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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「私が”わたし”を取り戻すまで」

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第11話「空っぽの理由」

「こんな夜に女性の部屋に来るなんて非常識だよね、ごめん」

 申し訳なさそうにルシアンがやって来た。


 マリアが香草茶を差し出しながら、

「私もおりますし、大丈夫ですよ。それにここは帝都ではありませんから。」

 とにっこりとルシアンに笑いかけ、ルシアンに座るよう促す。


 レティシアは冷えた体を温めようと暖炉のそばに座った。


「マリアちゃん、いい子だね、可愛いし。レティが羨ましいな」

 ルシアンもマリアに笑いかける。


 マリアがすかさず耳打ちしてくる。

「お気をつけくださいませ、私の情報網によりますと、ルシアン様はかなりのプレイボーイと聞いております。泣かせた女性は数知れず、百戦錬磨の......」

 ルシアンの方をジロリと見るマリア。


「こらこら、聞こえてるよ!それにそれは誤解だってマリアちゃん」

 焦るルシアン。


「はっそういえば、銀花祭でもかなりモテてたわね」

 わざと話に乗ってみる。


「ちょっと!それは昔の話だって」

 慌てるルシアン。その様子が面白い。

 マリアと顔を見合わせて大笑いする。


「よかった、元気になった?」

 レティシアの笑顔をほほえんで見ているルシアン。

「落ち込んでるみたいだったから」


 マリアは一礼して、そっと席を外す。


「そうね、気持ちがほぐれたわ」

 暖炉の火を見つめながら話す。

 そして振り向いてルシアンに問いかける。

「あなたは?」


「落ち込んでる......」

 ルシアンが弱々しく笑う。

「だから君と話したくて来たんだ」


 頷くレティシア。


「甘かったなって。ここは稽古場じゃなくて実戦の場所だった」


「そうね、私も同じ理由で落ち込んでた」


「そっか」


「先生の言う通りだった」


 ルシアンは視線を落とした。


「敵は待ってくれない」


「そうね……」

 エレオノールが首を取られた瞬間を思い出し、レティシアは視線を落とした。


 あの時ルシアンの助けがなければ

 ―――あと一歩遅ければ―――

 エレオノールは死んでいた。


「あの時、エレオノールを助けてくれてありがとう」


「間に合ってよかった」


 沈黙が落ちる。


 暖炉の炎が揺れ、壁に橙色の影を落とした。


 窓の外では雪が静かに舞い続けている。


 マリアの入れてくれた香草茶を飲む二人。


(温かい...)


「この前、話してたこと。あの続きが話したくて」

 ルシアンも暖炉の側に椅子を置き、座った。


「え?」

 ルシアンの顔を見る。暖炉の炎の影がゆらゆらとルシアンを照らす。


「僕に強いって言ったあと、あなたとは違うと───」

 レティシアを見つめるルシアン。


少し考えて答える。

「ええ、そうね。あなたは前へ進んでる。でも私は進めない」

 香草茶を一口、飲む。


「──君は前へ進んでるように見えるけど」

 ルシアンも香草茶を飲む。


「これはただ体を動かしているだけ」

「目標がなくなってどうすればいいか分からなくて、ただこうしてるだけ」

 静かに首を振る。


「目標がなくなって……どうすればいいか分からないんだね」

 ゆっくりと言葉を返すルシアン。


「ええ、目標。皇太子妃になるという目標。それが無くなってしまって、空っぽなの」

「空っぽなんだね」

 レティシアを見つめるルシアン。


(そう、私は空っぽになってしまった)

(何を支えに生きればいいのか分からない)

 そう思い、静かに頷く。

「どうやって前に進めばいいか。次の目標を探してるんだけど……」


 少しの沈黙の後、ルシアンがふと問いかける。

「次の目標か。それって、必要なの?」

「え?」

 予想していなかった言葉に驚く。


「僕は特にないよ、人生に目標なんてない」

 ゆっくり首を振りながら、レティシアを見る。


「そうなの?」


「うん、ない。でも生きてるよ」


 ルシアンがあまりにあっけらかんと言うので、笑ってしまう。

「何かあるんじゃないの?」


「何になりたいとかはない。あっ、でも、ガレス先生みたいに強くて優しい大人になりたい」

 思いついたように、”どうだ”という顔を見せてくるルシアン。


「それは、……目標ね」

 目を細めルシアンを見る。


「え?これ目標なの?」

 笑うルシアン。レティシアもつい笑ってしまう。


 しばらく笑い合う二人。笑いながら、思う。

(”どんな人になりたいか”そんな目標もあったのね)


 レティシアはふとあることに気が付き、笑うのを止めた。

 ルシアンもその様子に気が付き、笑うのを止める。


「まだあったわ、私から無くなってしまったもの。それは……」


「うん」


「私の”恋”だわ」


(私は恋を失くしたのね。大切にしてきた恋心を、捨てなくてはいけなくて)


(もっと持っていたかった。でも持っていてもそれは未来には続かない。すべて過去を振り返るばかりで)


「恋か。アルフォンス殿下への恋。」


 ―――静かに頷く。


「目標も恋も、レティの支えだったんだね」


「そうね」

 ―――また頷く。


「支えが無くなったら、それは辛いよ。よくここまで頑張ったね」

 ルシアンが優しく笑いかけ、肩に手を置く。


(不思議と体の力が抜けていくわ)

(そっか、私は自分を支えているものを失っていたんだわ)


 ―――さっきまで見ていた星空が思い浮かぶ。


 あの時は苦しくてたまらなかった。

 けれど今こうして思い返すと、不思議と少し遠くに見える。

 自分を縛っていたはずのものが、ほんの少しだけ小さく見えた。


「別に目標なんてなくたって、生きていけるものね」

 ふっと笑い、静かに言う。


「そうだよ。それってさ。レティ自身の願いだったの?」


 突然の問いかけ......。


 レティシアにその言葉は、衝撃とともに深く沈んだ。




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