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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第1部「決められた人生」

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第6話「幼なじみのルシアン」②

 ガレスの稽古の日が楽しみで仕方なかった。

 剣術の稽古がある夜は、夕食が終わると早めに寝るふりをして自室に戻る。

 そして、稽古用の服に着替えてこっそり部屋を抜け出していた。


 侍女のマリアは、普段はおっとりとした性格だったが、

「ベアトリス様はこの時間は図書館にいらっしゃいます。今なら行けます」

 など、レティシアが剣術の稽古に抜け出せるように協力を惜しまなかった。


 稽古はまず、レティシアに筋肉をつけるための鍛錬から始まった。

 幼い令嬢の身でも耐えられる範囲の基礎鍛錬を、ガレスはまず教え込んだ。

 剣を持たさずに地道な鍛錬を重ねることで、レティシアの忍耐を試す目的でもあった。


 レティシアが一人で鍛錬を行っている傍らで、ガレスはルシアンに打ち込み稽古をしていた。

(いいなぁ、わたしもはやく先生に剣術を教えて欲しいなぁ)

 ガレスに稽古をつけてもらえるルシアンがうらやましかった。


(お嬢様のきまぐれ程度なら厳しい訓練に音を上げるだろう)

 ガレスはそう思っていたが、レティシアは与えられた訓練を、文句も言わず何日も懸命に取り組んだ。

(さすがヴァレンティーヌ公爵家の娘、か)






「今日からはお嬢も木刀を持て」

 ある日、ガレスに木刀を渡された。


「は、はいっ!」

 レティシアはうれしさのあまり心臓が大きく鼓動した。


「よかったな、レティ!」

 ルシアンは笑顔で親指を立ててレティシアに見せた。


「それ、なぁに?」

 ルシアンの親指のサインが分からず、不思議そうにたずねた。

「これはサイコーな気分のときに、うれしさを分かち合うサインさ!」

 とルシアンは琥珀色の瞳を輝かせてレティシアに笑いかけた。


 ガレスはレティシアに木刀で剣術の動きを教えた。

 その動きを反復し、来る日も来る日も一人で素振り練習をした。

 ガレスはその姿を少し離れたところからじっと見守り、

「違う。こうだ」

 と時々構えを修正した。


 剣術の日以外でも、部屋でこっそりとペンを剣にみたてて素振り練習を繰り返した。







「はぁー、暑い。もう夏かぁ」

 夏草の匂いを含んだ風が、中庭を吹き抜ける季節になった。

 東の中庭での剣術稽古の後は、ルシアンがレティシアを送っていくのが習慣となっていた。

 二人はレティシアの部屋がある公爵家の西棟へ向かっていた。


 二人が秘密の稽古を受けている東の中庭は古い離れに近く、いまはほとんど使われていない。

 白い月光が二人を照らしているだけで、ここはいつも静かだ。

 定期的に巡回する護衛がいるが、その時間を避けてガレスは二人を帰らせていた。


 昼間の熱を残した石畳が、ほんのりと温かい。


「剣術を教わり始めたのが冬の中頃だったから、もうずいぶんたったのね」

 そう言ってルシアンの方を見る。

 ルシアンの方が少し大きいくらいで、二人の身長はそれほど変わらない。


 月の光を浴びたルシアンの黒髪が、青みがかって見えた。

(きれい・・・)

 ルシアンの端整な顔立ちに見とれた。ルシアンの胸元にペンダントが揺れる。

 ルシアンがいつも肌身離さず持っているものだ。


 視線を感じたルシアンは、レティシアの方を向いた。

 二人の目が合う。

  気まずくなって、ふいに聞いた。


「そういえばルシアン、あなたはなぜこんな夜にガレス先生の稽古を受けているの?」

 ルシアンはレティシアの言葉を聞いてびっくりした顔をして、そしてほほ笑んだ。


「やっと僕のこと気になったの?」

 その言葉を聞いて顔が赤くなる。


「そういえばそうね、剣術の稽古に必死で、ルシアンのことなにも聞かなかったわ。」

 ルシアンはいたずらそうな顔で笑った。

「帰り道も、いつも剣の話ばっかりだったからね」


(友達のことに関心持たないなんて、最低だわ)

「わたしは不器用で、一度にいろんなことを考えられなくて。だからごめんなさい」


 ルシアンはハッとしてあわてて首を振った。

「きみを責めてるわけじゃないよ、聞いてくれてありがとうレティ。うれしいよ」

 ルシアンはそっとレテシィアの手を取った。


「ぼく、ラヴィエール公国のエブラール大公の嫡男ってやつなんだ。」

「・・・でも、いらない子なんだ」

 ハッっとしてルシアンを見つめ直す。


 ルシアンの琥珀色の瞳は悲しげに潤んでいた。

「ぼくが3歳のころに母上が亡くなって、新しいお母さまにかわったんだ」

 ルシアンが無意識に胸のペンダントをぎゅっと握る。


「それで、ぼくに弟ができた。で、ぼくはいらない子ってことさ」

 言葉が出ず、うなづくので精一杯になる。


「継がせたいのは弟なんだって」

 ルシアンは乾いたように笑った。


「新しい母上の実家が、すごく力のある伯爵家だから」

「じゃあ、ルシアンは……」

「うん。お邪魔虫さ」


 公国でたびたびルシアンの命が狙われることがあり、大公妃の実家であるカルディナ伯爵家が疑われた。この事態を憂いた大公は、帝国にいる政治とは程遠いセレスティア伯爵家のもとにルシアンを送ったのだという。この家門がレティシアの父と親交の深い伯爵家だった。

 しかし、エヴラール大公に秘密裏にルシアンを抹殺しようと帝国に脱出するまで刺客が送られてきた。

 レティシアの父であるヴィクトルは幼い子供にまで及ぶ権力争いを見過ごさなかった。そこでヴィクトルは、ルシアンをヴァレンティーヌ家の庇護下に置くことを決めた。

 ヴァレンティーヌ家の存在によりカルディナ家もルシアンに手出しはできなくなった。しかしルシアンが自分の身を守る術を身に着けることができるよう、年の近いノエルと一緒に剣術を学ぶこととなった。

 ガレスはルシアンがいち早く剣術を身に着けるべく、夜に個別の訓練をしているのだと。


  「これは、母上の形見なんだ」

 ルシアンは胸のペンダントを握りしめた。


 ルシアンの話を聞いて言葉が出ないレティシア。

 いったいどんな言葉が、ルシアンの心をなぐさめるのかわからなかった。


 二人は、手をつなぎながらゆっくりと月明りに照らされた石畳の上を歩いていった。

【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。

金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。

軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。 

レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。

理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


■ベアトリス・ローエン

レティシアの教育係。

帝国最高の淑女を育て上げることに強い誇りを持っている。


■ガレス・オルディン

かつて帝国騎士団を率いていた元騎士団長。

熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷のせいで恐れられることも多いが、その剣技は

帝国内でも伝説的と語られている。


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