第24話「祭りの終わり」
観客はまだ興奮が冷めず、歓声が飛び交っていた。
試合を終えた二人は、闘技場の裏の通路を歩いていた。
アルフォンスはしつこくルシアンに問う。
「それで、覆面の騎士の名は」
ルシアンは小さな声で応えた。
「知らないよ、です...」
アルフォンスはなおくいさがる。
「親しいんじゃないのか」
「別に...」
ルシアンは明らかに機嫌が悪かった。
アルフォンスは、
(仕方がない。さぞ悔しいのだろう...)
と思ったが。
(どうしても知りたい、あの覆面剣士のことを)
そして
(しかしこんな有能な剣士たちを、皇太子として諦める訳には...!)
と、諦められなかった。
「お前たち二人、良ければ皇室騎士団に...」
と言いかけたところで、
「ずいぶんと楽しんでいたね」
と朗らかな声が後ろから聞こえた。
振り向く二人。
そこにいたのは、アレクシスだった。
「よう、アレク。見ていたか!」
嬉しそうに笑いかけるアルフォンス。
「もちろん見てたよ。二人とも、いい試合だったね」
ルシアンは、アレクシスの顔は知っていた。
しかし、顔を合わせたことはない。
ましてや会話をしたこともない。
しかし、剣術の同門生であるノエルの兄である。
レティシアの兄でもある。
何より恩のあるヴァレンティーヌ公爵家の後継者。
(挨拶を...)
と身構えたが、ふと止まる。
(自分なんかが簡単に声をかけられる相手では...)
そんなルシアンの様子を見て、アレクシスはアルフォンスの肩を抱いた。
そしてクルッと方向を変えルシアンに背を向けた。
「やばいよ。君の顔、泥がもう汗で落ちそうだ」
「え、しかし...」
アルフォンスはアレクシスの目を見た。
アレクシスの顔は笑ってはいるが...。
その薄紫色の瞳には有無を言わさない、圧があった。
「...帰った方が良さそうだな」
アレクシスはにこり、とした。
そしてルシアンを見て、
「黒髪の騎士殿」
と声をかけた。
「主催者から参加記念品だよ」
と言ってルシアンにタオルを渡した。
そしてそのままアルフォンスの肩を抱いたまま、スタスタと立ち去った。
「名前が聞けなかった。アレクシス、あの騎士と知り合いか?」
アルフォンスはアレクシスに聞いた。
「さあ?」
アレクシスはさらに足早になり、アルフォンスたちはあっという間に闘技場の外へ出ていった。
タオルを持って呆然と立ち尽くすルシアン。
そこへレティシアがやってきた。
「ルシアン、お疲れ」
ルシアンはちらりとレティシアを見た。
そして手に持っていたタオルでとっさに顔を隠した。
(落ち込んでいるのね...)
「惜しかったわね。完全に互角の戦いだったわ」
レティシアが優しく慰める。
「そうでもないさ」
ぶっきらぼうに答えるルシアン。
「何よ、すねてるのね」
「すねてなんか...」
(そんなんじゃ、ない...)
「いいわ、行きましょう。もうそろそろマリアとの待ち合わせの時間になるわ」
二人も闘技場を後にした。
夕暮れが近づき、銀花祭の飾りに光が灯される。
二人はプリュメ街の中心を流れる川に渡る、大きな橋の上を歩いていた。
夜の祭りを楽しもうとする人混みの中。
レティシアは行き交う人達が楽しそうにしている姿を見て、嬉しい気持ちになっていた。
(楽しそうな街の人たち)
(民が幸せだと、こんなにも嬉しい気持ちになるのね)
(今度の研究は、民の幸福についてテーマを絞ろうかしら)
レティシアが橋の欄干で立ち止まり、川に映る夕陽を見つめた。
後ろを歩いていたルシアンも立ち止まる。
「今日は楽しかったわ」
夕陽を見ていたレティシアが横を向き、ルシアンに笑いかける。
「あなたと真剣勝負が出来て、楽しかった」
「覆面剣士が私ってばれそうになって危なかったわ...」
少しだけ考え込んでから、
「でも、殿下にも会えたし...」
ふふ、と笑い、レティシアは前を向く。
ルシアンも夕陽を見た。
(アルフォンス皇子殿下。あの方は強かった。)
アルフォンスの姿を思い出すルシアン。
(剣だけじゃない、あの歓声の中で立つ姿)
ルシアンは、アルフォンスの立つ姿を思い出した。
そこにはやがては皇帝として立つ男の“姿”があった。
やがて国を背負って立つ身。
(レティはあの隣に立とうとしているのか)
ルシアンは隣に立つレティシアを見た。
その横顔は夕陽に照らされ、どこか遠くを見ているようだった。
レティシアは夕陽を見ながら思っていた。
(もっと頑張らなくちゃ)
(社交界デビューが控えているし)
(アルフォンス殿下の隣に立てるように、頑張らなくちゃ)
二人はそれぞれの想いを胸に、沈みゆく夕陽を見つめていた。




