第六十六話
クーが飛び出してから暫くした後に、ルナは戻ってきた。
当初、クーがいないことに驚きつつ少し不機嫌になっていたルナだが、クーとの会話を?い摘んで説明すると途端に切なげな表情を浮かべる。
その事が気にならないわけではなかったが、それよりもクーが指名したレイモンドに薬の配達を頼んだ際に見せた青白い顔色の方に意識が向いた。
少しつついただけで倒れそうなほどの顔色を案じて声をかければ、なんてことないと声を上げるがその声に覇気はない。
結局、無事に薬を届けてくれたのでいいが一体何がレイモンドをそこまで怯えさせたのかは終ぞ分からないままだった。
そんな気になる点をいくつも残しながら日々は過ぎていき、気づけば私とルナはデビュタントを迎えていた。
同い年の令嬢達と共に伝統的な白いドレスを身にまとって会場に入場するのは、なんだか不思議な緊張がある。
前世で言う所の成人式の様なものであると分かってはいるものの、これから婚活に力を入れなければならない令嬢達の空気に感化されたのかのかもしれない。
「皆様、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、皆様。」
「メリンダ様!ルナ様!」
「共にデビュタントを迎えられて嬉しく思いますわ!」
お茶会の時にルナを紹介しておいた令嬢達の輪を見つけ、声をかければ皆一様に笑顔を見せてくれる。
アシュリー同様、お茶会からガルツ国へ行ってしまったと認識していたので帰還を祝う言葉を贈ってくれる。
しかし、少しだけ表情が浮かないのが気になった。
緊張しているが故とも取れるが、どちらかと言うとバツが悪いと表現した方が適切な気がする。
こういう場合、大抵相手にとって後ろ暗いまたは言いにくい事を考えているものだ。
つついて情報を聞き出したい所だが、下手を打てばデビュタントで恥をかく事態にもなりかねない。
貴族の令嬢にとってデビュタントとはとても大切なもので、この日で今後のイメージがほぼ決まるといっても過言ではないのだ。
ルナはともかく、私はいくらアンシュルトと婚約する気がないとはいえ、貴族令嬢である限り婚姻は避けらない運命なので可能な限り悪い印象は持たれたくない。
家の益となる相手と結婚することにはなるだろうし、相手も政略結婚を承知の上だとは思うがそれでも悪い印象を持った相手となれば冷遇だなんてことにもなりかねない。
平穏な生活の為には、必要以上の波風は立てないのが吉なのだ。
「あら、そこにいらっしゃるのはメリンダ様にルナ様ではありませんか!こんな晴れの日に姉妹だけなんて仲がおよろしいのね!」
「?」
名前を呼ばれたので振り返れば、白いドレスに身を包んだ令嬢が取り巻きを連れて立っていた。
公爵家の人間としてポロス国の貴族は大体知っているが、それでも記憶にない所を見ると階級は伯爵以下だろう。
ちらりとルナを見れば、ルナも面識がないらしく首を傾げていた。
(う~ん…昨今の令嬢はレベルが低いのかしら?)
「仕方ありませんわよ、シリー様。殿下は今、外交でガルツ国へと向かわれているのですから。」
「ああ、そうだったわね。あら?でもシェムル様、確かメリンダ様には兄君がいらっしゃらなかったかしら?」
「優秀な方だと殿下がお連れになったという話ですわ、ミリー様。オートクチュール公爵もさぞ鼻が高い事でしょう。」
(ああ、なるほどね…)
三文芝居を始めた令嬢達が何を言いたいのか理解した私は、扇で口元と隠しながらため息を吐いた。
この令嬢達は婚約者や身内にエスコートされずにデビュタントを迎えた私達を嘲笑いに来たのだ。
基本的にデビュタントは婚約者もしくは身内にエスコートされながら入場するものだが、この令嬢達が言った様にアンシュルもエリックもガルツ国へ行っている。
アンシュルに至っては私がルガシオンにそうするように頼んだから分かるのだが、エリックまで行くことになったのは誤算だった。
お蔭でルナの入場はレイモンドが引き受けることになり、私は何故かオルセン副騎士団長が引き受けてくれた。
何でもエリックもキツく頼まれたと困った様な笑みを浮かべて言っていた。
「そんな優秀なお兄様がいらっしゃるなんて、お二人が羨ましいですわ。」
「でも、お気を悪くされないでね?置いて行かれただなんて考えてはエリック様にご迷惑ですから。」
「そんな事、お思いになるはずがありませんわ!だってメリンダ様とエリック様は違うのですから!」
(おー、おー、子供が精一杯吠えてる光景は滑稽ね。)
ぴーちく、ぱーちく、喚き散らす令嬢達は気づいていないのだろう、次第に集まってくる野次馬に。
このデビュタントは成人と祝う場であると同時に婚約者のいない相手が相手を見定める場でもあるのだ。
下位の者は何とか上位の者の目に留まろうと必死にアピールし、同格の者同士は相手を見定めながら利害を計算する。
