第4話「帝国の象徴」
「父上、レティ!」
兄のアレクシスが、二人のもとへやってきた。
「お兄様、遅くなりました」
レティシアがアレクシスにお辞儀をした。
「完璧な入場だったよ。レティシア、堂々としていて、とてもよかった」
アレクシスを見て父は嬉しそうにしたが、小さく頷いただけだった。
「淡い藤色のドレス、レティの銀の髪と紫の瞳にぴったりだ」
兄のアレクシスが笑顔でレティシアをほめた。
「ありがとうございます、お兄様」
(お兄様にほめていただいて、うれしいわ)
と、その時だった。
楽団の演奏が静かに止んだ。
会場にいた貴族たちが一斉に入口へ視線を向ける。
父と兄がレティシアに目配せをし、入り口の方を見る。
レティシアもはっとして、入り口に向かって立った。
同時に、招待客たちの談笑の声がぴたりと止み、静まり返った。
静寂の中、皇室使用人の高らかな声が響く。
「クラウディウス皇帝陛下、皇后陛下、ならびにアルフォンス皇太子殿下、ご入場です!」
次の瞬間、会場中の貴族たちが一斉に頭を垂れた。
レティシアも裾を摘み、優雅に礼をとる。
重厚な扉が開かれる。
まず姿を現したのは、クラウディウス皇帝だった。
銀を帯びた金髪。
歳月を重ねてもなお揺るがぬ威厳。
ゆっくりと前へ歩みゆく。
(あの御方が、クラウディウス皇帝陛下…!)
そこにいるだけで、帝国そのものを見ているようだった。
そしてその隣には皇后が立つ。皇后の顔には穏やかな微笑みがある。
気品とはこういうものなのだ、とレティシア息をのんだ。
(皇后陛下は穏やかそうに見えて、それでいて厳しさもありそうなお方だわ)
微笑みを浮かべながら列席者を見渡す皇后の顔は、すべてを見透かすような凄みがあった。
そして最後に、皇太子アルフォンス・ルーヴェルが姿を現した。
レティシアの心臓が跳ねる。
(アルフォンス殿下……)
記憶の中の幼い少年は、もうそこにはいなかった。
背はすっかり高くなり、肩幅も広くなっていた。
しかし整った顔立ちは変わらない。
だが、そのアイスグレーの瞳には以前のような無邪気さはなく、すっかり大人びた光を宿していた。
(もう私の知っている殿下ではないようだわ…)
(でも本当に素敵……)
アルフォンスが歩くたび、列席者たちの視線が自然と集まる。
誰もが無意識に、その姿を目で追っていた。
(これが……皇太子殿下)
幼き頃、ともに皇宮の中庭を駆け回った思い出がよみがえる。
しかし今、目の前にいるのは帝国の未来を背負う皇太子だった。
(不思議……。殿下の存在そのものが、わたしには輝いて見えるわ)
その姿は、誰が見ても次代の皇帝だった。
クラウディウス皇帝が歩けば道が開かれる。
アルフォンスが歩けば人々は未来を見る。
(あの方々は、本当に帝国の象徴なのね)
レティシアは、皇室の存在の偉大さをしっかりと心に刻んだ。
ふと、アルフォンスの視線が会場をゆっくりと巡らせた。
数多の貴族たちを見る。
三人の婚約者候補、彼女らの父親である各家の当主たち。
その視線は一瞬だけレティシアの上を通り過ぎた。
(あっ、目が……)
レティシアの鼓動は早まり、紫色の瞳を大きく開いた。
だが、アルフォンスの視線はそこで止まることはなく、過ぎていった。
(アルフォンス殿下…)
レティシアは期待をした分、肩を落とし小さく息を吐いた。
(私は、ここにいるのに)
レティシアは少しだけ胸が痛かった。
【主要登場人物です】
■ レティシア・ヴァレンティーヌ
この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。
■ アルフォンス・ルーヴェル
ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。
■ ルシアン・エヴラール
隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。レティシアの本性を知る数少ない人物。
【ルーヴェル帝国 関係者】
■クラウディウス皇帝
ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。理性的で威厳があり、民から敬愛されている。
【 ヴァレンティーヌ公爵家】
帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。
■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ
ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。
■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ
ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。
■ アレクシス・ヴァレンティーヌ
3歳年上のレティシアの兄。ヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。
■ ノエル・ヴァレンティーヌ
1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。
【アルフォンスの婚約者候補】
■イザベル・ド・モンフォール侯爵令嬢。金髪碧眼の華やかな美人。社交界の華。
■カミーユ・ド・ラ・ロシュフォール公爵令嬢
黒髪で切れ長の瞳。知的で冷静で政務や外交に精通している。レティシアの最大のライバル候補。
■エレオノール・ド・ヴァレリア辺境伯令嬢
赤銅色の髪で背が高い。武門の名家出身。馬術や軍略にも詳しい。




