第30話「優しい理解者」
レティシアはルシアンを訪ねて、郊外にあるセレスティア伯爵家へ来ていた。
馬車が到着し、伯爵夫人に出迎えられる。
レティシアは一歩前へ出て深く礼をする。
「初めまして。レティシア・ヴァレンティーヌと申します。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
レティシアの丁寧なお辞儀に伯爵夫人はにっこり微笑んだ。
「初めまして。セレスティア伯爵家へようこそ。公爵様と奥様にはいつもお世話になっております。遠路お越しいただき、お疲れではありませんか?」
優しそうな笑顔にほっとする。
(良かった。とても優しそうなご夫人が付いてくれてるのね...)
「ありがとうございます。おかげさまで、問題なく参りました」
微笑み返すレティシア。夫人は、その笑顔にはっとして、ほほほと笑う。
「お噂どおり、とても素敵なご令嬢でいらっしゃいますわね。...どうぞこちらへ」
夫人はそう言って屋敷の中へ案内した。
セレスティア伯爵家の屋敷は決して大きくはない。
しかし窓辺の花々や整えられた庭木から、この家の丁寧な暮らしぶりが伝わってきた。
レティシアは客間に通された。
客間でお茶を飲みながら少し話をしたあと、夫人はルシアンの病状について話し出した。
「ルシアン様がここへ運ばれて来た時は、心を閉ざしたようで何も食べてくれずに...」
声を落とし、心から心配そうな表情になる夫人。
「スープだけでもと、口元へ持って行って、ようやく飲んでくれまして」
「…そうだったのですね」
「しかし、それはもうずいぶんと痩せてしまいましてね。…それでも二週間ほどたった頃、やっと食べてくれるようになったのですよ」
その言葉の端々には、夫人がルシアンをとても気にかけていることが伺われた。
「最近やっと、私だけには短い会話なら応じてくれるようになりましたが。お医者さまの話では、心を閉ざしているのは、辛い記憶を思い出さないように、心が自ずと距離を取っているのだそうです」
夫人は辛そうに話を続けた。
「それほど幼い頃に家族に命を狙われたこと――他国から一人で逃げてきたことは、ルシアンの大きな心の傷になっていたのです」
夫人はレテシィアに頭を下げる。
「レティシア嬢には申し訳ないのですが、お医者さまから面会は短時間でと言われています」
「承知しました。ルシアンの反応によっては、声をかけずに退室いたします」
レティシアは頷く。夫人はそれを聞いてほっとする。
(本当に温かい方だわ。こんなに優しい方がルシアンを見守ってくれているのね)
不思議だった。
初めて会ったはずなのに、この人の前では無理に笑わなくてもいい気がした。
(この方に、私のこともお話ししたい…)
「実は、私の近況に変化がありまして」
レティシアは控えめに話し始める。夫人は静かに頷いて耳を傾ける。
「帝都を出て、ヴァレリア辺境領地へ行くことを決めました」
夫人は、静かに相槌を打つ。
(私の事情もご存じのはずだけど…辛いことは聞こうとされない。ご配慮をして下さっているのね)
「それで、幼なじみの友人にお別れを言いたくて」
夫人は何を言うでもなく優しく頷き、そっとレテシィアの肩に手を置いた。
その手が優しく、レテシィアの心に夫人の心の温かさがじんわりと伝わる。
――――――振り返れば、そこには辛いことばかりだった。でも。
「……新しい自分に出会いたくなったのかもしれません」
レテシィアの目には自然と涙が溢れていた。
「そうすれば、辛かった過去も、辛かっただけじゃなくなる気がして」
夫人はそっとレテシィアを抱きしめた。
「それは、とても素敵な旅立ちですわね」
その声は、不思議なくらい温かかった。
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