第3話「レティシアの入場」
───時は少し遡り。
レティシアは父であるヴァレンティーヌ公爵と、舞踏会の大広間の扉の前に立っていた。
「ヴァレンティーヌ公爵さまとご令嬢、レティシア・ヴェレンティーヌさま、ご入場です!」
レティシアの名を呼ぶ皇室使用人の声が聞こえた。
レティシアは、ふぅ...とゆっくりと息を吸う。
豪奢な扉の向こうから聞こえていた人々の話し声が、ぴたりと止んだ気がした。
(いよいよね。......大丈夫よ、レティシア)
心の中で静かに言い聞かせる。
幼い頃から、この日のために努力してきた。
礼儀作法、政治学、外交、歴史、経済。
大好きな剣も、置いた。
心が折れそうな時もあった。
それでもすべてが今日へ続いていた。
レティシアは、隣に立つ父を見る。
父はいつも通り厳格な表情だった。
父の薄紫色の瞳と視線がぶつかる。
父は、レティシアに優しく瞬きをした。
不思議と心が落ち着いた。
(そう、私は一人ではないわ)
「行くぞ」
父の低い声がレティシアの一歩を促す。
「はい、お父様」
レティシアは微笑み、前を向き直した。
そして扉が開かれる。
(うわぁ...)
レティシアはまずその光景に心を踊らせた。
豪華絢爛、光と色めきに溢れた舞踏会の場。
楽団が奏でる音楽の壮大さ。
着飾ったたくさんの貴族たち。
次にレティシアは、少し戸惑った。
(なに、この視線は...)
貴族たちは、おしゃべりをやめて皆こちらを見ている。
(わたし、ものすごく見られているのだわ)
レティシアは突然、人の視線が怖くなった。
(皇太子の婚約者候補であるということは、こういう事なのね。)
レティシアはまっすぐ前だけを見た。
すると、少し前の方の、壁際に立つ黒髪の男性が目に入った。
(あっ...!あれは!)
レティシアは懐かしい友の顔を見つけた。
(ルシアンだわ!)
(ルシアン...来ていたのね)
レティシアはルシアンを見て、緊張していた顔が和らいだ。
(会いたかったわ、懐かしいひと...)
(前よりずっと背が伸びて、立派になったわね)
レティシアの胸に懐かしさがこみ上げた。
そして、ふっと自然な笑みがその顔に浮かぶ。
「わあ...」
「なんとも麗しい...!」
「ヴァレンティーヌ公爵令嬢の微笑みはまるで天使のようですわ」
その柔らかな笑みに、思わず言葉を失う者も少なくなかった。




