第2話「完璧令嬢 レティシア・ヴァレンティーヌ」①
「そなたは誰だ」
アルフォンスの声から戸惑いを隠せない様子が伝わってくる。それもそうだ、彼が知っているレティシアとは全然違うのだろうから。
笑みを浮かべていた顔から、レティシアはふっと力を抜く。そして、凛とした声ではっきりと名乗った。
「レティシア・ヴァレンティーヌにございます」
アルフォンスは目を見開いた。
「レティシア……。本当に、君か?」
信じられないものを見るような顔。かつて知っていた婚約者と、目の前の女性が同一人物だと結びついていないのだろうか。それとも......。
(もう私の事なんて、お忘れだったのかしら)
そして思い出す。
初めて彼に会った日のことを───
──十二年前。
五歳のレティシアは、母のセラフィーナと二人で馬車に揺られていた。馬車に乗るのは好きだった。景色がくるくる変わるから、退屈しなくて楽しい。それに今日はあの素敵な皇宮に連れていってくれるらしい。レティシアの胸はワクワクが止まらなかった。
「おかあさま、きょうはとくべつなひ、でしたね」
母を見ると、いつも凛とした表情をしているのだが、今日はさらに真剣な顔に見えた。
(いつもより...しんけんな、おかあさま)
それでもレティシアが話しかけると、ふっと微笑んでくれる優しい母。
「そうよ賢いレティシア、今日は特別な日よ」
その言葉にレティシアは少しドキッとする。
母はあらためて真剣な眼差しでレティシアに語りかける。
「レティシア。あなたはこのルーヴェル帝国の未来の皇后となる御方です。」
母の言葉に頷くレティシア。
「ヴァレンティーヌの娘として、決して恥じぬように。そう、完璧でありなさい。……今日はその始まりなのですから」
顔がこわばる。難しい言葉をたくさん言われた。かんぺき、って何だろう。それはどんな風にすればいいのだろう...。少なくとも、叱られてしまう自分は、かんぺきとは言えないはずだ。
「大丈夫よ、お母さまも一緒に、傍にいますからね」
母が背中をぽんぽんと叩いてくれる。そしてにっこりと笑いかけてくれる。少し安心するレティシアだった。
やがて馬車が静かに止まった。
皇宮に到着したらしかった。
そして扉が開かれた。
そこには何人もの使用人たちが整然と並び、レティシアと母を出迎えてくれた。
(わぁ、すごい……)
皇宮の中はどこまでも広く、天井のシャンデリアがキラキラととてもきれい。レティシアは目をキラキラさせながら、あちこちをきょろきょろ見すぎて母に何度も叱られる。
やがて二人は、色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園へと案内された。
──絵本に出てきそうな庭園
そこには、白いテーブルときらきらしたティーセットがあった。
そして、フルーツいっぱいのケーキ、色んな形をしたクッキー。チョコレート。美しく並べられている、カラフルなマカロン。
瞳がぱっと輝く。
「おかあさま、あれはマカロンですね!」
満面の笑顔で叫んだ。
セラフィーナはすかさず、
「レティシア」
と静かに注意をする。
その時、あははと後ろから幼い笑い声が聞こえた。振り向くと金色の髪の少年が薔薇のアーチの向こう側に立っていた。
(きれいなひと...)
(にいさまくらいのお年かしら?)
白を基調とした上品な衣装に身を包み、その後ろには何人もの使用人が控えている。
「お菓子が好きなの?」
少年はそう言って笑う。
セラフィーナが静かに膝を折った。
「アルフォンス皇子殿下にご挨拶申し上げます」
その言葉に目を丸くするレティシア。
(このひとが、おうじさま……!)
「うちのパティシエのマカロンは帝国で一番だと思うよ。ぜひ君に食べてもらいたいな」
アルフォンスはレティシアにすっとマカロンを差し出した。マカロンを受け取り、ぱくっと口にほうり込むレティシア。
アッ!というセラフィーナの声が小さく聞こえた。
「おいひい(美味しい)!」
マカロンをもぐもぐしながらにっこりと笑う。
アルフォンスもマカロンをぱくっと口にほうり込む。そして、レティシアに笑いかけた。
(この方、まつ毛もとても長いわ......!)
「いつでも食べに来ていいよ。また準備しておくからね」
と優しくレティシアに声をかける。
セラフィーナが横から控えめに言葉をかける。
「誠にありがとうございます、皇子殿下。娘のご無礼をお許しください」
「レティシア、ご挨拶できるわよね?」
(いけないわ......!)
マカロンを持っていた手をぱんぱんと払い、幼い手でカーテシーをとる。
「ル、ルーヴェルていこくのひかり、アルフォンスおうじでんかにごあいさつもうしあげます。わたくしはレティシア・ヴァレンティーヌにございます!」
(うまくできたかしら...)
おそるおそる顔を上げる。
「よろしく、未来のお嫁さん」
アルフォンスはにっこりと笑った。その髪は金色で、光に透けて見える。
(ほんとうに光のようにキラキラしたひと...)
アルフォンスの目鼻立ちはとても整っていた。
長い金色のまつ毛。
優しいアイスグレーの瞳。
(まるで絵本に出てくる天使様みたい)
その後、二人はバラの咲き誇る庭園でおにごっこをしたり、かくれんぼをしたり、時が経つのを忘れるほど遊んだ。
これが、レティシアとアルフォンスの初めての出会いだった。
レティシアにとって、初めての皇宮、そして初めての皇子との時間はまるで夢のような時間だった。
【主要登場人物です】
■ レティシア・ヴァレンティーヌ
この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫色の大きな瞳をもつ公爵令嬢。
未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”・・・だったが?
■ アルフォンス・ルーヴェル
ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。
金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。
■ ルシアン・エヴラール
隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。
軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。
レティシアの本性を知る数少ない人物。
【ルーヴェル帝国 関係者】
■クラウディウス皇帝
ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。
理性的で威厳があり、民から敬愛されている。
【 ヴァレンティーヌ公爵家】
帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。
■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ
ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。
■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ
ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。
■ アレクシス・ヴァレンティーヌ
3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。
■ ノエル・ヴァレンティーヌ
1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。




