第七十一話
シェリンダが退場してからも暫く騒然としていた会場は、陛下の静粛にという厳格な声で水を打ったように静まり返った。
「騎士団団長よ、続けてくれ。」
「はい。次にポール・ブロンズ伯爵について。先程のシェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢の説明により裏付けを取る事が出来ましたが、王家の封書を開封した伯爵は己が娘と殿下を婚約させようと画策しました。王宮内の使用人に間者を紛れ込ませ、内部書類を偽造することで公的影響力を得ようとしました。」
王宮の使用人という言葉に、一時は鎮まった会場がまた騒然となる。
それもそうだろう、アンシュルの婚約者であるシェリンダはとんだ悪女だという噂の前に社交界を賑やかしていた噂の存在はまだまだ記憶に新しい。
そして、その噂の発信源は王宮の上級使用人。
繋がっていないと考える方が難しい。
「ほぉ、間者か。」
「はい。ある特殊な方法で紛れ込ませたという調査結果が出ております。その詳細は、歩人の口から説明していただきましょう。」
被告人をここへ!という騎士団団長の声にシェリンダ同様、手枷を付けられたブロンズ伯爵が現れる。
だが、シェリンダと違って身綺麗で足取りもしっかりしていたがそのふくよかな腹部であるが故に、手枷を付けての移動は少しぎこちなかったが。
「久しいな、ブロンズ伯爵。」
「お久しゅうございます、陛下。このような場でご尊顔を拝していることだけが残念でなりません。」
恭しく礼をするブロンズ伯爵だが、その表情や口調は異様に芝居がかっている。
自分が断ぜられると確信しているのか、それとも別の秘策があるのか、嫌な余裕さに陛下が目を細めるがブロンズ伯爵は気づいていないのか、気にしていないのか、さらに発言を続ける。
「加えまして我が娘共々身に覚えのない罪状に混乱の極みにおります。」
「ほぉ、一切を知らぬと申すか。」
「いえいえ、神の御使い様のお言葉を否定する気はございません。ただ、少々誤解があっただけと存じます。」
ニマァと脂ぎった笑みに何人かの夫人が不快感を露わにしたように顔をしかめる。
ブロンズ伯爵は元々、評判のいい貴族ではなかった。
領地運営も功績も下の下だというのに口だけはいっちょ前、しかも相手をこき下ろすことに関しては天才的。
小さな粗を念入りに突き刺して、にじみ出た蜜をこれでもかと吸い取ろうとするゴミ虫というのが共通の認識だったりする。
だからこそ、シェリンダのオートクチュール公爵家への養子入りという部分だけは傍聴席に座る面々に強い納得力を及ぼしていたのだ。
もし本当にアンシュルがシェリンダを見初めたならば、家格もそうだが令嬢の品位を保つためにオートクチュール公爵家へ養子入れるのが妥当だから。
尤も、それはシェリンダの妄想を通り越した妄言による戯言なのだが。
「誤解とな?」
「はい。王家の封書を開封したのはシェリンダなのでございます。とはいえ、私が王家の血などという冗談を真に受けての行動でありますので私に非がないとは申しません。ですが、その封書には確かにシェリンダの名が記されておりました!」
自分は無実だと主張するブロンズ伯爵に、今度は騎士団団長が問いかける。
というか、陛下が発言を許していないというのによくここまでベラベラ喋れたものだ。
「その封書に細工をさせたのではありませんか?」
「滅相もございません!私程度の人間にそんなことができるはずもありません!」
「間者は確かに貴方の手引きだと証言しておりますが?」
「出鱈目です!その者が私を陥れるために嘘をついているのです!厳格な騎士団団長である貴方が下賤な者の言葉などに耳を傾けてはなりません!」
切実に訴えるように言いながらもしれっと騎士団団長を突くとは、もはやその根性は驚嘆に値する。
しかし、追及の手が緩まることはない。
「どんな言葉に耳を傾けるかは私が決めることだ。だが、そこまで言うのであればこの証言が虚偽であると証明できるのですかな?」
「それは…ですが、その証言が真実であるという証明もできぬではありませんか!」
確かに、ブロンズ伯爵のいう事にも一理ある。
虚偽であるという証明ができないからそれは真実だと結論付けるのは少々横暴というもの。
真実だという証拠がない以上もしかしたら、間者がなんとなくブロンズ伯爵の名を出したかもしれないという可能性も否定することができないのだ。
そしてそれを、ブロンズ伯爵はよく理解していた。
(くくくっ…証明などできるわけがない。あの間者は既に始末した。この後、さらなる証言を得ようとしたところで何も語ることはない。)
上級使用人の魂に施していた転魂の秘術を使って、ブロンズ伯爵はこの場に入場した瞬間に自害を命じていたのだ。
この裁判中、あの上級使用人は間違いなく重要参考人として召喚されるだろう。
だが直前になって重要参考人が死んでいるとなればどうだ?
