第6話「立ち上がったルシアン」
レティシアは泣きながらルシアンを見つめていた。
(ルシアンがいる...。いま、ここに。)
伯爵邸で見たルシアンは、心を殻に閉じこめたように無反応だった。
そうすることでしか自分を守るすべがないのだろうと思った。なぜなら自分も、閉じこもることで自分を守ろうとしたからだ。
自分がどんな言葉をかけても、ルシアンの心の傷が癒えることがないと、自分の無力さを感じた。
それでもいつの日か、彼が立ち直ることを信じるしか無かった。
(私は、私のことで精一杯で、あなたのことを置き去りにしてしまった)
ルシアンの立ち姿は、伯爵邸で見たような、儚げでいまにも壊れそうな姿では、もうない。
(それでもあなたは自分の力でこうして立ち上がった...)
自分の足で、自分自身で立ち上がった。
(辛い過去に、どうやって向き合えたの?)
レティシアは涙を流していた。
その涙の意味を、自分では分からないまま。
「僕たちと一緒に行こう、ガレス師匠もお喜びになるよ」
ノエルがルシアンの肩を抱き、ヴァレリア領の城壁を指す。
ルシアンは頷き、レティシアを見て微笑む。
「ああ、行こう」
ルシアンたちが城壁を抜ける頃、境界領域では、ガレスが帰還報告を待っていた。
ガレスがこの地に来たのは、辺境地で多発する武装集団の討伐である。
特務騎士隊長───
それがガレスに与えられた役割だった。
特務騎士隊は、治安維持に関わる討伐やそれにまつわる調査などを担う部隊として新設された。
すでにいくつかの実行部隊の討伐を行っている。
しかしそれ以外にも盗賊団が組織的に活動している現状があった。
その一つが、今回のように絹を運ぶ行商が盗賊団の被害にあい、他国へ通じるヴァレリア国境を超えられずにいる、という問題だった。
調査の結果、ブラウン髭の男が率いる盗賊団の存在にたどり着いた。
するとそこへ、部下がようやく報告を持って執務室へ入って来た。
「報告します!第一騎士団、盗賊団を無事に生け捕り、戻りました!」
ガレスは部下の報告に目を閉じる。
「......」
ガレスの反応がない。
部下はガレスの反応を待つ。
「怪我人は」
「はっ!数名と聞いています!」
それを聞いてガレスは席を立った。
救護室では、負傷した兵たちが手当を受けていた。それほど負傷兵は多くないが、軽症の者もいれば、かなり大きな傷を負った者もいる。医療班は忙しそうに処置を行っている。
ガレスがそこへ現れるが、忙しそうにしており誰も気づかない。
ぐるりと室内を見渡し、エレオノールが寝ているベッドを見つけた。傍で医療班の隊員がエレオノールの傷の手当てをしていた。
ガレスは足早にそこへ向かった。
「容態は」
「はっ!ガレス隊長殿!」
突然、ガレスが現れて隊員は包帯を落とした。
「えっ…」
エレオノールはガレスの名を聞くと、急いで起き上がろうとした。
「起きるな」
制されたエレオノールは、起き上がるのを止め、そのまま横になる。
エレオノールの右目が充血しているのを見て、眉をひそめるガレス。
「すみません。少し喉を痛めました」
かすれた声で話すエレオノール。
頷き、医療班の方を見るガレス。
「はい、盗賊団の頭領に首を拘束されたためと思われます。目の充血もそのためです」
ガレスはエレオノールの傷を確認した。
「傷は軽傷で、少し休んでいただき、午後には戻っていただけると思います」
隊員はおそるおそる報告を続けた。
「ここを出たら、すぐに盗賊団討伐の報告に上がります」
エレオノールはかすれた声で懸命に伝えた。
ガレスは、
「いらん。副隊長に聞く」
そう言って向きを変え、さっさと立ち去って行った。
(心配してわざわざ来てくださったのだわ…)
エレオノールはガレスのぶっきらぼうな優しさをありがたく思った。
ガレスは他の負傷兵の傷の具合を確認して回っていた。
そこにレティシアやノエルの姿はなかった。
「ヴァレンティーヌはどこだ」
ガレスは目で負傷兵の姿を確認しながら、近くで負傷兵の記録をしている隊員に聞く。
隊員はガレスに問いかけられ、あわてて立ち上がって答えた。
「ノエル殿とレティシア嬢は軽傷で、傷の手当てが終わり、三人で出ていかれました!」
その言葉にガレスの目の動きがぴたりと止まる。
「三人だと?」
ガレスは再び足早にそこを出た。