華やかな裏で損得勘定が目まぐるしく行われている場で、この令嬢達は自ら無能を晒している。
中身アラサーとしては子供の戯言など取るに足らない事だが、ここでこの令嬢達を野放しにすれば私やルナまでもが無能の烙印を押されてしまう。
少し気の毒な気がしないでもないが誰かが手を下さずともこの令嬢達なら自滅しそうだし、ここは教育的指導だと思う事にしよう。
「まぁ、面白いお話です事。」
「あら、お気に触りまして?でも真実とは酷なものというではありませんか。」
「ところで、貴女方はどなたなのかしら。公爵令嬢である私達に声をかけられるのですもの、さぞ麗しい身分の方なのでしょう。私、勉強不足でお恥ずかしいのですが、貴女方を存じませんの。」
「「「!!」」」
「お名前をお聞かせ願えるかしら?」
ニッコリと令嬢らしい笑顔を浮かべれば、ようやく自分達の過ちに気づいたのか顔色を悪くさせる。
加えて取り巻きの令嬢達は周りに人が集まり、こちらを観察している事にも気づいたようでさらに顔色を悪くさせる。
下位の者から上位の者に声をかけるのは無礼という基本中の基本ができてない令嬢なんて嘲笑ものだ、しかも喧嘩を売ったのは公爵家だ。
「それに、私やルナの名前を気軽に口にするだなんて前にお会いした事でもあったのかしら?」
「そ、それは…」
「お姉様、お義兄様の名前も口にしていました。」
「あらルナ、良く気づいたわね。流石は私の妹よ。誰かとは大違いね。」
「ありがとうございます、お姉様。」
ルナの援護射撃に反論しようとしてた令嬢が黙り込む。
私とルナだけでなく次期オートクチュール公爵家当主であるエリックの名も口にしたのだ、それはつまりオートクチュール公爵家を軽んじていると判断されても仕方のないこと。
メリンダとルナの名だけで止めておけばいいものを、調子に乗ったが故にこの令嬢達の家は明日には潰されているかもしれないのだ。
「それで?お答えできないのかしら?」
「「「……」」」
「お姉様、もしかしたら恥らっていらっしゃるのかもしれませんよ。公爵家程度に名を名乗るだなんてと。」
「確かに。ごめんあそばせ、私ったら気が利かずに不躾な事を申しましたわ。どうか、寛大なお心で許していただけると嬉しいわ…シリー様、シェムル様、ミリー様。」
「「「!?」」」
「後程、オートクチュール公爵家から謝礼の品をお届けしますわ。」
黙っていれば誤魔化せるとでも思ったのだろうが、安直すぎる。
どうして態々お前達の無益な会話を聞いていたと思うんだと顔に書いて微笑んでみれば、それとなく意味は伝わったのだろう。
言外の宣告に顔色をなくし、取り巻きの令嬢は涙を浮かべながら慈悲を乞う。
しかし、それではいそうですかと受け入れれば周りで見ている家々にこちらが侮られるのだ。
酷な気もするがこれも教育、家が潰れたとしても死ぬわけじゃないんだから強く生きろとその場を去ろうとした時、シリーと呼ばれた令嬢が顔を赤くさせながら吠えた。
「公爵家だからってお高くとまってんじゃないわよ!!!アンタなんかエリック様と違って権力を使うしか能のない無能令嬢じゃない!!そんなんだから殿下の婚約者の座を妹に?っ攫われるのよ!!」
「あら、殿下の婚約者は発表されていたのかしら?」
「はん!!無能令嬢はやはり知らないようね!!みーんな知ってるわよ!!殿下の婚約者にシェリンダという秘されたオートクチュール公爵令嬢が内定したって!!」
「…は?」
シリーが吠える内容に目が点になる。
妹に婚約者の座を?っ攫われるだけならいいが、誰だシェリンダって。
お母様とお父様の間に新たな子供でもできたのかと思いかけるが、もしそうだとしたらアンシュルはロリコンという事になる。
いや、違う、論点はそこじゃない。
冷静になれメリンダ。
「その様な名は聞いたことがありませんが、どなたがおっしゃられたのですか?」
王族の婚約者選定の内情を漏らすだなんて、下手をすれば不敬罪と反逆罪で鞭打ちだ。
そしてそんな噂を鵜?みにした挙句、堰き止めるどころか蔓延に手を貸したとなれば王族からの目は冷たいものになるだろう。
それに気づいた者は目を反らしているが、シリーはそんなことには気付かずさらに吠える。
「王族直轄の使用人よ!アンタなんかがお目にかかれない上級のね!!無能の言葉よりよほど信憑性があるわ!」
「上級使用人…」
「それよりも、聞いたことがないですって?もしかして、婚約者の座を奪われた腹いせに虐待でもしているのかしら?ああ、あり得るわね。自分より下位の者をいたぶるしか楽しみがない可哀そうな人ですもんね!元平民の義妹を侍らせるしかできない程度の人望なら納得の趣向よ!!」
「!」
(コイツ…)
私の事ならいい、でもルナを中傷することは許さない。
