第六十四話
「無事のご帰還、心よりお喜びいたします。メリンダ様。」
「ありがとう、アシュリー様。」
後日、オートクチュール公爵家にはレティシア子爵とアシュリーの姿があった。
理由はアンシュルに打診した魔法薬の精製に認可が下りたので、材料を集める為だ。
予め欲しいものを手紙で伝えていたので品物を持った商人だけが来るかと思っていたが、どうやらレティシア商会にとって私は太客とみなされている様ではあるがもう一つ別の目的もあったのだろう。
先程のアシュリーの言葉でも分かるが、私はこの五年ガルツ国に留学していたことになっている。
踏破者となり軟禁されていた時に病床という言い訳を使ってしまった事が原因だ。
高位になればなる程、病弱と言うのはその人にとってかなりのマイナス要素になってしまう。
私としては別にそれでもいいのだが、まだアンシュルとルナの婚約が調っていない状況で私に病弱イメージがついてしまえばルナを狙う勢力が現れないとも限らない。
聞けば、既に王宮内には私を推す勢力とルナを推す勢力が存在しているというではないが。
この五年で、ルナの優秀さが周知されているのは喜ばしい事だがだからと言って争いの火種にされるわけにはいかない。
以上を踏まえ、多少の無茶を通せるガルツ国に居る事にしていたのだ。
「またお会いできて嬉しいです。」
「私もよ。」
最後にあった時よりも凛々しくなった顔つきに、もう少し成長すれば小説に出てくるアシュリーと同じく頼もしい商人になる事だろう。
レティシア子爵もさぞかし鼻が高かろうと横目で見れば、自慢と言うよりも微笑ましさの方が表に出てきていた。
(もしかしなくても子爵、結構子煩悩だったりする?)
「こちらがご依頼の品です。ご確認ください。」
「ええ。」
差し出されたのは四種類の鉱石と一種類の魔力石英、そして聖水だ。
魔法薬の精製において聖水の使用はそこまで珍しくはないが、あまり使用はされない。
理由は単純明快、貴重だからだ。
聖女のいないこの世界において聖水は特別な祈祷を何十回も経て精製されるので、ここにある小瓶一杯分であろうと精製するには何十年もの歳月がかかるのでその分値段も張る。
今回はアンシュルが半分出してくれることになっているから手が出せる素材だが、そうでなければ貴族とは言えおいそれと手を出せる代物ではない。
というか、一生お目にかかる機会が無い方が普通だろう。
「確かに、依頼していた品物ですわ。この短期間でよくぞ集めてくださいました。」
「他でもないオートクチュール公爵令嬢のご依頼だからと娘が張り切りまして。」
「まぁ、それはとても嬉しいわ。」
「!ありがとうございます!」
頬をさっと色付けながら嬉しそうに微笑む姿はとても愛らしい。
まるで昔のルナを見ている様で、微笑ましさすら感じてもっと見て居たくなる。
だが、悠長にしている時間はない。
明日にはクーが薬の受け取りに来ると連絡が来ている以上、早急に調合に取り掛からねばならない。
惜しむ気持ちをなんとか飲み込んで、代金と多少の談話を持って取引を終えた。
「それが薬の材料なのですか?」
「ええそうよ。」
レティシア子爵とアシュリーが帰ると、早速自室にて魔法薬の調合に取り掛かる。
傍には見学したいとやってきたルナとルナの付き添いのレイモンド、そしてシアが居る。
シアはいつもの様子だが、レイモンドは魔法を禁止されているので魔力を籠めた調合はできないはずなのにどう作るつもりなのかとルナ同様好奇心に目を輝かせている。
こういう所は似た者主従だと小さく笑いながら、ビーカーに聖水を半分程入れその中に四種類の内、二種類の鉱石を入れていく。
鉱石が入ったビーカーを火にかけている間に、乳鉢に魔力石英をそれぞれ入れ乳棒で顆粒状にすり潰していく。
二種類の魔力石英をそれぞれ顆粒状にしている間に、聖水がこぽこぽと気泡を出し始めたので残りの二種類の鉱石を投入し撹拌棒で混ぜるとあら不思議。
「鉱石が溶けました!!」
「お嬢様、魔力使いました?!」
「いいえ、使っていないわ。二人だって見ていたでしょう?」
レイモンドの言う通り通常、鉱石を融解するには一定量の魔力が必要だ。
だが、魔力を使用できない今の私にはそれができない。
それを補うのが聖水だ。
