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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「自分が決めた道」

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第24話「覚悟を決めたレティシア」

 いくつもの足音が、私に近づいてくる。

 エミは、私の腕にしがみついて泣いている。

「レティシア、お願い、逃げて...」


 男たちに囲まれて、私は足に力が入らずその場に座り込んでしまった。

 そして男たちの顔を、ただ見上げていた。


 彼らがなぜ貴族を憎むようになったのかは分からない。

 それでも、その表情から伝わってくるものだけは分かった。

 怒りだ。


「お前は辺境軍として俺達のことを討伐に来た貴族だ。そうだろう?」

 男たちの後ろからレオニスが声をあげる。


 男たちが口々になにかを叫ぶ。


 ビクッと肩が震える。

 気づけば、剣を握る手に力が入っていた。


 討伐―――?


 いいえ。

「私は...」

 言葉が詰まる。きっと、誰にもこの声は届かない。

 言葉を飲み込む。


 私は彼らに、何を言えるのだろうか?


 剣を握る手から力を抜く。


 周りの声が、音が、遠のく……。




 ―――私は...、貴族である公爵家に生まれた。


 おいしい食べ物。

 ふかふかで暖かいベッド。

 豪華なドレスや美しい宝石。

 多くのことを学ぶ機会。

 何もかも、与えられてきた。


 愛情を与えてくれる家族。


 全てが当たり前。

 自分の環境に不満を感じたことなどない。


 ―――アルフォンス殿下。憧れの人。

 自分を磨くことだけを考えて、目標を持って生きてきた。


 だけど。

 私が初めて失くしたもの。

 そう、与えられ続けた私が失くしたもの。

 ……それは、生きるための目的、だった。


 失くしたとき、私に残されたものは、空っぽの心だけだった。

 どう生きればいいのか、未来が私からそっぽを向いたように思えた。


 空っぽになった私の心へ、――いいえ。

 乾いた大地に雨が染み込むように、静かに染み込んだもの。


 それが、剣術だった。


 剣を握ることで、また私は立つことができた。


 彼らも、かつて心が空っぽになったのかもしれない。

 大切な何かを失くして、空っぽに。


 そこに、染み込んだものが”憎しみ”だとしたら。





 男たちの荒い声が耳に戻ってくる。


 ―――カラン。


 剣が乾いた音を立てて地面に落ちた。

 私はゆっくりと立ち上がる。


 それまで声を出していた男たちが、ぴたりと静まった。

 皆、私を見ている。


 私は言うべき言葉がある。

 ゆっくりと息を吸う。

 震える声だけは抑えたかった。


「私は、……あなた方とは戦いません」


 エミは、目を大きく見開いた。

 男たちがわずかにどよめく。


 後ろにいたレオニスが、男たちの間を押しのけて前に出た。

「お前は、いったい何が言いたい」

「言った通りです。私は、ここにいるエミ、エミのお母さま、ベルン、そしてあなたにも助けられた身です。あなた方は命の恩人です。私はあなた方に感謝こそすれど、討伐なんて……そんな気はありません」


 しっかりと、言いたいことを言ってみた。

 綺麗ごとかもしれない。

 ……でもこれは本心だ。


「なんだ?」

「どういうことだ?」

「レオニスが助けた……?」

 男たちはざわめき始める。


「剣を置いてるぞ」

「丸腰の女に向けて集団で切りかかるなんて、なぁ」

 周りの男たちは私とレオニスを交互に見つめる。


 レオニスは私をじっと見つめている。

 私も、目を逸らさなかった。


「なんか白けたな」

「もう家に帰るか、家が壊れてないか見に行くぜ」

 男たちがばらばらと動き出す。


「お前ら、目の前にいるのは貴族だぞ、いいのか?」

 レオニスが男たちに呼びかける。

「そう言ってもなぁ」

「いや、こんな丸腰のねえちゃん相手にできないぜ」


 男たちは次々と私から離れてゆく。


 その時、レオニスの視線が、ふと私ではないどこかに向いた。

 どこを見ているのかしら。そう思ったときだった。


「……っ!」

 レオニスの顔が、こわばったように見えた。

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 嫌な予感がする。


 レオニスの視線を追う。


 ここから見える崩れかけた塀の上に、一人の男が立っていた。

 前髪を目の下まで垂らした黒髪の男の人。

 誰だろう?

 その男が静かに手を挙げた。

 その瞬間だった。


 ―――ドオォォォン

 ――――ドオォォォン


 地面が大きく揺れる。

 教会の周りの建物が一瞬で崩れて落ちた。


 建物が崩れる大きな音と、煙、そして瓦礫が私たちを襲う。


 大きな爆撃音が重なる。

 皆、叫ぶ。

 しかしその叫ぶ声はかき消される。


 レオニスはエミに駆け寄り、かばうように覆いかぶさっていた。

 そして、レオニスが叫んだ。

「やっぱり俺たちは捨て駒だったんだ!こいつを磔にしろ!」

 それはまるで悲鳴のような声だった。


 その声に男たちが応える。

「そうだ、こいつを磔にして奴らに見せてやろうぜ!」

「くそ、貴族の奴らめ!」

「こうなったら仕方ねえ」


 襲い掛かる瓦礫の中で、男たちが再び私を囲み始める。

「レオニス、離して、レティシアが……」

 レオニスはエミを覆う腕でエミの目を隠した。

「離してってば!」


 もうだめだ、私はここで終わりなのね。


 殺気だった男たちからはもう逃げられない。

 私は、死を悟った。


 ルシアン。

 貴方が無事でいてくれることを願っています。

 せっかく想いを伝えてくれたのに、応えられなくて、ごめんなさい。


 お父さま、お母さま、申し訳ございません。

 もう一度お会いしたかった。

 期待に応えることのできない娘でした。

 それでも愛してくださって、感謝しかありません。


 そして。

 ―――もう一目だけでも会いたかったひと。

 幸せだった皇宮での時間。

 心破れて帝都を去ったけれど。

 ここへ来てから、思い出さない日はありませんでした。

 あなたの隣に並べる日はもうないことは分かっていたけれど。


 目の前の男が、血走った目で私に駆けてくる。

 埃の中から光るものを振りかぶる姿が見えた。


 あの剣が振り下ろされたとき、私の命はもう…。


 できるだけ痛くありませんように。


 目を閉じてその覚悟を決めた。


 ―――その瞬間。


 視界の隅を、鮮やかな金色がよぎった。



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