第2話「辺境生活の始まり」
エレオノールの手は、驚くほど迷いがなかった。
握られた瞬間、思わずレティシアは一瞬だけ息を詰めた。
(なんて力強い握手なの...)
───エレオノール・ド・ヴァレリア嬢。
アルフォンス皇太子殿下の婚約者候補のひとり。
レティシアは婚約者候補として参加した舞踏会で彼女の姿を見た。
「お話するのは初めてですね、エレオノール嬢」
首を振るエレオノール。
「私のことはどうぞエレオノールとお呼びください」
(なんて自信に満ち溢れたまっすぐな瞳...)
「分かりました、エレオノール。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
次にエレオノールはノエルに挨拶をし──
「私に付いてきてください」
─踵を返し、颯爽と歩き出した。
「父上はまだ南部街道の視察から戻っておりません。不在の間は私が領内のことを預かっています。何かあれば遠慮なくお申し付けください」
屋敷の中をしばらく行き、東側の離れに案内された。
「お二人の部屋は隣同士になります」
部屋は、まるで必要なものだけが揃えられたような、なんとも無機質な部屋だった。
「お嬢様、お待ちしていました」
すでに先に到着していたマリアが部屋を整えていた。
「マリア、ありがとう」
マリアの笑顔が妙に安心する。
「整備はされてるけど、余計なものがないって感じだよね」
ノエルが部屋を見回し感想を漏らす。
レティシアは窓の外へ目を向けた。
遠くから訓練の号令が聞こえる。
ここでは軍務が日常なのだ。
帝都では当たり前だったものがなく、代わりに別の当たり前が存在している。
同じ国でありながら、まるで違う世界のようだった。
(私はまだ、この場所のことを何も知らない......)
静かに息を吐く。
そして不思議なことに、“知らない”ということにむしろ――少しだけ、胸が高鳴った。
エレオノールはレティシアのそんな様子をわずかに感じ取った。
エレオノールは二人を部屋に案内すると、またしても颯爽と去っていった。
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(あの方がかの有名な“完璧令嬢”レティシア・ヴァレンティーヌ...)
エレオノールは二人を案内したあと、稽古場へ向かっている。
(皇太子殿下に婚約者候補から外されたと聞いているけど...)
歩きながらレティシアのことを思い出す。
(先の舞踏会で、殿下はファーストダンスの相手に彼女を選んだ)
ふと立ち止まり、考える。
(完璧な彼女が。一体なぜ婚約者候補から外されたのだろう)
レティシアが婚約者候補から外されたということを知った時は、かなり驚いた。
(彼女が婚約者候補の最有力じゃなかったの?)
(少なくとも、殿下は彼女を特別に見ていた...)
エレオノールにはそう見えていた。
エレオノールはしばらく考えいたが、首を振ってまた颯爽と歩き始めた。
(思ったより元気そうだった...)
新しい環境に前向きに適応しようとしている───先ほどのそんなレティシアの姿を思い浮かべた。
(もっと落ち込んでいるものだと思っていた。彼女が元気そうでよかった)
エレオノールは客間のある東館を出て、すぐ近くにある稽古場へ向かった。
すでに兵士たちが訓練を始めていた。
「エレオノール隊長どの!」
エレオノールの姿を見ると、副隊長のコーネルが敬礼をする。
「ご苦労、コーネル。遅くなったな。」
「問題ないです。......あの、隊長どの、...あの方は本日はいらっしゃらないのでしょうか」
コーネルが落ち着かない様子で聞いてきた。
「ぷっ」
エレオノールは訓練の準備をしながらそれを聞く。
「今日いらっしゃると思う」
「本当ですか!?」
その時───。
稽古場の空気が一瞬で変わった。
全員が、その男の登場に息を呑む。
───元皇室騎士団長。
ガレス・オルディン。
辺境でなお最強と謳われる男だった。
エレオノールの目が輝いた。




