第七十二話
それから裁判は恙なく行われブロンズ伯爵は国家転覆を目論んだとして極刑、シェリンダは直接的な関与はしていないとして修道院行きが命じられた。
まぁシェリンダが向かうように命じられた修道院は厳しすぎて死人すら出ると評判なので、就労期間を終えても市井に戻れるかどうかは分からないが。
他にも、神の御使いが告げた者達の罪も明るみになりここ数年の間でも稀に見る大掃除が行われることとなった。
とはいえ、本当に全て綺麗にしては貴族の半数以上を潰さなければならないので特に醜悪な者や頭が花畑の者を見せしめの意味も込めてかなり厳しく罰した。
因みに、ここで頭が花畑の者も罰したのは見せしめを理解できないからなので、楽観的な性格でも見せしめをギリギリ理解できるものは生き残っていたりする。
監視付ではあるけれど。
そんなこんなで騒動が一段落すると、王家主催の盛大な夜会が開かれた。
表向きには慰労の意味を持っているが、それがただの建前であることを参加者は察していた。
何故なら、参加者の中にメンシス国の王族がいるという情報が流れてきたからだ。
大粛清と呼ぶに相応しいほどに貴族が減ったこの状況でメンシス国の王族を招くという意味を軽んじられる貴族はいない。
また何か一騒動が起きるぞとある者は楽しそうに、ある者は慄きながら夜会の幕が上がった。
*
「エリック・オートクチュール公爵令息、メリンダ・オートクチュール公爵令嬢、ご入場です!」
係りの者の言葉と共に煌びやかな会場へと足を踏み入れる。
皆思い思いに夜会を楽しんでいる風ではあるがエリックとメリンダの名が出た瞬間、その視線は二人へと注がれる。
好意的な視線もあれば懐疑的な視線もあり、中には嫌悪感を隠しもしないものもあった。
最後に関しては貴族として失格ものだが、まぁ予想の範囲内だ。
あの断罪劇は一見すれば王族が己の威厳と国の行く末を案じてのものに見えるが、その中にしれっとオートクチュール公爵家の名誉回復という意味も混ざっていた。
威厳やら行く末やらのみを案じるのであれば、オートクチュール公爵家そのものを切り捨てれば済むだけの話だ。
そこからの婚約者の再選定だのなんだのの面倒ごとはあるけれど、そこをうまく納めれば王族としての力量も示せる。
何より、アンシュルが命を懸けるだなんて無茶をする必要がないのだ。
その事に疑問を持った貴族は私が考えていたより多かったようで、国としては有能な若葉が多く居るという喜ばしい結果だ。
(私個人としては、面倒極まりないけどね。)
この夜会の後、きっとオートクチュール公爵家には様々な思惑を持った縁談が山のように舞い込んでくることになる。
その一つ一つを吟味し、お父様のお眼鏡に叶い尚且つオートクチュール公爵家の益となる相手と結婚することになるのだろう。
いつか夢見たスローライフを望めるような相手だといいなと完璧な令嬢の仮面を被りながらぼぉーっと考えていると、一際大きな声が響いた。
「両陛下のご入場です!!」
その声とほぼ同時に全員が臣下の礼を取ると、国王と王妃が姿を現す。
会場の上座に厳かな正装に身を包んだリチャードとエリザベスが優雅に腰掛ける。
「皆、楽にしてくれ。」
リチャードの言葉に全員が頭を上げれば、満足そうに頷く。
「今宵は皆に良い知らせを告げるべくこの様な場を用意した。今この時をもって、アンシュル・メタト=ポロスをポロス国王太子に任命する。」
その言葉に、会場は歓声に包まれた。
リチャードとエリザベスの子供はアンシュルだけなので、自動的に次の王になると考える者もいるだろうが実際はそんなに簡単な話ではない。
直系の子供が一人だけだとしても、その子供が王の器でなければ国が滅ぶのだ。
だからこそ、直系だろうと何だろうと審査は行われる。
これが王族の子供は多い方が良いとされている所以であり、もしここでアンシュルが失格だと判断されれば今度は王弟へと審査の手が伸び、それもダメならその子供にと合格者が出るまで審査は続き、晴れて合格となった者が次期国王を意味する王太子の位を与えられるのだ。
なので、これまでアンシュルの立場は正確に言えば王位継承を持つ王子というものだった。
だがそれも今この時からは違う。