思わず暗器に手を伸ばしかけるが、ここで武力に出てしまえばルナに瑕疵が及ぶかもしれない。
取るに足らないくせに迷惑をかける力はいっちょ前という、不愉快極まりない相手に教育的指導は不要だと判断する。
チラリとルナに目配せすれば、心得たと微笑む。
相手がその気なら、徹底的に潰して差し上げましょう。
「よく回る口ね、でも、私の妹を貶す言葉は聞き捨てなりませんわ。今すぐ撤回なさい。」
「なに正義の味方を気取っているの?事実を言ったまでよ、ああそれとも本当に自分を慕ってついてきてくれているとでも思ってた?なんて可哀そうなのかしら。」
「撤回する気はないということね。」
「だから事実を言ったまでだって言ったでしょう?言葉も理解できないの?」
あはははっ!と高笑いを上げた瞬間を狙って、極小サイズの暗器をシリーの足首に向かって放つ。
アキレス腱付近をかすめたせいでバランスを崩したシリーは近くのテーブルに手をついて踏ん張ろうとするが、その手元にさらに暗器を投げる。
今度はシリーを狙わず、シリーの手が付いた付近のシルバーを狙う。
上手く跳ね上がったシルバーはシリーの体にぶつかり、私へと向かってくる。
「お姉様!!」
私にぶつかる済んでの所でルナが扇でシルバーを叩き落とした。
カランッという音に会場は静まり返るが、そんな事はどうでもいいことだ。
「ルナ!なんて無茶を!!」
「お姉様、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ、でも貴女は?怪我はない?」
「勿論です。お姉様はいつも私を大切にしてくださいますから、私が傷つけばお姉様も傷つくとちゃんと分かっています。だから、お姉様を悲しませることなんて、私は致しません。」
「ルナ…」
「それに、お姉様は誰かを攻撃して愉悦を得るような卑しい方ではありません。むしろ、分が悪くなった途端開き直り、あまつさえ相手を害そうとするような品性の欠片もない貴女なんかとは比べ物にならないほど素晴らしいお方です。」
「なっ…」
「衛兵!!」
言い返そうとするシリーの言葉を遮るように声を上げれば、即座に衛兵がシリーを捕縛する。
外野にしてみれば自暴自棄になったシリーが私を攻撃した様にしか見えないのだから当たり前だが、シリーにしてみれば身に覚えのないことだ。
しきりに知らない、態とじゃない、事故だと叫び続けているがそれがさらに滑稽さを呼び、感情を嫌悪に変貌させる。
もうシリーが何を言ったとしても、誰も耳を貸すことはないだろう。
(あそこで引いていれば没落程度で済んだだろうに…ルナを中傷するからそうなるのよ。)
引きずられていくシリーはこれから貴族牢に入れられるだろう。
実家が無事なら一定期間後に出られるだろうが、実家存続は絶望的だ。
家族仲が良好なら見擦れられることはないかもしれないが、大抵の場合はそんな馬鹿な娘は知らないと勘当されるのがオチだ。
勘当された令嬢はもはや貴族ではない、なので貴族牢にはいられない。
平民が入る地下牢に身柄を移され、罪人と同じ扱いをされる。
蝶よ花よと育てられた令嬢に果たして耐えられるのかは分からないけれど、欠片も同情心が湧いてこない辺り私は冷酷なのかもしれない。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「平気よ。守ってくれてありがとう、ルナ。」
「お姉様のお役に立てたなら私も嬉しいです!」
可憐な笑顔を浮かべるルナに癒されながら、引いていく群衆を横目に見る。
大層な茶番だったと笑う者、私の対応を称賛する者、あまりの冷酷さに慄く者と反応は様々だが気になるのはシリーが口にした噂を口にする者達だ。
(シェリンダという秘されたオートクチュール公爵令嬢、ね…)
恐らく、令嬢達が少しだけ浮かない表情をしていたのはこの噂を知っていたからなのだろう。
シリーと違う点は嘲笑目的ではなくただ単にこちらを案じていたのだろう。
かなり払拭したけれど、未だに私がアンシュルに恋慕しているという噂は根強く残っている。
しかも、私は最近までガルツ国に行っていたことになっているのだ。
アンシュルの婚約者の座を奪われた傷心を隠すためにポロス国を離れたとでも思われたのだろう。
噂とはうまい具合にかみ合うものだと溜息を吐きたくなるが、それよりも問題はシェリンダなる令嬢だ。
これがもしお父様の隠し子とかなら別の意味でごめん被るが、もし誰かの陰謀だとしたら由々しき事態だ。
さて、どう料理してあげようかと思案しながらこちらを心配そうに見上げるルナの頭を優しく撫でながら暗器召喚で証拠隠滅を図った。
読んでいただきありがとうございました!
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