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ラスボスに転生したら取引を持ち掛けられました!    ~転生後に推しが出来てもいいじゃないか!~  作者: 夕月


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ST ”アンシュル” 2

女性が手を叩くと、どこからか水が現れ二人を包み込む。

半長方形の形をしていた水は次第に形を変え、最終的には掌サイズの球体となった。

『…人間の魂を限界まで使用したとしても数分時間を巻き戻すのが精々。このままでは異界の魂はただ苦しみを味わう為だけに貴方に成り代わることになる。』

宙に浮かぶ球体をそっと右手に取り、女性は悲しそうに呟く。

だが、その口調とは裏腹に表情は決意に満ち溢れていた。

『でも、もし…』

『“   ”』

『!“   ”様…』

『すまない、また君に辛い想いをさせてしまった…』

『いいえ、“   ”様が謝罪することなどありません。全ては私の心が弱かったが故の事…私がもっと強ければこんなことには…』

『いいや、私も同罪だ。あの時、もっと冷静に対処していれば君の心を引き裂くようなことにはならなかった。』

『“   ”様…』

『何より、君が居なければ私は心というものを知らないままだっただろう。そうなれば、遅かれ早かれこのような事態は起こったはずだ。だから、君だけが罪を背負うことはない。』

いつの間にか現れた白銀の髪に金の瞳を持つ男性が女性を優しく抱きしめる。

久方ぶりの抱擁に女性は再度涙を流す。

しかし、いつまでも泣いてはいられない。

自分よりも幼い命が重い決断をしたのだから。

『“   ”様。』

『ああ。彼が代償を支払ったよ。』

男性は女性が持つ球体と似たものを差し出した。

少しだけ違うのは、女性が持つ二つよりも少々くすんでいることぐらいだ。

『多くの神々という障壁を乗り越えた世界は今、崩壊を迎えている。今ならば、誤魔化せる。』

『はい…』

もう一度、決意を固めるように瞳を閉じる。

そして再び開かれた瞳には、決意のみが宿っていた。

『人間の魂を極限まで使用しても時間を巻き戻すことはできない、けれど地上の認識を操作することはできる…だから、この魂を使って地上の歴史だけを初期化します。』

女性が視線を向けたのは手に持った球体。

そう、男性と女性が持つ球体はアンシュル達の魂だったのだ。

己が不幸にしてしまった者達の救済を願ったアンシュル、自身の不甲斐なさで苦しめてしまった者達の安寧を願ったルナフィール、そして最愛の人を取り戻す事を願ったクレセント。