何十回も祈祷されたことで聖水には膨大な魔力が蓄積しているので、鉱石などの組み合わせによっては今の様な現象が起きるのだ。
「これは聖水の力よ。聖水に籠められた魔力が鉱石と反応して魔力を円滑に抽出してくれるの。」
「だからあんなに綺麗に溶けたんですね…」
「流石は聖水ですね。」
珍しい光景にはしゃぐ二人に同意する気持ちはあるが、小説の知識を持つ身としては少しだけ眉が下がる。
(小説のルナは清涼水に魔力を籠めて疑似聖水を作り出して使用していたけどね。)
そうすればもう少し安価に作れたという事実だけが惜しい所だが、貴重な素材を扱える機会に恵まれたと思えばいいか思い直し作業を進める。
完璧に魔力が馴染んだ聖水を火からおろし、熱い内に顆粒状にした魔力石英を投入する。
すると、聖水が顆粒状の魔力石英に吸い込まれ液体だったものが粉末状へと変化した。
「よし、これで完成ね。」
「水が一気に粉になりました…」
「どういう原理なんですか?」
「液体に見えるけどアレは物体化した魔力そのものなの。だから細かくした魔力石英と混ぜることで魔力を魔力石英の中に入れたのよ。」
「つまり、細かくした魔力石英の粒一つ一つに魔力を充填したってことですか?」
「その通りよ。」
魔力を使う事が出来れば魔力石英を細かくすることなく魔力を充填することもできたが、粉末状の方が対人相手には使い勝手いいだろう。
服用させるも良し、傍に置いて吸引させるも良し、効能を説明して脅すことだってできる。
どのように使うかはアンシュルに任せるとして、粉が誤って飛び散らない様に梱包すれば作業は終わりだ。
「さて、あとは片付け…」
「お嬢様、後は私とレイモンドにお任せください。」
「え?これぐらい平気よ?」
「はい。ですが、お嬢様をお待ちのお方がいらっしゃいますので。」
「待つ?」
「やぁ、メリンダ、ルナ。」
「お兄様!」
「お義兄様!」
一体誰の事だと首を傾げれば、後ろから声がかかる。
その先に居たのは、兄・エリックとミシェル。
約束していただろうかと慌てるが、そうではないと首を振られる。
「メンシス国から珍しい菓子が届いてね、一緒にお茶でもどうかと誘いに来たんだ。」
「メンシス国から?!」
「ああ。レノールに聞いたが、メリンダはメンシス国の食文化に強い興味があるのだろう?」
「そうなのですか?お姉様。」
「ええ!いつか、本物を食べてみたいと思っていたの!」
思いもよらない申し出に、目が輝くのを自覚する。
これまで色々慌ただしくて思考の外にいたがメンシス国の食文化を実際に堪能するという目標も未だ健在なのだ。
最終目標はあくまで生魚だが、お菓子だって勿論食べたい。
だって、日本食に近い食文化のメンシス国のお菓子となれば恐らく和菓子に近いもののはず。
(お団子あるかしら!!)
「それは良かった。ガゼボに準備してあるから早速行こう。」
「はい!シア!片付けお願いね!」
「かしこまりました、お嬢様。」
「行きましょう、ルナ!」
「はい!」
ワクワクしながら兄に続く私を、シアだけでなくレイモンドもルナも微笑まし気に見ていたことを私は知らない。
*
「ん~っ!!」
「気に入ってくれたかな?」
「勿論ですわ!!」
ガゼボに用意されたのはやはり和菓子に似た菓子だった。
一口サイズの求肥に近いモチモチとした生地で林檎を混ぜ込んだクリームとマシュマロの中間の様な食感の物が包み込まれている。
前世の食べ物で近いとすれば、フルーツ大福だろうか。
食べた時に余韻として香る林檎の甘い香りもさることながら、中身の上品な甘さがまたたまらない。
なにより、この世界で初めて口にするもちもち食感の衝撃たるや感動ものだ。
感涙しても可笑しくない程の美味をじーんと味わっている横で、お兄様とルナが嬉しそうに微笑む。
そう言えば、兄の前でここまで喜びを露わにしたことは初めてだった。
もう少し早く分かりあえていたなら、こんな光景が日常茶飯事になっていたのかもしれないと思いながら、お菓子を飲み込んだ。
「とても美味しかったですわ。ありがとうございまず、お兄様。」
「ここまで喜んでくれれば僕としても本望さ。ルナにオススメのお店を教えてもらっておいて正解だったな。」
「ルナが?」
