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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第2部「崩れる心」

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第6話「今日のために」

 会場にいる貴族たちはみな、歓談を止めてヴィクトル公爵家に注目していた。


 レティシアの鼓動はますます早くなっていた。


 玉座に続く赤いじゅうたんの敷かれた階段を登りきると、まず父のヴィクトルが頭を下げた。


「帝国の光が永遠に輝かんことを。クラウディウス皇帝陛下」


 皇室を前に父が堂々と挨拶を述べる。


「ヴァレンティーヌ公爵ヴィクトルにございます。本日はお招きいただき、誠に光栄に存じます」


「うむ。よく参ったな、ヴィクトル」


 クラウディウス皇帝は嬉しそうに笑みを浮かべ、頷く。


 続いて兄のアレクシスが挨拶を述べた。


「そして、こちらがご令嬢か」


 皇帝の視線がレティシアへ向けられた。


 レティシアは呼吸を整え前へ出た。


「レティシア・ヴァレンティーヌにございます。皇帝陛下にお目通り叶いましたこと、光栄に存じます」


 磨き抜かれたカーテシー。裾を摘み、深く礼をする。


 恩師であるベアトリスの声が脳裏によみがえる。


 ―――カーテシーは、ただ頭を下げればよいものではありません

 ―――皇帝陛下への礼は三秒静止で視線を上げてはなりません


「なるほど。噂以上だな」


 レティシアの見事なカーテシーに、皇帝は満足そうに笑った。


 その後に皇后への挨拶だ。


 再びベアトリスによる厳しい授業が頭をよぎった。


 ―――皇后陛下には二秒の静止です。しかし頭を下げる角度は皇后陛下の方が深くなります。スカートを最も美しく広げるように


  皇后の視線は穏やかだった。


「本日はお会いできて嬉しいわ、レティシア。ここまで厳しい道のりだったでしょう」


 優しい口調で皇后がレティシアに語り掛けた。レティシアの緊張が少し緩む。


「恐れ入ります、皇后陛下」


 レティシアは一生懸命まごころを込めて応じた。


「緊張しているかしら?」


(恥ずかしい。見透かされているわ…)


「はい、少しだけ」


 図星だったが、レティシアは平然を装った。


「ふふ。なら安心したわ」


 そしていよいよアルフォンス皇子への挨拶となった。


 悟られぬよう、ごくりと唾を飲んだ。


 喉が乾いているようだった。


「アルフォンス皇太子殿下」


 ―――ずっと会いたかった人が目の前にいる。


 レティシアは胸の高鳴りを感じた。


 緊張と胸の高まりを推察されないよう挨拶をした。


「帝国の光、アルフォンス皇子殿下にご挨拶申し上げます」


 アルフォンスは笑顔で答えた。


「久しいな。ヴァレンティーヌ公爵令嬢」


 その声を聞いた瞬間、胸が跳ねた。


「は、はい……!」


「社交界デビューおめでとう。会えてうれしいよ」


(私のこと、覚えていてくださった!)


 頬を赤らめるレティシアを、父が微笑ましく見ている。


 アルフォンスは穏やかに頷いた。


「今後の活躍を期待している」


 その言葉だけで、胸の奥が熱くなった。


 どうしようもなく、嬉しかった。


「ありがとうございます」


 そして優しい笑顔をレティシアに向けた。


 時が止まったように感じた。アイスグレーの瞳が自分を見て微笑んでくれている。


(また、この瞳に私はうつっているのね)


 しかしそれは束の間だった。


すぐに視線を外した。


 そしてアレクシスに話しかける。


「アレクシス。執務に追われているようだな。先週の講義も欠席していただろう」


 レティシアは微笑んだまま、その場に立っていた。


「ちゃんと寝る時間はあるのか」


 アルフォンスがアレクシスに楽しそうに話す。


「殿下にだけは言われたくありません」


 そっけなく答えた。


「ははは、それは反論できないな」


 レティシアの知らない、年相応の青年の笑顔だった。


(……そうなのね)


 その笑顔は、自分に向けられたものではなかった。


 レティシアはそっと視線を伏せた。




【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国のエブラール公爵家嫡男。レティシアの幼なじみ。軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

広大な領地を持つ帝国屈指の超名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアの兄。ヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


【アルフォンスの婚約者候補】

■イザベル・ド・モンフォール侯爵令嬢。

金髪碧眼の華やかな美人。社交界の華。


■カミーユ・ド・ラ・ロシュフォール公爵令嬢

黒髪で切れ長の瞳。知的で冷静で政務や外交に精通している。レティシアの最大のライバル候補。


■エレオノール・ド・ヴァレリア辺境伯令嬢

赤銅色の髪で背が高い。武門の名家出身。馬術や軍略にも詳しい。


【ラヴィエール公国】

■ アーネスト・エヴラール

エヴラール公爵家の嫡男でルシアンの弟。誠実で率直な性格。幼少期より兄の存在を家門内で禁忌として扱われ、兄のことは何も知らない。このため兄に対しては「確かめたい」という強い衝動を抱いている。


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