第5話「盗賊団の討伐」
(...これはもしかして…雪?)
レティシアの目の前にはらりと白いものが舞い降りる。
(エレオノールに、もうすぐ雪が降ると聞いていたけど。これが雪なのね)
ヴァレリア領に本格的な冬の到来を告げる雪が、降ってきた。
(岩陰に隠れながら生まれて初めての雪を見るなんて)
レティシアは今、ヴァレリア辺境領の城壁の外にある非統制領域――危険地帯とされている領域にいた。盗賊団討伐の司令を受け、岩陰に隠れている。初雪は、手のひらに取ろうとしてもひらひらと逃げていく。やがて気まぐれに手の上に舞い降りるが、すぐにすうっと溶けていった。
(なんて儚げ...)
レティシアは少し微笑む。その時――
「動いた!レティシア、左を頼むよ!」
エレオノールの声が小さく低く、しっかりと聞こえた。
(いけない。そうだったわ。盗賊団を追ってるんだった)
盗賊団は少人数だが腕の立つ頭がおり、隣国へ絹を運ぶ行商への被害が大きくなってきている。そこでエレオノール率いる第一騎士団が、討伐に向かっている。左右から囲い込む作戦のため、レティシアたちは岩陰に潜伏していた。行商一団がヴァレリア領の城壁を超えたその時、岩陰に潜んでいた盗賊団が行商を襲うために動いた。潜伏していたエレオノールとノエルたちが右から、副隊長とレティシアたちが左から向かう。
「おい!お前ら!東から襲撃が来たぞ!」
盗賊団がレティシアたちに気が付いて叫ぶ。
「気づかれたぞ!」
「かかれー!」
―――キン!
―――――キィン!!
副隊長がまず切り込み、レティシアがそれに続く。
―――ガキン!
盗賊団も応戦する。ならず者の少人数の盗賊団のはずが、妙に統率が取れている。しかし第一騎士団はヴァレリア領兵士の中でも剣術に長けた部隊である。
「うわぁぁぁ!」
「くそ!押されてるぞ!」
「動けるものは逃げろ!」
盗賊団の陣形が崩れかけたその時――
「おい!西からも来たぞ!」
エレオノールたちが盗賊団を取り囲む。
―――キン!
―――――ガキン!!
「頭はブラウンの髭だ!探せ!」
エレオノールが叫ぶ――しかしブラウン髭の男はどこにもいない
「いないわ!」
―――ガキン!
―――ガキン!
その時――
「いたぞ!ブラウン髭の男だ!」
兵士が叫ぶ。次の瞬間、大男が岩陰から飛び出しエレオノールに切りかかった。
―――ガキン!!
「お前!潜んでいたな!」
エレオノールは即座にブラウン髭の男――頭領の一撃を受け止める。
(――――重い)
頭領はにやりと笑う。だがエレオノールは退かない。わずかにエレオノールの剣が押し返そうとするが、大きな男の力でそのまま押し込もうとする。その時、ガレスの言葉を思い出した。
『力は受けるな。流すんだ』
エレオノールは剣をとっさに受け流す。このふた月の間でガレスに剣術を教わってきた。
(ガレス先生のおっしゃる通りに...!)
――キィィン
頭領は体勢を崩し、すかさずエレオノールが反撃に出た。
―――キン!!!
「副隊長!行商を下がらせろ!」
頭領と剣を交えながらエレオノールは叫んだ。
「ですが隊長!」
「いいから行け!そっちを頼む!」
頭領の剣を受け流しながら命じる。
―――ガキン!
兵士たちが動き、行商たちが後方へ退避する。それを横目に頭領は舌打ちした。苛立っている様子が分かる。雪の中、頭領の額には汗がにじむ。
「貴様!」
エレオノールは笑う。
「盗賊風情が。―――まずは私を倒してみろ!」
―――キン!
――――ガキン!!
激しい打ち合いが続く。
「隊長!いまそっちへ行きます!」
レティシアが声を上げると、頭領は不意に砂を蹴り上げた。
「っ!」
一瞬だけ視界が奪われる。その隙を逃さず頭領の腕が首へ伸びる。エレオノールはとっさに肘を打ち込もうとしたが、わずかに間に合わない。
(しまった...)
気づけば首に剣が突き付けられていた。
「隊長...!」
レティシアの動きが止まる。男は荒く息を吐く。
「今、助けます!」
行商を下がらせていた副隊長が叫び、近づこうとする。
「動くんじゃねえ!」
頭領はにやりと笑う。
「動くな。そこまでだ」
レティシアたちは動けない。
盗賊団は勝利を確信した―――その時
――――ザシュッ!
後ろから現れた男が頭領に切りかかる――
(あれは…まさか……!!)
レティシアは目を疑った。
(ここにいるはずがない…)
「くそ!」
盗賊団の頭は男に切りかかられ、かなり深い傷を負っている。
「頭がやられた!退却だ!」
―――キン!
残った盗賊たちが焦り、逃げようとする。
「そうはさせないよ」
盗賊たちの動きを読んで、先回りしていたノエルが盗賊たちの前に立ちはだかった。
「弱そうなやつが出てきたぞ!やっちまえ!」
―――ガキン!
―――キィィン!
ノエルが一人で5人ほどの盗賊をあっという間に制圧した。
「姉上、見てた?」
ノエルがレティシアの方を見るが、レティシアはノエルとは逆の方を見て固まっていた。
「あれ姉上?...あ、あれは」
レティシアの視線の先には、ひとりの男が立っていた。ノエルも驚き、固まる。
「まさか……」
エレオノールは首を締め上げられ、意識がぼうっとしていた。そこへエレオノールを助けた男が手を差し伸べる。
「大丈夫かい?」
「あぁ、助かった。あなたは…?」
エレオノールが助けてくれた男に尋ね、男に支えられて立ち上がる。その時、レティシアがゆっくりと近づいてきた。
「レティシア、よい動きだったな。見ての通り私は不甲斐ないことに…あいつにやられそうになった。そこをこの方が助けてくれた…。良い剣だったな。いま、お名前を聞いているところだ」
レティシアは何も言わない。エレオノールは返事がないレティシアを見る。
レティシアは泣いていた。
泣きながら、その男を見つめていた。
「レティシア?どうした?」
エレオノールが訪ねる。そこへ、ノエルが駆け寄る。
「お前…どうしてここへ……」
男はにこりと笑う。
「どうしたんだ、知り合いか?――一体、あなたは?」
エレオノールが問いかける。男はにっこり笑って答えた。
「僕はルシアンだよ」




