第1話「準軍事領域─ヴァレリア辺境地」
レティシアたちを乗せた馬車は、五日ほど走り目的地に到着した。
ヴァレリア辺境領───山間に広がる軍事と行政が一体化した準軍事領域。
領内は安定地域・境界領域・非統制領域の三層に分かれ、山岳部ほど軍の影が濃い。
冬になれば雪に覆われるという、準戦時状態の地域である。
レティシアはノエルとともに、安定地域である領都のヴァレリア政庁区、辺境伯の屋敷に案内された。
境界領域にある司令施設に拠点を置くことになるガレスと異なり、レティシアとノエルはこの屋敷に住まうことになった。
ここは屋敷というよりは、訓練施設と司令塔を兼ねた“機能する建物”だった。
馬車が到着し扉が開いた瞬間――
レティシアは、まず音のなさに気づく。
(静か…)
帝都の屋敷ならあるはずのものがない。
―侍女の足音
―掃除の気配
―使用人たちの控えめな会話
―物音のざわめき
代わりに聞こえるものは、風の通る音、木の軋む音、そしてどこからか聞こえる金属音。
「姉上、帝都と全然“空気”が違うね」
ノエルが耳打ちする。
「本当ね」
返事をしながらあたりを見渡す。
はずれたままの椅子に、少し欠けた床板、あれは修理途中の壁だ。直される気配すらない。
その時、カツ、カツ、とはっきりした足音が近づいてきた。
音のない館の中で、この音はかなり異質なものと思えた。
レティシアが振り向くより先に、声をかけられる。
「レティシア様」
振り返ると階段の上に軽装の剣士がいた。
赤銅色の髪、すっと伸びた背筋、きりりとした目元──。
その目線はまっすぐレティシアへ向かっている。
「姉上、お知り合い?」
(どなたかしら...どこかでお会いしたことがあるような──)
剣士は軽やかに階段を降り、あっという間に二人の目の前に来た。
(この方は...!)
レティシアは思い出した。
そして、カーテシーをとり丁寧にご挨拶をする。
「お話をするのは初めてですわね、エレオノール・ド・ヴァ──」
するとレティシアの挨拶を切るようにエレオノールが右手を差し出す。
「それは帝都の作法です。ここでは必要ありません」
レティシアがそれを取ると、しっかりと握手を交わした。
そしてニヤリと笑った。
「ここでの挨拶はこうですレティシア」