自分を陥れるために殺したんだと逆に糾弾できる。
とはいえ、それだけで逃れられるとは思っていない。
仮にこの場を切り抜けられたとしてもガルツの宰相との取引を行っていたという事実がある限り、遅かれ早かれ断罪の手は伸ばされるだろう。
そしてあのパーティーで名を呼ばれた者達の様に、下賤な者が住まうようなみすぼらしい岩牢へ無様に収監される。
そんなこと、あっていいはずがない、許されることではない。
(私は伯爵などという低位の存在で終わっていい人間ではないのだ!!何者からも尊ばれる高貴な場所こそが私がいるべき場所だというのに…すべてが終わった暁には、そのむさ苦しい首を撥ねてやる!!)
芝居ががった笑みを維持しながらも内心、裁判にかけられるという屈辱に怒り狂うブロンズ伯爵は続ける。
「それとも、真実であるという証拠でもあるのですかな?」
(さぁ!!証人を呼んでみろ!!)
挑発するような物言いだが、騎士団団長は眉一つ動かさない。
焦りも悔しさも何も浮かべず、騎士団団長は静かに証人召喚の要請を申請する。
「陛下、証人の召喚を進言します。」
「許そう。」
「ありがとうございます、では…」
(さぁ…さぁ!!)
騎士団団長が口にするであろう名を今か今かと待ちわびるブロンズ伯爵を前に、騎士団団長は名を宣誓した。
「王宮魔導士団団長、コモン・ダフィールをここへ!」
「…は?」
予想していた名と全く違う名にブロンズ伯爵は思わず素っ頓狂な声を上げるが、騎士団団長は構うことはない。
というか視線は法廷に入ってくるコモンに向けられているので、もしかしたら気づいてすらいないかもしれない。
「王宮魔導士団団長、コモン・ダフィール。証人への要請により参上いたしました。」
「ご苦労。さて、騎士団団長よ。質疑応答を許そう。」
「ありがとうございます。それではダフィール魔導士団団長、件の間者の取り調べを行ったのは貴方だと報告を受けていますが、間違いありませんか?」
「ええ、ありません。ある嫌疑がかけられていた者でしたので、私が適任だと殿下が判断されたようです。」
「その嫌疑とは?」
「魂操作系統の術を受けているという嫌疑です。」
「!」
(馬鹿な…転魂の秘術はメンシス国内でも極一部しか知らない術だぞ?!気づかれるわけが…いや、そういえばあの死霊使い捕えられたんだったな…なら、全てを擦り付ければいい。)
ギクリッと思わず体が強張るのを何とか耐えつつ、必死で頭を回転させる。
転魂の秘術はその名の通り秘匿されている術だ、いくら魔導士団団長とはいえ見破れるわけがないしネクロマンサーの男が捕まっているのなら余計にそちらの力を疑うはずだ。
ネクロマンサーの男はメンシス国の者だ、少々予定外ではあるがこうなればメンシス国の貴族が画策した陰謀だと言えばこちらの罪は消える。
(そうなれば、近づくチャンスも…)
「結果は?」
「取り調べの結果、彼は魂操作系統の術を受けていました。現在は解放され、医療班の元へ引き渡してあります。」
「それは何よりですが、そのような蛮行を行った者の目星はついているのですか?」
「はい。」
(おお!流石は優秀と呼ばれる魔導士団団長だな!)
魂学に精通している者ならば魂操作とネクロマンサーが揃ったこの状況ならまず因果関係を疑うだろう。
その中で違和感を持ったとしても、あのパーティーからさほど時間が経過していない現段階ではそこまで細かな調査はできないはず。
つまり、短略的な結果を真実だと提出することになる。
経過はどうあれこちら側の流れになりつつあることは変わらないと、ブロンズ伯爵がほくそ笑んでいる横で、コモンは懐から一つの小瓶を取り出した。
「こちらは彼に憑りついていた犯人の魂です。今回、彼に施された術は魂の一部を付与することで効果を発揮するものでしたが、その術に禁忌の術を合わせることで効果を向上させる方式がとられていました。」
「!?」
「不幸中の幸いか、犯人は禁忌の術による効果上昇にかなり頼っていた事と付与された魂は一部であったことにより彼の魂は無事でしたが、一歩間違えれば意思なき傀儡にされていた事でしょう。それも、本人の与り知らぬところで。」
コモンが続けた結果報告に傍聴席にいた面々が慄いた様に騒ぎ出す。
無理もない、コモンの言ったことが本当ならば気づかない内に操り人形にさせられるかもしれないというのだ。
自尊心の高い貴族には屈辱以外の何物でもないだろう。
慄く声から怒りへと感情が変わる前に、陛下の鋭い一言で再び静寂が戻る。
「再発の可能性は?」
「現段階ではありません。魂を付与する術に対する対応策も既に構築しておりますし、何よりこの術の効果を上げる禁忌の術は根絶してあります。」
(対応策だと…!?そんな馬鹿な…メンシス国の秘術だぞ!?いくら優秀とはいえ一介の魔導士がこんな短期間でできるはずが…そうか、出鱈目だな?そうに違いない!!)