アンシュルの即位を望む者からは心からの歓声が沸き起こり、王弟や他の継承権を持つ者を推していた者は体裁的に祝う表情をしているが、鳴らす拍手は悔し気だ。
「そして同時に、アンシュル王太子の婚約者も発表させてもらおう。これは王家のみならず議会も承認した正真正銘、正式な発表だ。」
またすり替えられてはたまらんからなと続けたリチャードに、場が嘲笑に包まれると共にいくつかの視線が私へと突き刺さる。
王家とオートクチュール公爵家が婚約を結ぶという議会の決定は秘匿されているわけではないので情報通の者には知られているのだろう。
議会が可決した決定は王であろうとそう簡単に覆すことはできない、ならばアンシュルの婚約者が私だという考えは確かに妥当だ。
でも、妥当だからこそ見落とす。
(アンシュルの婚約者に相応しい者の存在を、ね…)
「それでは紹介しよう。」
リチャードの言葉と共に開かれた扉の奥から正装に身を包んだアンシュルと、アンシュルの瞳の色を纏ったルナがゆっくりと入場してくる。
パズルのピースがピタリと嵌ったようなお似合いの二人に、周りの貴族が見惚れる中でアンシュルとルナはお互いに幸せそうに微笑みあっている。
(あのガゼボでの会議から今日まで根気よく口説いた甲斐があったわね、アンシュル!)
幸福という名が相応しい光景に思わず感動の涙を流しかけるが、ここで私が泣いたらまためんどう…あらぬ憶測が飛ぶかもしれない。
幸せな日は幸せなままに、そして穏やかに終わるべきなのだ。
「参りました、陛下。」
「うむ。さて、祝の場には相応しくないがここで皆に一つ告げねばならない真実がある。神の御使いが降臨なされたあの夜より捕縛された者達は、闇ギルドと繋がり我が国のみならず隣国すらも崩壊させようと暗躍していたのだ。」
『!?』
「幸いにも王太子や隣国の協力もあり事なきを得たが、奴らによる害悪は友好国の絆を著しく損なわせた。」
外交の職に就いている者は既に承知していたのでそこまで驚いてはいないが、他の招待客は一様に驚愕の表情を浮かべている。
隣国、とりわけメンシス国の機嫌を損ねればポロス国などすぐに地図から消されるという共通認識があるのだから無理もない。
「しかし案ずるな、我が国の王太子が隣国との懸け橋となってくれた!ガルツ国との交易を締結し、メンシス国との繋がりを強いものへと昇華したのだ!」
その言葉にまたも歓声があがる。
奴隷商や鉱石横領の検挙という功績の他にガルツ国との交易を加えようと考えていたが、ガルツ国とメンシス国の橋渡し役という功績の方がよほど大きい。
国王に王命を使う様に進言できるだけの功績だ。
(流石陛下、目の付け所が違うわね。)
「メンシス国との繋がり、それはこの場にいる令嬢も無関係ではない。改めて紹介しよう、メンシス国第一王女、ルナフィール・セレス・メンシス姫だ。」
『!?』
リチャードの言葉と共に優雅なお辞儀をするルナに、今度は会場が騒然とする。
まぁその反応は当然だ、今の今までルナはオートクチュール公爵家に養子入りした元平民という認識だったのだ。
(私もガルツ国でこんな反応してたのかな~…)
なんだか感慨深くて微笑が浮かんでくる。
「ルナフィール姫は暗躍していた奴らに命を狙われ、名と身分を偽りポロス国へと身を寄せておられたのだ。襲われながらも祖国のみならずポロス国をも案じたルナフィール姫と王太子は手を取り合い、平和のために邁進した。その姿に感銘を受けたオートクチュール公爵家が擁護に名乗り出てくれたのだ。そのせいで受けるはずだった正当な栄誉を授けることができぬことに何度口惜しさに震えた事か…」
(ちょっ!話盛りすぎじゃなないですか陛下!)
それではまるで、私やお兄様が本当は超有能なのにルナを守るために日陰者を演じていたように思われるではないか。
いや、実際お兄様は有能だと思うよ?
私が眠っていた五年の間に岩塩の取引を完璧な形で整えてくれただけでなく、ガルツ国に卸す以外にもオートクチュール公爵領の特産品として有効活用してるんだから。
でも私は違うだろう。
確かにいくつか作戦の立案とかはしたけど、それも本職の人に比べれば子供騙しもいい所だという事はきちんと自覚している。
それ以外に特筆できることがあるとすれば戦闘能力ぐらいだろうが、そんなものは令嬢には不要の能力だ。
アレか?私を女性騎士の様な感じに扱いたいのか?
