第12話「彼女が失ったものは」
──シュッ
───シュッ
『それってさ。レティ自身の願いだったの?』
ルシアンの言葉を何度も思い出す。
昨夜はあまり眠れなかった。
朝早くから無心で剣を振る。
───シュッ
皇太子の婚約者、やがては皇后へ。
(私の願い。私の目標......)
「おはよう!早起きだね」
声がした。
振り返ると剣を持ったエレオノールがいた。
「おはよう」
「......元気ないね」
エレオノールが近くへ来る。
「昨日の、ガレス様の言葉のせい?」
「それもあるけど、ちょっとね」
そっと剣を収める。
「ふぅん...」
(話したくないのかな......)
剣を抜くエレオノール。
───シュッ
───シュッ
剣が空を切る音が響く。
エレオノールの見事な剣さばきを観る。
彼女はたくさんの実戦経験がある。
第一騎士団の隊長になるほどの実力や判断力がある。
何も言わないが...
(いつもより厳しい横顔をしている気がする)
───シュッ
(彼女のような人にも、先生の言葉は胸に刺さったのかな......)
───シュッ
(それにしても綺麗...。)
(無駄のない剣さばき...)
しばらく見とれていると、不意に言葉が飛び出した。
「やっぱり、聞いてくれる...?」
レティシアの言葉に動きを止める。
「いいよ」
剣を収め、レティシアの隣に座る。
(よし、打ち明けよう...!)
決意するレティシア。
「私ね、アルフォンス殿下が好きだったの」
ぱっと、勢いよくエレオノールに顔を近づける。
(え、まさかの恋話!?)
エレオノールは後ろへのけぞった。
「えっと...そうだろうと思ってたけど」
「あなたも婚約者候補なのにこんな話してごめんなさい」
前を向くレティシア。
「え?あ、いいよ全然。私は殿下のこと特に何にも......」
エレオノールは顔の前で手を横に振る。
「そうなの!?あんなに素敵なお方なのに?」
びっくりして再び身を乗り出す。
「うん。私の好みじゃないなぁ。皇后になる気もないし」
ポリポリと頭を搔くエレオノール。
「...あなたの好みの人って?」
目を輝かせながらさらに顔を近づける。
(ガレス様......は好みとはちょっと違うか)
言ったものの特に思い当たる人がいない。
(黒髪で...)
(剣術が強くて──うん?)
当てはまる人がいる事にはっと気が付き、
「ち、違うからね!」
自分に否定したエレオノール。
声が出てしまっていた。
「え?......誰?」
レティシアのわくわくして嬉しそうな顔。
顔をぐいぐいエレオノールに近づけてくる。
(顔が近い...!)
「なんでもない。えーと、続きをどうぞ」
レティシアの肩を持ち、ぐいっと押す。
「う、うん」
残念そうな顔のレティシア。
「でも、殿下に婚約者候補から外すって言われてしまって」
体制を整え、前を向いて再び話し始める。
「え?直接言われたの?」
今度はエレオノールが身を乗り出す。
「う、うん」
(顔が、近いわ...)
レティシアが後ろにのけぞる。
「代理人とかではなくて?え、どこで?」
さらに近づけてくるエレオノール。
「ご本人から。銀花祭へ行った時に...」
エレオノールの両肩を持ち、ぐいっと押す。
ついに立ち上がるエレオノール。
「ぎ、銀花祭へ!?」
「ふ、二人で私的に会ってたってこと?」
勢いの良いエレオノールの質問に戸惑いながらも、答えるレティシア。
「ええ、幼い時は定期的にお茶会にも呼ばれていたけど...大人になってからは、たまにしかお会いできなくなって」
(え、待って......。それは『婚約者候補』じゃないよね。『婚約者』じゃないの!?)
あまりの話に固まるエレオノール。
(もう皇后になることが決まっている人だと思われていたんだ)
改めてレティシアを見る。
(そんな相手を候補から外したの?どうして?)
ため息を着いて悲しそうな顔をしている。
エレオノールは気がつく。
(そうか、彼女は好きな人に別れを告げられたんだ...)
──完璧令嬢と称された彼女が婚約者候補から外された。
───失くしたものは、皇后に続く道だけじゃなかった。
(それじゃあ彼女は恋も目標を失ったの?)
───そうだ。
(人生の道標そのものを失ったんだ)
「それは...辛かったね」
どんな言葉が彼女の苦しみを和らげるのか、エレオノールには分からなかった。




