第七十話
件のパーティーから数日後、この国で最も大きい宮廷裁判所で公開裁判が行われた。
公開裁判とは国に大きな影響や損害を与えた者と言った特に重い罪を犯した者を裁く場にのみ適用され、この国の長い歴史の中でも公開裁判は数回しか行われていない。
まぁ、公開裁判と銘打っているが誰でも見ることができるというわけではなく、裁判を見物するには入場券を購入する必要があった。
入場券は決して安いものではないため、見る層は自ずと貴族や商人に限られるのだが貴族も商人もいくら重罪とはいえ無関係な罪人が裁かれるを見物しに行くほど酔狂でなかった。
その為、過去に行われた公開裁判の見物席には関係者以外、殆ど無人で行われていた。
しかし、今回は違っていた。
「これより、公開裁判を開廷する。」
陛下の宣誓と共に幕を開けた今回の裁判、その見物席は人で埋まっていた。
しかも、その半数は無関係な人々であることに加え、なんと今回は抽選が行われるほどに見物希望者が続出した。
その理由は一重に、数百年ぶりに行われた証明の儀式に起因する。
神の御使いが告げた真実がどのような余波を生むのか、その恐怖が、好奇心が、人々の注目を集めたのだ。
そしてそれは、想定していた事でもあった。
宣誓の言葉を後に続くように、宰相が淡々と起訴内容を読み上げる。
次に事態の調査を行った騎士団へと話が引き継がれ、代表として騎士団長が立ち上がり、調査結果が告げられていく。
その内容は、こちらが想定していたよりも深く、大きかった。
「王家によるオートクチュール公爵家への打診が発送された日、シェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢はメイドと共に二人で待ちへ赴かれていました。目的はドレス、店の店主に確認は取れています。その後、裏路地を通りカフェへ向かう道中に賊に襲われたと同行していたメイドが証言しましたが、シェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢とメイド以外に目撃者はいません。よって、異例ではありますが”サイコメトリー”を使用しました。こちらが許可書です。」
提出された書類に、辺りは騒然とした。
サイコメトリー、それは物体に秘められた記憶を読み取る魔法であり、この国において第二級指定魔法に指定されている魔法だ。
第二級指定魔法は、強力であるがゆえに悪用すれば甚大な被害をもたらす魔法に付けられる制限で、使用するには宮廷魔術師団団長の許可がいるので、通常なら王族が殺害されたとか、他国の要人が害されたとか、そう言ったレベルの捜査で切り札的に使われる魔法だ。
それを早々に使用しようとする騎士団に驚くべきか、使用を許可した魔術師団長に驚くべきか、それとも、唯の婚約者すり替わりがサイコメトリーを使用する程の事件だったと言う事に驚くべきか、開廷したばかりだというのに見物人達の脳内は情報で溢れていた。
「確かに。して、サイコメトリーの結果は?」
「メイドの証言通り、二人は賊に襲われ、それを助けようと王家の打診を預かったカスティール八番隊隊長の姿が確認されました。残念ながら、カスティール八番隊隊長は賊と相打ち、死体はポール・ブロンズ伯爵の手の者によって遺棄されておりました。」
「なんと痛ましい事か…カスティール八番隊隊長は丁重に弔ってやれ。」
「承知しました。」
陛下の言葉に恭しく頷くと、騎士団長は続けた。
「カスティール八番隊隊長が殉職した後、その場を逃げ去る前に王家の封書をシェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢が発見し、強奪。何故そのようなことをしたのか、この場にて説明を求めます。」
「被告人、前へ。」
厳正な陛下の声と共に、手枷を付けられたシェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢が俯きながら入廷する。
その姿はとてもみすぼらしく、あのパーティーで見せた煌びやかな姿からは想像もできない程の変わりように、誰かが息を呑んだ。
「被告人、シェリンダ・ブロンズ。発言を許可する。」
「……あの時、封書を持ち去ったのは衝動的な事でした。」
「衝動的、と言う事は王家に対する野心があったと言う事ですか?」
「野心などはありません。あの時の私は唯、愛する人の元へ向かう口実が手に入るかもしれないと思ったのです。」
「愛する人?」
「ええ…私の最も愛するお方であり、私の運命の君…アンシェル殿下の元へ。」
俯いていた顔を上げ、うっとりと告げるシェリンダの瞳は昏く濁っていた。
「いくら愛し合う二人と言えど、たかが伯爵令嬢では安易に王族であるアンシェル殿下に会う事は叶いません。しかし、王家の封書があれば、私は堂々と殿下の元を訪れることができるのです!」
「確かに、事情聴取と言う形で王城に招かれることにはなるでしょう。ですが、賊に襲われただけでなく騎士が一人亡くなっている状況では動くのは王族ではなく騎士団です。」
