第11話「空っぽの理由」
「こんな夜に女性の部屋に来るなんて非常識だよね、ごめん」
申し訳なさそうにルシアンがやって来た。
マリアが香草茶を差し出しながら、
「私もおりますし、大丈夫ですよ。それにここは帝都ではありませんから。」
とにっこりとルシアンに笑いかけ、ルシアンに座るよう促す。
レティシアは冷えた体を温めようと暖炉のそばに座った。
「マリアちゃん、いい子だね、可愛いし。レティが羨ましいな」
ルシアンもマリアに笑いかける。
マリアがすかさず耳打ちしてくる。
「お気をつけくださいませ、私の情報網によりますと、ルシアン様はかなりのプレイボーイと聞いております。泣かせた女性は数知れず、百戦錬磨の......」
ルシアンの方をジロリと見るマリア。
「こらこら、聞こえてるよ!それにそれは誤解だってマリアちゃん」
焦るルシアン。
「はっそういえば、銀花祭でもかなりモテてたわね」
わざと話に乗ってみる。
「ちょっと!それは昔の話だって」
慌てるルシアン。その様子が面白い。
マリアと顔を見合わせて大笑いする。
「よかった、元気になった?」
レティシアの笑顔をほほえんで見ているルシアン。
「落ち込んでるみたいだったから」
マリアは一礼して、そっと席を外す。
「そうね、気持ちがほぐれたわ」
暖炉の火を見つめながら話す。
そして振り向いてルシアンに問いかける。
「あなたは?」
「落ち込んでる......」
ルシアンが弱々しく笑う。
「だから君と話したくて来たんだ」
頷くレティシア。
「甘かったなって。ここは稽古場じゃなくて実戦の場所だった」
「そうね、私も同じ理由で落ち込んでた」
「そっか」
「先生の言う通りだった」
ルシアンは視線を落とした。
「敵は待ってくれない」
「そうね……」
エレオノールが首を取られた瞬間を思い出し、レティシアは視線を落とした。
あの時ルシアンの助けがなければ
―――あと一歩遅ければ―――
エレオノールは死んでいた。
「あの時、エレオノールを助けてくれてありがとう」
「間に合ってよかった」
沈黙が落ちる。
暖炉の炎が揺れ、壁に橙色の影を落とした。
窓の外では雪が静かに舞い続けている。
マリアの入れてくれた香草茶を飲む二人。
(温かい...)
「この前、話してたこと。あの続きが話したくて」
ルシアンも暖炉の側に椅子を置き、座った。
「え?」
ルシアンの顔を見る。暖炉の炎の影がゆらゆらとルシアンを照らす。
「僕に強いって言ったあと、あなたとは違うと───」
レティシアを見つめるルシアン。
少し考えて答える。
「ええ、そうね。あなたは前へ進んでる。でも私は進めない」
香草茶を一口、飲む。
「──君は前へ進んでるように見えるけど」
ルシアンも香草茶を飲む。
「これはただ体を動かしているだけ」
「目標がなくなってどうすればいいか分からなくて、ただこうしてるだけ」
静かに首を振る。
「目標がなくなって……どうすればいいか分からないんだね」
ゆっくりと言葉を返すルシアン。
「ええ、目標。皇太子妃になるという目標。それが無くなってしまって、空っぽなの」
「空っぽなんだね」
レティシアを見つめるルシアン。
(そう、私は空っぽになってしまった)
(何を支えに生きればいいのか分からない)
そう思い、静かに頷く。
「どうやって前に進めばいいか。次の目標を探してるんだけど……」
少しの沈黙の後、ルシアンがふと問いかける。
「次の目標か。それって、必要なの?」
「え?」
予想していなかった言葉に驚く。
「僕は特にないよ、人生に目標なんてない」
ゆっくり首を振りながら、レティシアを見る。
「そうなの?」
「うん、ない。でも生きてるよ」
ルシアンがあまりにあっけらかんと言うので、笑ってしまう。
「何かあるんじゃないの?」
「何になりたいとかはない。あっ、でも、ガレス先生みたいに強くて優しい大人になりたい」
思いついたように、”どうだ”という顔を見せてくるルシアン。
「それは、……目標ね」
目を細めルシアンを見る。
「え?これ目標なの?」
笑うルシアン。レティシアもつい笑ってしまう。
しばらく笑い合う二人。笑いながら、思う。
(”どんな人になりたいか”そんな目標もあったのね)
レティシアはふとあることに気が付き、笑うのを止めた。
ルシアンもその様子に気が付き、笑うのを止める。
「まだあったわ、私から無くなってしまったもの。それは……」
「うん」
「私の”恋”だわ」
(私は恋を失くしたのね。大切にしてきた恋心を、捨てなくてはいけなくて)
(もっと持っていたかった。でも持っていてもそれは未来には続かない。すべて過去を振り返るばかりで)
「恋か。アルフォンス殿下への恋。」
―――静かに頷く。
「目標も恋も、レティの支えだったんだね」
「そうね」
―――また頷く。
「支えが無くなったら、それは辛いよ。よくここまで頑張ったね」
ルシアンが優しく笑いかけ、肩に手を置く。
(不思議と体の力が抜けていくわ)
(そっか、私は自分を支えているものを失っていたんだわ)
―――さっきまで見ていた星空が思い浮かぶ。
あの時は苦しくてたまらなかった。
けれど今こうして思い返すと、不思議と少し遠くに見える。
自分を縛っていたはずのものが、ほんの少しだけ小さく見えた。
「別に目標なんてなくたって、生きていけるものね」
ふっと笑い、静かに言う。
「そうだよ。それってさ。レティ自身の願いだったの?」
突然の問いかけ......。
レティシアにその言葉は、衝撃とともに深く沈んだ。




