第13話「事態の収束」
グレイスンはカーテンの陰から、その光景を見ていた。
(……まずいな)
グレイスンの目がわずかに細くなる。
―――黒髪の騎士はおそらくエヴラール公爵家の嫡男です。
―――セレスティア伯爵家に引き取られていた時期もありますが、現在は行方不明で生存している確証が取れません。
―――なぜ他国にいるかは、どうやら公爵家による嫡男暗殺未遂事件がきっかけのようです。
過去に得た情報屋からはこのように報告を受けていた。
つまりこの問題は他国の公爵家の後継者問題に介入することとなり、深入りできなかった問題だった。
(……殿下に伝えるべきか)
(それとも、ここで介入を止めるべきか)
ルシアンの“崩れかけた何か”を、見てしまったからだった。
しばし考え込むグレイスン。
(いや、今すぐ……ここへ殿下を、呼ぶか)
皇太子をここへ呼ぶということは人の目を避けられない。しかしそれを承知して“皇太子案件”として明るみにする覚悟を、いま、グレイスンは心に決めた。
グレイスンが一歩踏み出そうとしたとき、一人の男が彼を止めた。
「アレクシスさま…!」
アレクシスは頷き真剣な眼差しでグレイスンを見る。
「僕に任せて、少し後ろに控えているように」
そう言うとアレクシスはグレイスンを伴ってテラスへと出た。
「そこまでだ」
アレクシスの低く、切るような声が静かにテラスに響いた。
アレクシスは一瞬だけ視線を動かし、状況を切り分けた。
―――ルシアンの崩れかけた視線。
―――アーネストの揺れたままの感情。
―――レティシアの違和感。
「ここは舞踏会だ」
レテシィアはハッと兄を見た。アレクシスは、レテシィアの瞳が大きく揺れているのを感じた。
「レティシア、こっちへ」
速やかにレティシアを傍に呼び、肩を抱きしめる。そしてアーネストに向き直った。
「あなたも、ここまでです」
レテシィアは兄の、感情を挟まない冷静な声がしっかりと聞こえた。
続けてアレクシスはグレイスンへ視線を向けた。
「これは“封印されていた個人情報の漏出”です」
グレイスンは頷き、承知していることを示すように目を伏せた。
アレクシスはその様子を確認し、一拍置いて、静かに続ける。
「殿下には、他国案件として報告してください。これ以上の接触は不要です」
そこへ、アレクシスがあらかじめ呼んでいた公爵家の使用人が到着した。
「ここから人目につかないよう彼を屋敷へ移送するように。父に説明をした後、私もすぐに向かう」
使用人に命じたのち短くこう言った。
「ここは、これで終わりです」
アレクシスはレティシアの手を引き、すみやかにテラスを後にした。
【主要登場人物です】
■ レティシア・ヴァレンティーヌ
この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。
■ アルフォンス・ルーヴェル
ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。
■ ルシアン・エヴラール
隣国であり友好国であるラヴィエール公国のエブラール公爵家嫡男。レティシアの幼なじみ。軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。レティシアの本性を知る数少ない人物。
【ルーヴェル帝国 関係者】
■クラウディウス皇帝
ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。理性的で威厳があり、民から敬愛されている。
【 ヴァレンティーヌ公爵家】
広大な領地を持つ帝国屈指の超名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。
■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ
ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。
■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ
ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。
■ アレクシス・ヴァレンティーヌ
3歳年上のレティシアの兄。ヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。
■ ノエル・ヴァレンティーヌ
1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。
【アルフォンスの婚約者候補】
■イザベル・ド・モンフォール侯爵令嬢。
金髪碧眼の華やかな美人。社交界の華。
■カミーユ・ド・ラ・ロシュフォール公爵令嬢
黒髪で切れ長の瞳。知的で冷静で政務や外交に精通している。レティシアの最大のライバル候補。
■エレオノール・ド・ヴァレリア辺境伯令嬢
赤銅色の髪で背が高い。武門の名家出身。馬術や軍略にも詳しい。
【ラヴィエール公国】
■ アーネスト・エヴラール
エヴラール公爵家の嫡男でルシアンの弟。誠実で率直な性格。幼少期より兄の存在を家門内で禁忌として扱われ、兄のことは何も知らない。このため兄に対しては「確かめたい」という強い衝動を抱いている。