アンシュルとルナフィールは自身の魂を対価に、クレセントは世界を滅ぼすという大罪を対価に支払った。

それでも、彼らの望みを完全に叶えることは難しい。

しかし、男性と女性の力があればギリギリ叶う可能性があった。

傍から見れば男性と女性が三人に手を貸す理由も義理もないように見えるだろう、だが、男性と女性こそが全ての始まりだった。

何故ならば、この男性と女性こそがポロス建国神話に描写されている神と娘なのだから。

『始めよう。』

女性が手にしていた二つの魂に男性が手をかざせば、魂は光り輝きながら粒子となって四方に飛び散っていく。

完全に魂がなくなるころには、白一色だった空間が大理石の様な石でできた神殿へと変化していた。

『これで生き残った人間達の認識は初期へと戻った。そして、同じ歴史が繰り返される。』

『次は、私の番ですね。』

そういうと、男性の手にある魂に今度は女性が手をかざす。

光り輝く所までは同じだったが、魂は粒子にはならず存在を希薄にさせていき、最終的には空間に溶けるように消えていった。

『彼を異世界へと送りました。次にこちらへ戻る時には共に戻る事でしょう。』

クレセントの願いはメリンダを取り戻す事。

死者を蘇らせることはできないけれど、新たな命として誕生させることはできる。

神にとってそれは造作もない事だったが、問題が一つあった。

死んだメリンダの魂が輪廻の輪に巻き込まれ、異世界へと運ばれてしまったのだ。

異世界は別の神の領域のため男性と女性には手が出せない、そこでクレセントの魂を送り込みメリンダの魂と共に引っ張り上げることにしたのだ。

少々強引な方法ではあるが、こちら側にいくつかの魂を受け渡す誓約は予め結んでいるので問題はない。

『これで、我らができることは終わった。後は、時が来るのを待つしかない。』

『はい。』

決意に満ちた瞳をほんの少しだけ悲し気に揺らしながら、女性はしっかりと頷き男性の胸へと飛び込む。

飛び込んできた女性を男性が惜しむように力の限り抱きしめ、再び体が離れた時には男性と女性は互いに遠い場所へと引き離されていた。

それは神が人間に力を貸す為の代償。

全能の存在たる神々が人間に力を授けるのに代償が必要だと考える人間は少ないことだろうし、その解釈が間違っているわけでもない。

その証拠に遥か昔、本当の創世記では神々に制約などなかった。

だが、制約がないが故に神々は自分が気に入った人間に力を与え過ぎてしまった。

力を得た人間は傲慢になりやすい、そうでない人間も勿論いたが身の丈に合わない力に翻弄され身を滅ぼした。

そしてそれは地上の理にも影響を及ぼし、事態を重く見た創造神によって制約が生まれたのだ。

『…“   ”様…』

男性と女性、この二柱の神の代償は来る時まで最愛と会うことも、触れ合うことも、言葉を交わすこともできない。

気配すら感じ取れない完全な別離は予想以上に辛いものだったが、やっと巡ってきた贖罪の機会だと思えば耐えられた。

けれど、女性には一つだけ気掛かりなことがあった。

願いの代償とはいえ、幼い魂が完全なる消滅を迎えることが哀れでならなかった。

女性は神だ、救おうと思えば救うことが出来る。

しかし、それをしてしまえば今度は女性の命が失われることになる。

その選択をした先の未来を、女性はもう見誤ることはしない。

『……でも、もしあの子達の魂が多くの魂の中に紐づけば…とても、とても多くの魂の中に紐づけば、きっと…』

祈るように呟いた女性は、気づけばペンを持っていた。



(ここは…?)

意識が浮上するとそこは黒い空間だった。

いやただ黒いわけではない、例えるならば空間に夜空を溶かし込んだような不思議な場所だった。

星の様な小さな光があちこちに散りばめられ、その全てを照らす様な見事な月が煌々と輝いている。

不思議な場所であるが、怖いとは思わなかった。

むしろとても居心地が良くて、もう少しすれば眠ってしまえるのではないかというぐらいだ。

きっとこれは夢なのだろうと思った矢先、煌々と輝く月からな何かが落ちてきた。

(…?)

なんだろうと近づけば、それは白い球体だった。

大きさで言えば野球ボール並みの大きさの白い球体に恐る恐る手を伸ばす。

ちょんっと人差し指でつつけばその見た目に反して、白い球体はとても暖かく柔らかかった。

癖になるような手触りにまたちょん、ちょんっと触れば擽ったそうに震える。

(もしかして、意思があるのか?)

(そうだと言ったら?)

(おわぁ!?)

独り言のつもりで呟いた言葉に相槌が打たれ、素っ頓狂な声を上げながら尻もちをつく。

白い球体はまるでその様を笑うかのようにぽよんぽよんと撥ね、俺の周りに浮かぶ。

(驚かせたようだな。)

(そりゃ驚くだろ!?白い球が急に喋りだしたら!!)

(この空間にもさして驚いてないようだったから図太いのかと思っていたが、そうでもないか。)

(いつから見てた?!というか、ここもお前の仕業なのか?)

(やっぱり図太いな。)

(ほっとけ。)

きっと、この白い球体に顔があったなら愉快そうに笑っていることだろう。

まぁ実際、言い方こそ釈然としないものの警戒心がいささか欠けているとは自分でも思う、でもなんだがこの白い球体からは悪意を感じないのだ。

むしろ─

(この空間だが、俺じゃない。)

(じゃあ、一体誰が?)

(確証があるわけじゃないが、心当たりがある。それも、希望的仮説だがな。)

(?)

(要するに敵意のある相手の仕業じゃないかもなってことだ。)

(それって、安心していい事なのか?)

(分からない、でも、こうして俺と君が言葉を交わせるってことはきっとそうなんだと思う。)

(お前は何か知っているのか?)

(知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らない。自分で言うのもあれだけどかなり中途半端な存在なんだよ、俺は。)

自分を卑下するような物言いだが、そのこ卑屈の色はない。

揺るがない真実を口にするような清々しささえ感じられて困惑する俺に構わず、白い球体は続けた。

(なぁ、ポロス国って知ってるか?)

