第9話「戦場でのルール」
盗賊団の討伐からしばらく経過し――
ルシアンは正式に第一騎士団への配属となった。
レティシアも希望したが、公爵令嬢という身分から騎士団への配属は叶わなかった。
その代わり、ガレスは時々レティシアとルシアンに剣の稽古を付けていた。
いまレティシアは、稽古場のわきの石段に座り、二人の稽古を見ている。
───キン!
───キン!
(さすがね、ルシアン。ぜんぜん衰えてないわ。あの体幹、ここへ来るまでに相当の鍛錬をしてきたのね)
ルシアンの動きにはブレがない。
ガレスの攻撃を真っ向から受けても、後ろへ下がることなく正面で受け流していた。
二人の稽古を見ていると、懐かしい気持ちになる。
公爵邸の夜の、中庭での秘密の訓練───。
───あの頃の私は、婚約者候補教育に必死だった。
信じて疑わない将来の夢があって、それに向かって真っ直ぐだった。
『僕さ、君みたいに真っ直ぐじゃないから』
いつかのルシアンの言葉を思い出す。
(そんなことない...もう、夢がなくなっちゃったから、まっすぐに進めない)
考え事をしていて二人の稽古を見ているようで見ていないレティシア。
(私はどうすればいいのかわからないままなのに……)
そこへ後ろから走って来たエレオノールが、息を乱しながら声をかけた。
「レティシア、はぁはぁ、ここで、ガレス様が稽古にルシアン殿を付けてるって、はぁはぁ..….」
「お、落ち着いて、エレオノール……ぷっあはは、言葉が変になってるわよ」
エレオノールはガレスがルシアンに稽古を付けていると聞いて走ってきたようだ。
任務のとき以外は、名前で呼ぶことになっている二人だった。
あまりに必死のエレオノールに思わず笑ってしまう。
(エレオノールは本当にガレス先生に憧れているのね)
辺境へ来たとき―――レティシアがガレスの愛弟子であることを知った時のエレオノールを思い出す。
(あの時は先生の弟子になったいきさつをずいぶん聞かれたっけ)
実はエレオノールは、ガレスという最強剣士を崇拝するガレス信者であった。
「はぁ、はぁ、それより稽古を見たくて、ガレス様の───」
エレオノールが息を切らせながら顔を上げると、二人の打ち合いはさらに白熱していた。
───キン!
──────キィン!
───ガキン!!
「す、すごい。あんなにガレス様が押されるなんて...…あっ!」
エレオノールが声をあげる。
──ルシアンがガレスの剣を受け流し、タイミングをずらして左足を踏み込もうとしている。
──ガレスはタイミングに合わせられず体勢がわずかに崩れる。
───打ち込まれる...!
(先生が...…?)
その瞬間、ガレスが土を手につかみ、ルシアンに投げつける。
「わっ!」
ルシアンは思わず目をつぶる。
―――キィン!!
「あっ!」
ガレスがルシアンの剣を弾き飛ばし、その首に剣を突き付けていた。
「参りました……」
一瞬で形勢が逆転した。
「すごい……さすがガレス様」
エレオノールの目が輝いていた。
「最後まで油断するな」
ガレスが剣を収め、ルシアンのそばに立つ。
「だって先生、反則だろそれ」
ルシアンはガレスを見上げながらにやりと笑い、負け惜しみを言う。
ガレスが眉をひそめる。
「お前は―‐―命を狙ってくるやつに、反則技を使うなと言うのか」
ルシアンの笑みが消える。
「命を狙ってくる敵は、死に物狂いで来る」
レティシアとエレオノールもガレスの言葉に、一瞬で体が硬くなる。
エレオノールは、盗賊の頭領に砂をかけられ、背後をとられたことを思い出していた。
レティシアは、騎士団への配属を申し出る覚悟の甘さを、思い返していた。
ルシアンは、……幼いころの記憶に襲われる。
(敵は、死に物狂いで来る―――あの時、従騎士は僕を守って……)
暗い回廊で自分を守って命を落とした従騎士の記憶が脳裏によぎる。
そして手が震える。
「ここは戦場だ。ルールなど、ない」
そう言ってガレスは稽古場を出て行った。
誰もその背中を呼び止められない。
しばらく沈黙が落ちる。
三人はその場から動けなかった。




