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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第2部「崩れる心」

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第7話「ファーストダンス」

 皇室への挨拶を終えたヴェレンティーヌ公爵家のもとへ、多くの貴族たちが次々とやって来た。


 その貴族たちの関心は、もちろん華々しく社交界デビューを果たしたレティシアだった。


「藤色の色のドレスが本当にお似合いですわ。銀艶やかな色の髪がまるで絹のよう」


 あっという間にレティシアの周りは人だかりができた。


「もったいないお言葉です。シレーヌ伯爵夫人こそ、その深紅のネックレスがとてもお似合いですわ」


 優雅に美しく、礼儀正しく、非の打ち所がない。


「立ち居振る舞い、礼儀作法、まさに完璧でございますわね」


 多くの貴族がレティシアを讃えていた。


(見られている。...評されている)


 レティシアは笑顔を崩さず、その事実を飲み込んだ。


 その時、楽団の音が静かに替わった。


 ざわめきが波のように引いていく。


 そして舞踏会場の中心に、自然と円形の空間が出来上がった。


(始まるのね)


 無意識に指先をぎゅうと握った。


「本日の舞踏を開始する!」


 皇帝の低い声が、会場に落ちた。


 一斉にざわめく貴族たち。


 レティシアが一歩下がろうとした、そのときだった。


「ヴァレンティーヌ公爵令嬢」


 背後から名前を呼ばれる。


 一瞬にして会場の空気が変わる。


 ゆっくりと振り返るレティシア。


 そこに立っていたのは、アルフォンスだった。


 レティシアを取り囲んでいた貴族たちは一斉に道を開ける。


 まっすぐな視線、迷いのない足取り。


「僕と踊ってもらえるか」


 それは命令でもなく、懇願でもない。


 ただの当然のような声だった。


(……え)


 羨望と驚き、そしてわずかな嫉妬を含んだ周囲の視線。


(わたし......?)


 アルフォンスは、視線を逸らさずレティシアだけを見ている。


(……殿下が、私を選んでくださった)


 その言葉が胸の奥に沈み、熱くなる。


 理由はわからないのに、呼吸が浅くなる。


「……はい」


 レティシアは、小さく答えた。


 アルフォンスがレティシアの手を取る。


 音楽がふたりの世界を作り出す。


(まるで夢を見ているみたい...)


 レティシアは自然と一歩を踏み出した。


 舞踏会場の中心で二人だけの世界がうまれる。


 距離は、思っていたよりもずっと近い。


(近い...)


 視線を上げれば、すぐそこに彼がいる。


「緊張している?」


 音楽の合間を縫うような、静かな問いだった。


「……はい、殿下。少しだけ」


 レティシアは正直に答えてしまったあと、小さく息を呑む。


(しまったわ...)


 アルフォンスはその様子を見て少し微笑む。


「そうか」


 ただそれだけの、短い返事。


 胸の鼓動が、少しだけ整う。


「昔を、思い出すな」


 ふいに、アルフォンスが言った。


(昔……?)


 アルフォンスの手を握るレティシアの指先が、ほんのわずかに揺れる。


「覚えていらっしゃるのですね」


 レティシアは嬉しかった。


(二人の思い出を覚えているのは私だけではなかったのだわ)


 嬉しさが隠しきれず自然にほころぶ顔。


 アルフォンスは一瞬だけ視線を外す。


「忘れる方が難しいよ」


(それはどういう...)


 その言葉の意味を、聞きたいけれど聞けない。


 熱くなる胸、早くなる鼓動。


 ステップが変わる。


 曲の終わりを予感する。


(もうすぐ終わってしまう...)


 アルフォンスは曲に合わせて、レティシアを少し引き寄せた。


 二人の距離がさらに近くなる。


 息が触れそうなほどの距離でアルフォンスがつぶやく。


「そのままでいい」


 言葉の意味を捉えきれずまばたきをするレティシア。


(そのままって……?)


 問い返す前に音楽がかわり、大きな拍手がわきおこりダンスの終わりを告げた。


 アルフォンスはレティシアの手の甲に口付けをした。


 心臓が早鐘のように脈をうつ。


(これ以上は、心臓が止まりそう...)


 その光景を、会場の誰もが見ていた。


 次代を象徴する一幕として。


 そしてそのすべてを、壁際でただ一人見ていた男がいた。


 ルシアンは動かない。


 拍手の中でも、視線だけはそこに残っていた。

【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国のエブラール公爵家嫡男。レティシアの幼なじみ。軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

広大な領地を持つ帝国屈指の超名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアの兄。ヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


【アルフォンスの婚約者候補】

■イザベル・ド・モンフォール侯爵令嬢。

金髪碧眼の華やかな美人。社交界の華。


■カミーユ・ド・ラ・ロシュフォール公爵令嬢

黒髪で切れ長の瞳。知的で冷静で政務や外交に精通している。レティシアの最大のライバル候補。


■エレオノール・ド・ヴァレリア辺境伯令嬢

赤銅色の髪で背が高い。武門の名家出身。馬術や軍略にも詳しい。


【ラヴィエール公国】

■ アーネスト・エヴラール

エヴラール公爵家の嫡男でルシアンの弟。誠実で率直な性格。幼少期より兄の存在を家門内で禁忌として扱われ、兄のことは何も知らない。このため兄に対しては「確かめたい」という強い衝動を抱いている。


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