第3話「憧れの人」
エレオノールはガレスの堂々とした佇まいに、ほんのひととき見とれていた。
熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷が、ガレスの屈強さを物語る。
(この方があの…かつて帝国騎士団を率いていたガレス・オルディン)
ごくり、と息をのむエレオノール。
そして次の瞬間、背筋を伸ばして颯爽とガレスに近づき、勢いよく敬礼をする。
「お初にお目にかかります!ヴァレリア辺境騎士団第一騎士隊長を務めておりますエレオノールにございます!」
ガレスはエレオノールの方を見る。
(ものすごい威圧感…。く、空気が重い……)
ガレスがそこに立つだけで周りの空気が重く感じる。そしてまるで体に鉛が乗ったように動かなくなる感覚に襲われる。
(迫力がすごい…)
ガレスはまだエレオノールを見ていた。
(見られている…第一騎士隊長が女だから不服なのか…)
無言の圧に押しつぶされそうになる。しばらく見つめ…ぽつりとガレスは言う。
「右肩が下、左肩が上」
(え…?)
ガレスはエレオノールの右肩を指さす。
「左腰、回っている」
次に左腰を指す。
「あ、あの…」
(一体何を…?)
「あとは右足首だ」
右足首を指した。
「ガレス様…?」
(さっぱり分からないわ…)
エレオノールが後ろを振り向き、副隊長に目で助けを求める。
副隊長はあわてて申し訳なさそうに首を振る。
するとそこへ―――
「あ、右肩が下がって左肩が上がっているって意味です」
後ろから声が聞こえた。
「その原因は、左腰が少し内側に回転しているからですね」
「貴方は…ノエル殿…!」
ノエルが剣術稽古着に着替え、歩いてきた。その後ろには同じく稽古着姿のレティシアもいる。
(レティシアも稽古着に?なぜ?公爵令嬢の彼女も剣術を?)
レティシアの稽古着姿を不思議に思ったが、公爵令嬢であるレティシアと剣術が結び付かない。
(…まさかね)
「エレオノール隊長は右利き左足踏み込みと思うので」
剣を取り出し、右手に剣を持ち左足を前に出し。腰を落とす構えをする。
「左足を前にするとき、剣の回転を考えて骨盤の左側が少し落ちるんですよ。その身体の癖がつくと右足首にかなりの負担がかかります。おそらく腰痛と右足首の痛みがあるはずです。ですよね?師匠」
ガレスに確認するノエル。静かに頷くガレス。
兵士たちから驚きと興奮の混じった感嘆が上がる。
エレオノールの悩みは腰痛と、時々出現する右足首の痛みだった。
「はい、その通りです…」
(姿勢を見ただけで私の身体のクセを見抜くなんて…!)
(まさに神…!)
みごとに言い当てられ、ガレスの身体図式への造詣の深さに驚く。それだけではなく―――
(ノエル様。単語だけでその意味を理解するなんて…)
ノエルがそれを完璧に解説したことにも驚いた。
エレオノールが驚いている間に、レティシアとノエルはすっかり稽古に入る準備をしていた。
そしてガレスが指名する―――
「レティシア」
「はいっ!」
名前を呼ばれたレティシアは、即座に剣を構えガレスの前に立った。
(レティシアも…剣を?)
――キン!
―――――キン!
ガレスとレティシアはすぐに激しい打ち合いを始めた。
レティシアの動きは素早く、ガレスの動きは重厚で無駄がない。
―――キン!
――――ガキン!!
レティシアが素早く上から横から打ち、ガレスがそれを次々に薙ぐ。
「ガレス様の防衛もすごいけど、……」
エレオノールはレティシアの素早く、しかし体幹にブレのない剣術に見とれていた。
「レティシアもすごいわ…」
いつの間にかノエルが隣に立っていた。
「ほんとすごいね。初めて見たけど、姉上の剣、かなりの実力だね」
エレオノールは驚く。
「え?ノエル様、初めてご覧になったんですか?」
ノエルはオーバーなほど、おどけた顔をした。
「そうなんだ。僕は全然知らなかったけど、姉上は八つの時から師匠に教えてもらってたんだって。」
エレオノールはその言葉にさらに驚いた。
「ええ!⁉ガレス様に直接、剣術を⁉」
稽古場にいる兵士が一斉にエレオノールを振り向く。
―――――キィーン!
その声は剣がぶつかる音よりも大きく稽古場に響いた。