(ポロス国?どっかで聞いたことあるな………あ!小説に出てくる国の名前だ!)

(!…繋がった…)

(え?…うわぁあ!?)

どこか嬉しそうな声に白い球体の方を見た瞬間、物凄い勢いでこちらに向かってきた。

思わず防御態勢を取ったが、白い球は俺の腕をすり抜けて俺の胸に、いや、俺の中に入ってきた。

何が何だか分からず混乱する俺の脳内に、知らない光景が次々と浮かんでくる。

それはどこかで見たことがあるような、聞いたことがあるような内容ばかりで、それが記憶だと理解する頃にはあの白い球体が何者であるのかを理解していた。

(お前…小説のアンシュルか!?)

(ああ。自ら目を、耳を、全てを閉ざした愚かしさの極みと言える存在さ。)

(え、や…そこまでは言ってないが…というか、最後らへん俺の知っているのと違うんだけど!?)

(当たり前だ、こちらが史実だからな。)

(はぁ?!もう訳が分かんねぇよ!!)

俺の中に入り込んだ白い球体、元謂“アンシュル”はそのままの状態で俺に語り掛ける。

今見えた光景が史実?ではあの小説はフィクションではなく実際の出来事を元に書かれたものだとでもいうのか?

いや、剣とか魔法とか、そんなファンタジーな出来事が現実にあってたまるか。

(残念ながら現実だ、尤も君がいた世界とは別の世界の話だからある意味君の解釈は正解ともいえるが。)

(夢だけど夢じゃないってか?わけわからん…)

(理解に苦しんでいるところすまないが、もうあまり時間がないようでな。少々強引な方法に移らせてもらう。)

(ちょっ!何する気だ!!?)

(恨んでくれて構わない、いや、むしろ恨んでくれ。俺さえしっかりしていれば君がこんな役回りになることなどなかったのだから。)

(はぁ!?)

一体全体何がどうなっているのだと声を荒げたいのに、俺の中に入った“アンシュル”が次々に記憶を解放してそれどころではなくなる。

体験したことなどないはずなのに、まるで実際に俺が体験したかのような感触と共に“アンシュル”の感情が流れ込んでくる。

気を抜けば俺が“アンシュル”に塗り替えられそうな恐怖に、歯を食いしばって耐える。

(これを見せて何がしたいってんだ!?俺に成り代わろうっていう魂胆か?!)

恐怖を怒りで紛らわしながら耐え続けていれば、記憶は最後の場面に移る。

自分の愚かさを嘆き、自分じゃない自分を切望する“アンシュル”。

その姿を見た瞬間、分かった。

“アンシュル”は俺に成り代わろうとしているんじゃない、俺に成り代わって欲しいんだ。

自分の代わりに、幸福な未来を実現させるために。

(……)

長い長い記憶の風景の終わりに、やっと“アンシュル”は俺の中から出てきた。

ふよふよと宙に浮くその姿は、心なしか一回り小さくなったような気がする。

(すまない…)

(もう、戻れないんだろ。)

(ああ、こうして話ができる事自体が奇跡なんだ。本当はもっと誠意を見せたかった、謝罪をしたかった、でももう時間切れみたいだ…)

(ちょ、おい!!)

“アンシュル”の身体、と言っていいのか分からないが白い球体が少しずつ崩れ始めた。

まるで砂時計の砂が落ちる様に崩れていく“アンシュル”にたまらず駆け寄る。

心配からではない、どうしようもなく似ていると思えてならないからだ。

(このまま消えるのかよ!!このまま、逃げたままで終わる気かよ!!自分じゃ無理だから他の奴に頼る事は悪い事じゃない、でもな!お前がやろうとしている事は違う!それは唯の押し付けだ!!)

(…分かっている、自分勝手で傲慢で…愚かな俺には似合いの最後だ…)

(違う!!)

