第10話「ルシアンの誘い」
ガレスによる剣術の稽古が終わり、レティシアとルシアンはいつも通り、月夜の中、ふたりで話をしながら歩いていた。
「ガレス先生には本当にかなわないわ!あの間合いのとり方、いつもタイミングズレちゃって」
レティシアは興奮気味に稽古を振り返り、一生懸命に話してしていた。
後ろでひとつにまとめられた長い絹のような銀髪は乱れ、そのひと束が、汗で頬に張りついている。
頬はうっすらと赤く染まり、綺麗に整えられていた化粧も、汗でほとんど落ちてしまっていた。
粉も紅もない素顔。
月明かりの下で笑うレティシアは、ルシアンの知るどんな令嬢よりも綺麗だった。
「次は絶対、先生に一本取ってみせるわ!」
そう言って笑うレティシアに、ルシアンは思わず視線をそらした。
(そんな顔で笑うなよ)
「そうだ!わたし、今度は民の生活について研究することになったのよ」
突然、レティシアがぱん!と手を叩き大きめの声を出した。
「民の生活?」
ルシアンはレティシアに視線を戻した。
「そう。でもね、問題があって」
レティシアが困ったように首を傾げる。
「なんだ?」
「書物では民の生活について勉強したことはあるのだけど、実際に街へ行ったことがなくて」
「は? お前、街へ行ったことないのか?」
今度はルシアンが大きめの声を出した。
「あ、あるにはあるのよ。お買い物とかで……でも、お母様やメイドたちと一緒だから」
レティシアがあわてて付け足した。
「あー、それだけじゃ民の生活なんて分かんないだろなー」
街へ自由に行き来しているルシアンが、得意げに笑う。
「そうなのよ。だから困ってしまって。ルシアンに少し話を聞きたいなって。あなた街に詳しいでしょ」
レティシアは、ぱっ!と両手でルシアンの手を握ってルシアンを下からのぞきこんだ。
「ふぅん……」
(いやいや、顔が近っ。それに手、握ってるし…!)
ルシアンは少し考え込むフリをして、顔を空に向けた。
そしてバッ!と両手を振りほどき、その両手を高くあげた。
「…じゃあ、行こうぜ!街!」
「え?」
レティシアの目が輝いた。
「ちょうど今度、市井の祭りがあるんだよ! お前、俺が街へ連れてってやるよ!」
【主要登場人物です】
■ レティシア・ヴァレンティーヌ
この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ
公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として
知られていた。
■ アルフォンス・ルーヴェル
ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。
金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。
■ ルシアン・エヴラール
隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。
軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。
レティシアの本性を知る数少ない人物。
【ルーヴェル帝国 関係者】
■クラウディウス皇帝
ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。
理性的で威厳があり、民から敬愛されている。
【 ヴァレンティーヌ公爵家】
帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。
■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ
ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。
■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ
ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。
■ アレクシス・ヴァレンティーヌ
3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。
■ ノエル・ヴァレンティーヌ
1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。
■ベアトリス・ローエン
レティシアの教育係。
帝国最高の淑女を育て上げることに強い誇りを持っている。
■ガレス・オルディン
かつて帝国騎士団を率いていた元騎士団長。
熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷のせいで恐れられることも多いが、その剣技は
帝国内でも伝説的と語られている。