「そんなことは関係ありませんわ!思慮深く、お優しいアンシェル殿下は、自らが動かれることで私が迫害されぬように配慮して下さっているけれど、同じ王城に居るのならそれも杞憂なのですから。」
「…お言葉ですが、先程から貴女は殿下から寵愛を受けていると受け取れる言葉を発言していますが、どういうことですか?」
「どうもこうも、言葉通りですわ。私とアンシェル殿下は将来を誓い合い、愛の女神に祝福された恋人同士ですわ。」
虚ろな瞳のまま、仄かに頬を赤らめて宣う彼女に本能的な恐怖を抱いた者は少なくなかった。
彼女は、妄想に囚われているのだとすぐに分かったからだ。
「ですから私、すぐに王城へ使いを出そうとしたのです。ですが、お父様が封書を開けてしまったのです。」
「開けた?王家の封書を独断で?」
「お父様には王家の血が流れているから問題ないとおっしゃっておりましたわ。」
「?!」
サラリと告げられた言葉に、騎士団長だけでなく陛下までもが驚愕に目を見開いた。
届けられたわけでもない王家の封書を独断で開封するだけでも下手をすれば不敬罪で首が飛びかねないのに、それを強行した根拠が王家の血ときた。
勿論、ポール・ブロンズは元王族ではないし、彼の両親もまた元王族ではない。
加えて、仮に王家の血が流れていたとしても伯爵となった時点でその言い分は通らない。
「私も驚きましたが、お父様のお陰で殿下のお考えを知る事が出来ました。」
「殿下の、考え?」
「ふふっ、お惚けになって。騎士団長であらせられる貴方にはお伝えしたのではありませんか?」
「…では、この場に告げて見せてください。」
「はい。殿下は私を養子としてオートクチュール公爵家へ入れ、身分を釣り合わせる事にしたのですわ。ただ、不運にも騎士様がお亡くなりになってしまってオートクチュール公爵家に私を迎え入れろという伝令が滞ってしまったようで…でも、それは書類上で何とでもなること。だから、卒業と同時に嫁入りできるように準備しておりましたわ。」
くすくすと笑いながら、楽しそうに告げるシェリンダに見物人達は恐怖で肌を粟立たせる。
つまり、彼女は自身が一計を案じたのではなく、あくまで殿下の指示に従ったというのだ。
「それではなぜ、学園であのような横暴な振る舞いをしていたのでしょうか。」
「横暴だなんて、私は殿下の婚約者としての役目を果たしていただけです。誰もかれも、殿下の理想を理解しようとしない…独り善がりな理想を押し付けるばかりか、己の無能を棚に上げて殿下を苦しめる始末。あのような者達は国家に不要、だから処分したまでです。それなのに……下っ端貴族の女と平民の女が…」
それまで濁った瞳で何処か恍惚とした表情を浮かべていたシェリンダが、憎々し気に歪めると、一気に声を荒らげる。
「こちらが慈悲深くも丁寧に凡庸以下であるとお教えして差し上げたのに、未だ存在し続けている。まぁ、そこは仕方がないと私もすぐに分かりましたわ、だってそれすら分からぬ程にあの二人は無能なのですから。これ以上醜態を晒すのは酷だと私自ら手を差し伸べてあげたというのに、あの二人は醜悪な姿をあろうことか殿下の目に映すだけにとどまらず、お言葉まで交わされたのですよ?!これは万死に値する重罪ですわ!!慈悲深く崇高な方であろうと殿下もまた心を持つ者、痛みを感じぬわけではないのです。そんな殿下をあの二人は傷つけた…ならば、殿下の愛を頂く者として私が成すべきことは一つだと声を上げただけなのに…やはり、あの二人は外道だった……尊き神の御使いすら貶め自らの都合のいい世迷言を吐かせたのです!!こんな蛮行を許してはなりません!!」
ガチャガチャと手枷が戒めている手首を擦り、じわりと血を流しても、いきなりの変異に控えていた騎士がシェリンダを抑えても、彼女は止まらない。
自分は何ら恥ずべき行動はしていない、異常なのはあの二人だと延々と怨嗟を言い続けていく。
その光景は誰が見ても異常、いや、狂人と言って差し支えなかった。
「騎士団長よ、これ以上の問答は不可能に思えるが?」
「申し訳ございません、陛下。あと一つだけお許しいただけますでしょうか。」
「良い、許す。」
「ありがとうございます。では…シェリンダ・ブロンズ伯爵令嬢、最後に一つだけお答えください。」
騎士が二人がかりで押さえつけ、その隣にはすぐ黙らせられるように猿轡を持った騎士が控える。
それでもまだ暴れようとするシェリンダに、騎士団長は努めて静かに語りかける。
「貴女のいう下っ端貴族と平民とは、誰の事ですか?」
「…家名すら恥ずかしくて告げられないメリーという下女と、ルーシーという阿婆擦れよ。」
吐き捨てるように告げた言葉に、騎士団長は一つ頷くと控えていた騎士が猿轡を付けそのまま退場させられる。
ジタバタと暴れるシェリンダだが、誰も見送る事をしなかった。
それは同情は勿論、軽蔑すら向ける価値がない、意味がないと判断されたと言う事だ。
関係者席から見えた光景は彼女にとって、ある意味救いなのかもしれないと内心で呟いた。
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