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第11話「公爵令嬢から街娘に変身」

「それでは、お願いいたします」


 侍女のマリアが御者に出発を促す。


 レテシィアとマリア、そしてガレスを乗せた馬車は走り出した。


「…お嬢様、わたし少々緊張しています」


 マリアが隣に座るレテシィアだけに聞こえるよう、小声で話す。


「何?街へ行くのは初めてじゃないでしょう?」


 マリアの小声に応じるように、レテシィアも小声で答えた。


「そうではなく、元皇室騎士団長のガレス・オルディン様をこんなに間近で拝見するのが初めてでして」


 市井の祭りに参加するなど反対されることは明白だった。


 しかし研究のための見学という名目で、元皇室騎士団長のガレス・オルディンが護衛として付き添うということで許可が下りた。


 すべてはガレスの信頼なくしては、この計画は成り立たなかった。


 マリアはガレスをちらりと見た。


 ガレスは腕を組み、目を閉じている。


「あら、そうだったかしら?」


 レテシィアもガレスをちらりと見る。


「貫禄がすごいですね…さすがでございます」


 馬車はよく揺れ、時々大きく揺れるが、その揺れにガレスの体幹はまったく崩れる様子がない。


「そんなに緊張しなくてもいいのよ、ガレス先生は優しい御方だから」


 レテシィアはマリアに笑いかけた。


「優し…?」


 ふいに大きな声を出してしまったマリアは、その声に目を開けたガレスと、ばっちり目が合ってしまい、するりと視線をそらしごまかした。


 そんなマリアを見てレテシィアはクスクスと笑った。


「それより、このドレスはどこで着替えるのかしら?」


 レティシアはふわりとドレスの裾を持ち上げ、マリアに聞いた。


「は、はい。街の近くに、小さな宿がございます。そこに馬車を止め、お嬢様には市民のお洋服に着替えていただきます。ご要望通り、動きやすいズボンをご準備いたしました。」


 マリアの言葉にレテシィアの胸は高まった。


「なんだかわくわくするわ……!いつも私のわがままを聞いてもらってありがとうマリア!」


(護衛として付き添ってもらったオルディン元騎士団長さまを待たせるのは忍びないわ。公爵令嬢付きの侍女として、できるだけ素早く完璧に着替えをすまさなくては!)


 自分を鼓舞するマリアだった。






 やがて馬車は予定通り宿に到着し、レティシアは着替えをすませた。


 ガレスは宿の庭で、宿の犬に懐かれていた。


 大きな犬はガレスの膝に頭を押しつけ、尻尾をぶんぶん振っている。


「何を着てもお似合いになりますねぇ。」


 マリアは汗だくになった。


 レティシアは白ブラウスに茶色のベストをはおり、ダークグリーンのパンツに黒い編み上げブーツに着替えた。長い銀髪も簡素にまとめられている。


「その綺麗な髪、まず街にはそんな立派な髪の娘はいないよ。どっかの貴族のお嬢様だっていってるようなもんだよ」


 着替えを手伝っていた宿の女将があははと笑う。


 恰幅の良い、ひとのよさそうな女将である。


「田舎娘ふうにまとめちまいましょうかねぇ」


 レティシアの銀髪は、編み込んで麻の布に隠された。


「これで完璧ですね、お嬢様!」


 レティシアは鏡を見て胸に手を置き、浮かない顔をした。


「……恥ずかしいことを言うのだけど、ここが、この頃大きくなってしまって。ドレスだと違和感がないけど、こうやって白いブラウスになるとなんだか恥ずかしくて」


 レティシアの言葉にマリアはハッとした。


(最近、ドレスに着替えた後に少し浮かない顔をして胸のあたりを気にしているのは、このせいだったのだわ。)


「お嬢様、私の気が利かないばかりに、お悩みのことに気づけず、このようなことを言わせてしまい、申し訳ございません。」


 マリアは頭を下げて謝った。


「あなたが謝ることじゃないわ、ただ、こんなこと恥ずかしくて」


 小さな沈黙が部屋に落ちる。


「思春期に悩みはつきものだよ。そういうもんだ」


 宿の女将は二人を交互に見て、優しく言った。


「さらしを巻くって方法もあるよ。少々胸が窮屈だけどね、目立たなくはできるよ」


 ふと思いついたように女将が言った。


 レティシアは希望にあふれた目を女将に向けた。


「そんな方法があるのですか?」


 女将は優しく微笑んだ。


「酒場の娘とか、荷運びの娘とか、体を動かす仕事をしてる娘たちはみんなさらしを巻いてるよ。巻いてあげようか?」


 マリアも安堵の表情を浮かべた。


「お願いいたします」






 さらしを巻き、レティシアの着替えが終わった。


 仕事を終えたマリアがカーテンを開けて窓の外を見ると、膝の上に犬の頭を乗せて、優しく撫でるガレスがいた。


「優し…!」


 マリアは顔を上げたガレスと目が合った。


 ガレスは無言のまま、犬の頭をひと撫でした。


 ドアの前でレティシアがわくわくしながら、外を見ているマリアを促すように言った。


「行きましょうマリア、ルシアンが待ってるわ」


【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。

金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。

軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。 

レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。

理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


■ベアトリス・ローエン

レティシアの教育係。

帝国最高の淑女を育て上げることに強い誇りを持っている。


■ガレス・オルディン

かつて帝国騎士団を率いていた元騎士団長。熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷のせいで恐れられることも多いが、その剣技は帝国内でも伝説的と語られている。


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