「うむ、流石だな。大儀であった。」
「もったいないお言葉にございます。」
陛下の言葉にコモンが丁寧にお辞儀をする横で、ブロンズ伯爵の額から汗が流れる。
秘術に対する対応策が出鱈目だとしても、コモンの手にある魂は間違いなく自分のものだ。
魂学を学んだ者にとって、生者の魂を判別することなど容易い。
つまり、あの魂がブロンズ伯爵の物であることは既に知られているという事だ。
となれば間者の証言は真実となり、言い逃れはできなくなる。
一気に苦しくなった状況を表すように流れる汗が流れ落ちると同時に、ブロンズ伯爵にとっての死刑宣告が告げられる。
「それで、この魂は一体誰のものなのでしょうか?」
「こちらにいるポール・ブロンズ伯爵その人です。」
『!!』
決定的な証拠の提示に、傍聴席の面々が一気に騒ぎ出す。
それは歓声ではなく、嫌悪感を露わにした誹謗中傷の数々。
元々いい印象を持たれていなかったこともあるが、自尊心が形になったような性格の者が多い貴族にとって傀儡にさせられる行為は万死に値する大罪だ。
その証拠とでもいうかのようにヒートアップして殴り込もうとする者すら現れる始末で、警備の騎士に押しとどめられている。
「ち、違う!!私じゃない!!」
「ブロンズ伯爵、一体何が違うというのです?」
「そ、その魂は私のものかもしれんが、私は何もやっていない!!き、きっとそうだ!そうだあの時!!私を襲った奴が私の魂を切り取ったんだ!その魂で今回の事を企てたんだ!そうに違いない!!」
「襲われたのですか、それは一体いつ、どこで?」
「数日前の私の私室でだ!!時間は深夜だから目撃者はいないが、奴は私の胸に手を突き刺して何を抜き取ったんだ!あの時に魂を奪われたに違いない!!」
「目撃者がいない事には何とも…いや、胸に手を突き刺されたとおっしゃいましたね?ならば、胸に大きな傷ができているかもしません。それがあれば証拠となりましょう。」
「出来ているわけがないだろう!!?死霊使いだぞ!?肉体に傷一つ残さず魂に触れるなんてこと、連中には造作もないことだ!!」
唾をまき散らせながら叫んだブロンズ伯爵に、一気に法廷が静まり返る。
ただ一人、肩で息をするブロンズ伯爵の息遣いだけが響く法廷で次第にブロンズ伯爵の頭は冷えていく。
自分は今、何を口走った?
魔導士団団長は禁忌の術としか言っていない、確かにネクロマンサーの力は禁忌だが何もネクロマンサーの力だけが禁忌というわけでもない。
なのに自分は死霊使いの力といった。
ネクロマンサーの別称である、死霊使いと─
「なるほど、そうでしたね。」
「?!!!?」
ニッコリと笑顔を浮かべる騎士団団長に、嵌められたと瞬時に悟る。
すぐに撤回しようとするが、そうはさせるかと騎士団団長はさらなる証拠を提示する。
「こちらは我が騎士団副団長、フォル・オルセンから提出された報告書になります。彼はアンシュル殿下の要請でメンシス国にある調査任務に就いていました。その際、メンシス国のある貴族からブロンズ伯爵に禁忌の術を持つ者が派遣されたとの情報を入手しました。」
「なっ!?」
「報告書には得た情報を精査し、証拠として取り交わされた内容を明記してあります。」
「それこそでっち上げだ!!私は知らんぞ!!大方、その副騎士団長が私を陥れようとしているのだろう!!副騎士団長という大層な肩書があろうとも所詮は下位貴族の三男坊だ!!そんな者のいう事など信じられるわけがないだろう!!」
確固たる証拠があるというのに、ブロンズ伯爵は尚も無理矢理な言い分でもって言い逃れを続ける。
その姿は無様を通り越した醜悪そのもので、殴り込もうといきり立って者にすら生理的な嫌悪感を与える。
だが、そんな相手だろうと騎士団団長は怯まない。
いや、というよりも─
「私の大切な部下を中傷するのはやめろ。」
「!!」
「それに、これはオルセンだけの言葉じゃない。ほかでもないメンシス国国王、トゥルー・セレス・メンシスが王の刻印をもってお認めになったものだ。伯爵風情が意見するだなんて不敬だぞ。」
それまでの丁寧な口調をやめ、戦場で見せるような眼光を向ける騎士団団長にブロンズ伯爵は顔面蒼白で沈黙した。
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