ああ、嫌になる。

“アンシュル”の記憶が脳内で再生されている間に、俺は自分がどういう状況なのかを思い出していた。

周りの声を全てシャットアウトして、やるせない現実から目を背ける様に仕事をして、俺は死んだ。

アイツの様になりたくて、アイツに負けたくなくて、アイツに認めてほしくて、その一心で打ち込んでいたはずの仕事を俺は逃げる理由にした。

そんな俺に“アンシュル”はそっくりなんだ。

きっと今感じているこの感情は、がむしゃらに仕事に打ち込む俺に最後まで声をかけ続けた妹と同じなのだろう。

こんな酷い想いをさせていたのかと思うと、妹に申し訳なさすぎて泣けてくる。

もう俺には謝罪も感謝も伝えることはできない、だらかその分、目の前の“アンシュル”にぶつけることにした。

(なんで何も言わないんだよ!!苦しいとか辛いとか、一言でも言葉にすればそこから変わっていく!言わなくても察してくれる?甘えんじゃねぇ!!言わなきゃ何も分からないんだよ!!愚かが何だと悲観する前にお前の気持ちを言葉にしやがれ!!)

(俺の、気持ち…?)

(そうだ!!確かにお前は王族だ、軽率に胸の内を晒すことができない事も分かる。それでも!お前の気持ちを聞きたがっていた奴は大勢いたはずだ!少なくとも、お前が命を懸けて愛した人はお前の気持ちを聞きたかったはずだ!)

(!!)

(なぁ、お前は何をどう感じてるんだよ。アンシュル・メタト=ポロス。)

(お、れは…俺は…………ずっと、苦しかった…誰かに助けて欲しいのに助けてもらう事が怖くて…皆の理想に応えられない事が怖くて…手を放されるのが怖かった……何もかも怖かったんだ!!生きる事も!死ぬ事も!何もかもが!!そんな臆病な自分が大嫌いだから決別しようとした!!でも!…臆病な自分から離れれば離れる程、何もかもが苦しくて………寂しかった…)

救いを求める癖に救われることを恐れる、それは自分に救われるだけの価値を見出せないから。

救ってやったのにこの程度だったのかと落胆されたくないから。

でも、言葉にしてしまえばそれを認める事になる気がして口にできなかった。

(本当は王族なんて俺には向いていないんだ…でもそんなことを言ったって現実は変わらない…王位継承権を持つ直系は、俺一人だけ…逃げ場なんて…)

(アホ。)

(あ、あほ…?)

(確かに王位継承を持つ直系はお前だけだが、他にも王位継承を持つ奴はいるぞ。)

(…え?!)

(あのなぁ、ちっと考えれば分かる事だろ?王位継承を持つのがたった一人だけならそいつを殺されたら終わりじゃねぇか。何重にも保険をかけておくに決まってるだろ?王弟とかその子供とか、血は薄れるが他の所へ嫁か婿に行った奴の子供なんて手もあるんだ。)

(…ぁ…)

(な?言葉にするって結構大事なんだよ。)

(は、ははっ…俺は、本当に愚かだな……こんな、こんな簡単な事だったんだ……もっと早く気づけていればルナフィールもメリンダも、死なせることはなかった…クレセントも道を踏み外す事もなかった…)

“アンシュル”の身体は白い球体の為、表情というものがない。

だが、震える声からきっと泣いているのだろうと悟る。

(気づけて良かったじゃないか。)

(今更過ぎるけどな…)

(いいや、まだ使いどころがあるだろ?)

(え?)

(今、目の前に。)

ニカッと笑顔を浮かべれば、“アンシュル”が息を呑む。

それは恐怖からではなく葛藤しているのだろう。

言っていいのかと、自分勝手な願いを口にしていいのかと、躊躇っている。

それこそ今更というものなのだが、自分で言葉にすることが大切なんだ。

あの時の俺が、そうするべきだったように。

(…自分勝手な願いだと言う事は重々理解している。異世界の住人である君には関係のない事であることも分かっている。それでも、それでもどうか願わせて欲しい……俺の代わりに、大切な人々の未来を…掴んでくれ…)

(ああ、分かった。)

しっかりと頷けば、白い球体が仄かに輝く。

喜んでいるのか、それとも安堵しているのか詳細は分からないけれどようやく“アンシュル”は変わる事が出来たのだ。

例え終わる寸前だったとしても、それは喜ばしい事だ。

(ありがとう……)

(気にすんな、俺が決めたことだ。)

(ははっ……ああ、君の目で見る未来はとても輝かしいのだろうな……ルナフィールが笑っていて、メリンダもクレセントも幸せそうにしていて……もうじき終わるというのにその光景を見てみてくなる…我ながら呆れるな…)

(なら、俺が見といてやるよ。メリンダとクレセントって奴の幸せな未来をな。)

(ああ…頼んだ…   …)


そして、“アンシュル”は消えていった。

読んでいただきありがとうございました!

もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。

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