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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第2部「崩れる心」

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第12話「呼び起こされる心の傷」

(この顔……)


 ルシアンは記憶の奥で、何かが引っかかる。


 ルシアンの沈黙に、レティシアは小さく首を傾げた。


「……ルシアン?」


 青年は一歩踏み出したのか靴音がテラスの床に小さく響く。


「……やはり、間違いありません」


 青年は声を絞り出す。それを聞いたルシアンの琥珀の瞳が、わずかに揺れる。


「ルシアン・エヴラール様、あなたは……」


 そこで一度、言葉が途切れたがまた、絞り出すように続ける。


「……僕の、兄上ではありませんか」


 その瞬間、ルシアンの呼吸が止まった。


 ――視線が一瞬だけ、遠くへ逃げる。


 まるで何かから目を背けるように、ルシアンの視界がわずかに揺れた。


 呼吸が、浅くなる。胸の奥に、冷たい感覚が広がっていく。


 ―――暗い回廊、閉ざされた扉、誰かの荒い声


 ――“逃げろ!ルシアン!”


(やめろ……!)


 頭の奥で、忘れたはずの幼い頃の記憶が、断片のまま波のように押し寄せてくる。


 ――荒い声、たくさんの足音、生臭い金属の匂い。


 ――誰かに手を引かれる感触だけが、やけに生々しい。


 視線の先で、青年がもう一歩近づいた気がした。


(やめろ……!)


 その瞬間、ルシアンの身体が、わずかに強張る。


 息を吸おうとして、うまく吸えない。世界が一瞬だけ遠のく。沈黙があたりを包む。


 救いを求めて、胸元のペンダントを握りしめる。母の形見のペンダントを――。


「やっぱり、あなたは……!」


 言いかけて、喉が詰まる。アーネストの瞳も揺れていた。


「ずっと、誰も……教えてくれなかった」


 そこで一度、言葉に詰まる。


「……兄上が、生きているなんて」


 また再び沈黙が三人を包んだ。そしてルシアンが言葉を絞り出す。


「アーネスト…」


 その言葉が喉の奥で崩れるように漏れ出た。


 レティシアは、その場に立ち尽くしていた。何が起きているのか、理解が追いつかない。


(明らかにおかしいわ……)


 ルシアンの顔が、見たことのないほど揺れている。胸のざわめきがおさまらない。


 いつもの穏やかさも、余裕もない。何かを必死に押し殺している表情だった。


(……どうして)


(ただの再会ではなかったの?)


 アーネストもまた、動けないままルシアンを見ている。


 その目にあるのは“必死さ”だけだった。


(これ……)


 息が浅くなる。


(ただの“再会”じゃない)


 ルシアンの指がわずかに震えているのが見えた。


(こんなルシアンは…見たことがない…!)


 一歩も動けないまま、気づく。


 何か声をかけるべきなのに、言葉が出ない。


(……何が、起きているの?)


「ルシアン。いったん、落ち着いて」


 ルシアンにその言葉はまるで水の底から聞こえる声のようだった。


 次の瞬間、足元の感覚が曖昧になり、テラスが、再び暗い回廊に変わる。


 ――“立て!ルシアン!落ち着け!”


 ――“逃げるんだ!”


(違う)


(これは……今じゃない)


 頭では分かっているのに、身体が反応しない。心臓だけが勝手に速くなり、呼吸が崩れていく。レティシアの声が頭にこだまする。


「ルシアン!」


 その響きが、過去のどこかの声と重なった瞬間、ぷつりと何かが切れた。



【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国のエブラール公爵家嫡男。レティシアの幼なじみ。軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

広大な領地を持つ帝国屈指の超名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアの兄。ヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


【アルフォンスの婚約者候補】

■イザベル・ド・モンフォール侯爵令嬢。

金髪碧眼の華やかな美人。社交界の華。


■カミーユ・ド・ラ・ロシュフォール公爵令嬢

黒髪で切れ長の瞳。知的で冷静で政務や外交に精通している。レティシアの最大のライバル候補。


■エレオノール・ド・ヴァレリア辺境伯令嬢

赤銅色の髪で背が高い。武門の名家出身。馬術や軍略にも詳しい。


【ラヴィエール公国】

■ アーネスト・エヴラール

エヴラール公爵家の嫡男でルシアンの弟。誠実で率直な性格。幼少期より兄の存在を家門内で禁忌として扱われ、兄のことは何も知らない。このため兄に対しては「確かめたい」という強い衝動を抱いている。


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