第13話「二つの出納帳」
その日の午後、南部街道の視察からヴァレリア辺境伯が帰還した。
視察という名目だが実際は―――
絹行商が襲われる被害が3年続いていることへの調査が目的だった。
南部街道は、古くから”絹街道”と呼ばれ、絹の交易で栄えている交易街道だ。
ヴァレリア領の南部にあり、エヴラール公国へ続く街道である。
レティシアは、ルシアンとともにヴァレリア辺境伯への挨拶に来た。
執務室のドアをノックしようとしたとき―――
ドアが少し開いていて、中から話し声が聞こえた。
「特定商会だけを儲けさせたい貴族がいるようだ」
「絹価格を操作し利益を得たか」
「三年も続いている。だれも気が付かなかったなんて」
(今回の視察のお話しだわ)
「報告済の領内の出納帳も見直した」
「ふむ」
(話の相手はガレス先生だわ)
「ああ、これは宰相府財務局が管理している出納帳の写しだ。両方を見直して―――」
(このお話は……だめ、盗み聞きしたことになってしまう)
レティシアは、小声でルシアンに言う。
「ルシアン、いったん戻って―――」
その時、中から大きな声がした。
「まて、その話はお嬢にするがよい、レティシア、入ってこい」
(私?)
「はい、先生」
急に名前を呼ばれ、まさかという気持ちで返事をする。
「なんで分かったんだろう、やっぱすごいな先生は」
ルシアンも同じ気持ちだった。
「失礼いたします」
(盗み聞きしていたと思われてしまったわ)
少しばつの悪さを感じつつ、中に入る。
ルシアンがドアをしっかりと閉めた。
辺境伯とガレスが立ったままこちらを見ていた。
(ガレス先生、あれ以来だわ。少し気まずいわ)
昨日、ルシアンがガレスに叱られた訓練を思い出して気まずさを感じる。
「ルシアン、ガレス先生がいらっしゃるけど大丈夫?」
「気にしても仕方ないよ」
平気そうに答えるルシアン。
(そうだ、この人はこういうさっぱりした人だったわ)
安心したレティシアだった。
「はじめまして、ヴァレリア辺境伯様。レティシア・ヴァレンティーヌにございます。このたびはご滞在をお許しいただき、誠にありがとうございます」
レティシアが丁寧に挨拶をする。
「おう、堅い堅い。ガレスから話は聞いておる」
辺境伯がはは、と豪快に笑い、レティシアに右手を差し出す。
「よく来てくれたな、レティシア嬢」
レティシアが握手を返す。
大きくてごつごつした手に頼もしさがにじみ出る。
次にルシアンが挨拶をする。
「ルシアンです」
辺境伯がルシアンを見る。
(ルシアン、挨拶では名前だけ述べるのね)
ハラハラとした気持ちで辺境伯の様子を見る。
(事情があるにしても、領主さまが不思議に思われないかしら)
領主は、優しい顔をルシアンに向けていた。
「よく来てくれた……」
そして右手を差し出した。
ルシアンは、笑顔で握手を返す。
(ああ、領主さまはすべてご存じなのだわ)
辺境伯の懐の大きさを感じ、温かい気持ちになるレティシアだった。
「話を戻すぞ」
ガレスがぶっきらぼうに言う。
「ああ、そうだ。なぜ二人を呼び込んだ?」
「お嬢にそれを見せるとよい」
ガレスは出納帳を指した。
「お嬢は数字を見るのが得意だ」
辺境伯はすぐにその言葉を理解した。
「そうか!そうだったな、がはは」
辺境伯は笑い、レティシアに座るよう促した。
そして二つの出納帳をレティシアの前に広げる。
「おかしいのだ。絹が盗まれると輸出量が減り領地収入が減るはずだが」
―――財務局へ報告済みの出納帳にある、税収入を指す。
「ここ三年、税収に変動がないのだ」
―――数値に大きな変動がない。
「何だこれ、数字ばっかで目が回りそう」
ルシアンが首を振る。
「確かに……変動がないですね」
レティシアは目をこらす。
(でも盗賊被害は三年前から増えて)
絹税の項目に目を通す。
(絹の輸出量が減少しているのだから)
収入の項目に目を通す。
(税収入そのものは減っていないとおかしいわ)
「こっから何か分かるの?数字ばっかじゃん」
ルシアンが出納表を見て首を振る。
しばらく二つの出納帳を見比べるレティシア。
―――すると
「待ってください」
あることに気が付く。
「ここをご覧ください」
ぱっと顔を上げ、財務局の出納帳を差し出す。
「え?」
辺境伯が近づいてのぞき込む。
「税収が不自然な数値になっています」
「なんだって?」
領主は驚き、思わず顔を上げる。
「そんなの分かるの?すっごいな」
ルシアンも驚く。
「はい、三年前は絹税100、商業税が50になっています」
税収の頁を広げ、領主に見せる。
「うむ」
「この年から盗賊被害が出ました」
「そうだ」
「ですが、二年前は絹税は90、商業税が60です」
「……」
難しい顔で出納帳の税収を確認する辺境伯。
「一年前は絹税は80、商業税が70です」
「……それがどうした」
難しい顔をしている。
「意味わかんねぇ...」
ルシアンも難しい顔をする。
「絹税は減っていますが総税収はほとんど変わっていません」
頷く辺境伯。
「ですが財務局の帳簿では、減った絹税とほぼ同額だけ商業税が増えています」
辺境伯は、まだピンと来ていないようだ。
ルシアンも首が肩につくほど傾げている。
「しかも他の主要税目には変化がありません。偶然にしては出来すぎています」
話しながら、声が震える。
「絹税が減った分、商業税が増えておるな」
「はい」
ルシアンが首をひねる。
辺境伯の顔が青白くなる。
「もしや...まさか...」
「絹税の減少額と商業税の増加額がほぼ一致しています。まるで誰かが、総税収が変わらないよう数字を調整したみたいに」
沈黙が流れる。
さすがにルシアンも事の重大さに気がついたようで顔がこわばる。
辺境伯は目を見開き、信じられないという表情をする。
「そういうことか……!」
頷くレティシア。
「次はこちらをご覧ください」
次に、領内の出納帳の税収を指す。
「二年前は絹税は90、商業税が50で減っています」
目を見開く辺境伯。
またルシアンも出納帳をのぞき込む。
「一年前は絹税は80、商業税が40でさらに減っています」
辺境伯は二冊の帳簿を何度も見比べた。
やがて信じられないというように首を振る。
「領内の帳簿と、財務局で管理している帳簿の数が、一致しておらん!」
「はい。他の主要税目を確認しましたが、変動しているのは絹税と商業税だけです」
レティシアの提言に頷く辺境伯。
「そんなのこんな数字から分かるの?...すげぇ」
ルシアンはお手上げと言うように両手を挙げる。
「農業税や地代税には大きな変化がありません」
再び沈黙―――
「どちらかが誤っているか……」
―――あり得ないことだ。
「あるいは、誰かが数字を書き換えたかだ」
ガレスが
「誤りではないだろう」
と静かに言う。
その言葉が一同に静かに沈む。
「三年連続だ。偶然で済む数字ではない」
ルシアンがごくりと唾を飲み込む。
レティシアも
「盗賊団による被害を考えますと、領内の出納帳の数値的が正しいかと」
と、静かに話す。
再び沈黙―――それを破ったのは辺境伯だった。
辺境伯は頷き、唸るような声で言った。
「宰相府へ提出された帳簿に手が加えられた可能性がある……」
(財務局の帳簿が改ざんされるなんて……)
レティシアの手が震えていた。
(そんなことが可能なの?)




