第5話「幼なじみのルシアン」①
「ぼくはルシアンだよ」
そう言ってルシアンはにこっと笑った。
「君は?」
ハッとする。
(きちんとご挨拶しなきゃ!)
焦って手でごしごしと涙をぬぐい、すくっと立ち上がりルシアンのほうを向く。
「わたしはレティシア...あ!違う、ええと、まずカーテシー、えっとそれからご挨拶で……ああもう、まちがえたらどうしよう……!」
焦るあまりスカートをつかもうとして手を滑らせ、あわてて頭を下げたかと思えば、今度はカーテシーを思い出したように膝を折った。
「あはは」
ルシアンは大きな声で笑った。
「大丈夫だ、レティシア」
ルシアンはそう言って、当たり前みたいに笑った。
「よろしく」
ルシアンは笑顔ですっと右手を差し出した。
差し出されたルシアンの右手を、不思議そうに見つめた。
「右手、出して。僕の手を握って。これは握手っていうんだ」
おそるおそる右手を、ルシアンの右手に近づける。
ルシアンは、にっこり笑い、レティシアの右手をそっと優しく握った。
「これで君とぼくは友だちだ、レティ。友達同士のあいだに、むずかしい挨拶なんていらないだろ?」
ルシアンの手は暖かかった。
胸のあたりが温かくなった。
そしてルシアンの笑顔に応えるようににっこりと笑い返した。
レティシアの笑顔にルシアンは思わず目を見開いた。
(うわ、かわいい)
「絹糸のような淡い銀髪、紫色の大きな瞳…もしかしてノエルの姉上?」
そこへ突然、
「来たか、小公爵」
と、元騎士団長のガレスが二人の前に現れた。手には小さめの剣を持っていた。
「あ、こんばんは、ガレス先生」
ルシアンは挨拶をした。
驚きのあまり目が丸くなる。
「し、小公爵?」
ガレスがめんどくさそうに答えた。
「やつはわしが剣術を教えとる、ラヴィエール公国の小公爵だ。」
「えっ!?そんな、わたし、やっぱり失礼なことを」
(隣国であり友好国であるラヴィエール公国…。どうしよう、隣国の小公爵さまになんて恥ずかしい挨拶をしてしまったの!?)
恥ずかしくて情けない気持ちになった。それと同時に、
(なんてこと。こんな失敗がベアトリス先生に知られてしまったら失望されてしまう)
と、自分の態度を悔やんだ。しかしルシアンは気にした様子もなく肩をすくめた。
「気にしなくていいさ。ぼくはガレス先生のまえでは、ただの出来の悪い生徒だからね!」
とまたレティシアに笑いかけた。
「時間がない。やるのか、やらんのか」
ガレスはレティシアの前にポン、と持っていた小さな剣を置いた。
「これは?」
置かれた剣を拾い、ガレスを見つめる。
ガレスを見上げる紫色の瞳は、星の光を閉じ込めたかのようにきらきらと輝いていた。
「お嬢のだ」
その言葉に胸がおどる。
(わたしの剣!なんて嬉しいの。他の誰のものでもなく、これはわたしのもの…!)
「ありがとうございます!」
満面の笑顔でお辞儀をし、ガレスに感謝を伝えた。
「見つかると面倒だ。そこへ隠しとけ」
ガレスが指した方向に、レンガ造りの小さな物置小屋があった。
「ぼくの剣も、ここに隠してあるんだ。こわぁい先生の物置小屋だから、公爵家のひとたちもそれを知っててだれも中に入らないよ!見つかったら怖いからね」
ルシアンがレティシアの後ろから両肩に手を置き、レティシアの耳元でささやいて、いたずらそうな顔をした。レティシアは耳がくすぐったいのと、ルシアンの顔が面白くてクスクス笑った。
「東の中庭にこんな物置小屋があったなんて…」
自分の知らないこと、知らない世界がたくさんあることに驚き、同時にわくわくした。
(なんだか世界が広がったみたい。こんな気持ちは、はじめてだわ!)
「はじめるぞ!お嬢はそこでみてろ」
ガレスはぶっきらぼうに号令をかけると、ルシアンへ向き直り剣を構えた。
いたずらっぽく笑っていたルシアンの表情が真剣そのものの表情となり、すっと剣を構えた。
【主要登場人物です】
■ レティシア・ヴァレンティーヌ
この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫色の大きな瞳をもつ公爵令嬢。
未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”・・・だったが?
■ アルフォンス・ルーヴェル
ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。
金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。
■ ルシアン・エヴラール
隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。
軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。
レティシアの本性を知る数少ない人物。
【ルーヴェル帝国 関係者】
■クラウディウス皇帝
ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。
理性的で威厳があり、民から敬愛されている。
【 ヴァレンティーヌ公爵家】
帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。
■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ
ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。
■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ
ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。
■ アレクシス・ヴァレンティーヌ
3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。
■ ノエル・ヴァレンティーヌ
1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。
■ベアトリス・ローエン
レティシアの教育係。
帝国最高の淑女を育て上げることに強い誇りを持っている。
■ガレス・オルディン
かつて帝国騎士団を率いていた元騎士団長。
熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷のせいで恐れられることも多いが、その剣技は
帝国内でも伝説的と語られている。