アンシュルやルナを守れるならそれもいいかもしれない…と思い始めた私は突き刺さる実力を隠していたのかお前!という視線は綺麗にスルーした。
「だがそれも今宵までだ。オートクチュール公爵及び令息、令嬢には後日、王家より正式な褒美を贈ろう。」
「「ありがたき幸せにございます、陛下。」」
伏してそう答えれば、狼狽えながらも拍手が起こった。
鎮火したとは言え、私に対する不当な評価は色濃く残っていたのだろう。
無能とかは別に気にしないが、ルナを虐げていたとかいう悪評がついていた私に陛下が直々に褒美を贈るという事はその悪評が誤りであると何よりも証明している。
しかも、上座から私とお兄様を見つめるルナの慈愛の表情を見れば決定打だ。
(これまで悪評付きの令嬢だと蔑んでいた連中は蒼白どころか失神ものでしょうね。その表情を直に見れないのが残念だわ。)
悪評を気にしていないのは本当だが、それはそれとしてイキっていた連中が膝をつくというのは爽快以外の何物でもない。
ざまぁみろと思わないだけマシだろうと、令嬢の微笑を浮かべながら内心で呟いた。
「正式な紹介も済んだところで今一度皆に問おう。ポロス国王太子、アンシュル・メタト=ポロスとメンシス国第一王女、ルナフィール・セレス・メンシスとの婚約に異議のある者は声を上げよ!」
静まり返る会場。
異議がある者など居るはずもないし、居たところで名乗り出るだなんて愚かな真似ができる者もいない。
滞りなく婚約は承認され、祝福される光景が目に浮かび溢れてくる喜びが口角を無意識に上げる私の後ろから、聞きなれない声が響いた。
「異議あり。」
『!?』
(はぁ?!)
一体どこの誰だと振り返れば、そこには見たことのない人物が立っていた。
漆黒の髪に黄金の瞳といういつのかの黒狼を思い起こすような風貌に一瞬怯むが、アンシュルとルナの門出を邪魔する不届き者に臆している場合ではない。
暗器を使ってでも潰してやると私が目を細めれば、何故かその男は楽し気に私を見た。
(?)
「王よ、それでは説明が不足している。」
「ああ、これは失礼した。私としたことが先走りすぎたな。」
はっはっは!と愉快そうに笑うリチャードもリチャードだが、それよりも王に向かってタメ口で、しかも許しもなく話しかけるという暴挙にその場にいた全員が瞠目する。
飄々とした空気を持つリチャードだが、王が侮られることがどういうことかを知らぬほど愚かではない。
なので、このような暴挙に出られたら笑いはしても即座に相手を完膚なきまでに叩きのめすのにそれもない。
一体この男は何者だと戦々恐々していると、あろうことかその男は更なる暴挙に出た。
「きゃぁ?!」
「さ、行くか。」
「ちょ、ちょっと!?」
瞠目していた私の傍にいつの間にか現れただけでなく、抱き上げたのだ。
所謂お姫様抱っこという奴に私が赤面し暴れるも、男は意に介さずそのまま歩みを進める。
どこに行くつもりだと私が問いただすより前にその男は上座に、つまりアンシュル達と同じ場所に立ったのだ。
あまりの暴挙に私が言葉をなくしていると、黄金の瞳がリチャードへと向く。
「俺達の事を抜きにしてもらっちゃ困るな。」
「すまんすまん。さて、既に聞き及んでいる者もいるだろうが今宵はメンシス国から来賓を招いていてな。その者こそ今この場にいるメンシス国第一王位継承者、クレセント・セレス・メンシスだ。」
『!?』
「?!!?!?」
「初めまして、ポロス国の皆さん。」
ニッコリと笑みを浮かべる男改めクレセント・セレス・メンシスに言葉を失った。
参加者にしてみれば予想以上の大物の登場を純粋に驚いているのだろうが、私は違う。
第一王位継承者という事はルナの兄妹ということだ。
だが、ルナの兄は闇ギルドによって殺されているはず。
(この男は、一体誰なの…?)
朗らか笑みを浮かべる正体不明の男に、得体の知れない恐怖が背筋を粟立たせた。




