するのが良いと思われますか?」
アレクシスは、改めて言い直した。
はっとする。
(しっかりしろ。考えるんだ)
二人の間に沈黙が落ちる。
やがて考えが、たどり着く。
「宰相府管理の出納表は厳しく管理されている。通常は改ざんなど不可能だ」
考えを整理するかのように、目を閉じて独り言のようにつぶやく。
アレクシスはその言葉に、頷く。
(ということは……)
ある考えにたどり着く。
パッと目を開けて、今度はアレクシスを見据えて話す。
「宰相がその不正に気が付かないというのは不自然だ」
「そうです。しかし、証拠がない」
アレクシスはまた頷く。
その口元がほんのわずかに緩む。
「そうだな。宰相は父上の側近だ。証拠もなく宰相を疑うことはできない」
「そういうことです」
「であれば、調べるべきは……」
思考の糸がつながっていく感覚になる。
「そうすることで利益を得るもの、となるか」
アルフォンスの言葉を聞き、アレクシスが立ち上がる。
「さすがだね」
スッと右手を差し出した。
「父上と僕も、同じ意見だよ」
そして少しだけ表情を和らげた。
「アル」
その呼び名に、アルフォンスは目を見開いた。
―――そう呼ばれるのはいつぶりだろうか。
ゆっくりと立ち上がり、差し出された右手を強く握り返した。
目の前にいる友の顔をしっかりと見つめる。
「皇帝陛下には内密で捜査を行おう。これは……」
薄紫色の瞳が鋭く光る。
アレクシスの右手にわずかに力が込められる。
「ああ、宰相の罪を暴くことになるかも知れない」
アルフォンスは、その手を静かに、しかし確かに握り返した。