「はい。お義兄様がメンシス国のお菓子を探していると伺ったので、僭越ながら提案させていただいたのです。」
そう言えば、メンシス国はルナの母国だ。
三歳の時に離れることにはなったが、やはり記憶に焼き付いた味と言うのはあるのだろう。
いつもより心なしか嬉しそうに見えるルナに、美味しいお店をありがとうと言えばまた嬉しそうに微笑んだ。
こんな和やかな時間を堪能できるのであれば、多少蚊帳の外に居るのもいいかもしれないと虫のいい事を考えながらお茶を口にする。
(和菓子だけよ洋風要素が入っているから紅茶にも合うのね。でも、できればまた緑茶が飲みたいなぁ。)
「明日からはこんな風に過ごせる機会は減るだろうから、今のうちにと思ったんだ。」
「…え?」
ゴクリとお茶を飲み込む私の横で、さも当然と言った口調でお兄様が口にする。
お兄様の表情は凪いでいて、焦燥も無ければ緊張も虚無もない。
不穏な事態とは違うようだが、こんな風に過ごせなくなると言う事はお兄様はまたどこかへ出かけると言う事なのだろうか。
「またどちらかへ向かわれるのですか?」
「いや、僕じゃないよ。」
「では一体…」
「あれ?ルナから聞いていないかい?明日からメリンダもルナ同様王妃教育を受けることになったから、こんな風にゆっくり過ごす時間が取りにくくなってしまうんだ。」
「おうひ、きょういく…」
なんだそれは。
いや、分かる、意味は分かる。
王妃となるには通常の貴族が受ける教育の更に上の教育を受ける必要がある。
そうしなければ国家の運営に携わる事なんてできないのだから、その意義は勿論分かる。
だが何故、私なんだ。」
「あの、お兄様…どうして私もなのでしょうか?」
「それは、王家とオートクチュール公爵家が婚約することになったから、としか今は言えないかな。」
「…」
つまりはあれか、オートクチュール公爵家でアンシュルと婚約できる年齢の令嬢は私とルナだけだからどちらが選ばれても問題ないようにしておけと言う事か。
それか、アンシュルの婚約者がルナに内定していると外に悟らせない為か。
どちらにしても、私に盾となれと言う事だ。
そこはいい、むしろ本望だ。
だが…
「お姉様?」
「承知、しました…」
「大丈夫、メリンダなら熟せるさ。」
「そうです!お姉様なら問題ありません!」
「高く評価してくれて嬉しいわ…」
聞いていない!!と大声で叫びたい衝動に駆られる私であった。
*
次の日、お兄様の言う通り本当に王妃教育が始まった。
本調子ではない事を考慮されているお陰でそこまで綿密なスケジュール構成ではないものの、代わりに教えられたことを一度で覚えなければならない。
その圧はかなりのもので、時間で言えばたったの数時間だけでもかなり気力が削がれた。
「お嬢様、お約束されていたお客様がお見えです。」
「ありがとう、通してちょうだい…」
ぐったりとソファに身を沈ませていた所に、シアの声がかかる。
この約束があったから今日はこの程度で済んでいるが、何も約束がない明日以降はどうなってしまうのだろうかと頭が痛くなる。
「お久しぶりでございます、メリンダ様。」
「お待ちしてましたわ。」
扉が開かれると同時に令嬢スマイルを展開させれば、そこに居たのは執事姿のクー。
お互いに猫を被っていると分かっている分、なんだかこの空間が滑稽に見えて仕方がないがどこに目や耳があるか分からない以上、滑稽だろうとなんだろうとやらなくてはならない。
「主の命により、品物を受け取りにまいりました。」
「存じておりますわ、シア。」
「こちらでございます。」
シアに渡しておいた魔法薬をクーが受け取ればこの任務は終了だ。
短い休憩時間だったなと明後日の方向に視線を向けそうになるが、クーが退室するまでが仕事だ。
だが、予想に反して事はすぐに終わらなかった。
「失礼いたします。」
「レイ?どうしたの?」
「来客中に申し訳ございませんが、ルナお嬢様より言伝を預かってまいりました。」
「ルナから?」
「”お姉様の魔法薬を間違って持ってきてしまいました。急いで戻るので少々お待ちください。”とのことです。」
「!?」
どういうことだとシアが渡した魔法薬を見ると、あの時魔法薬を詰めた容器とは違っていた。
詰めた後、片付けるのと同時にシアに渡したはずなのに一体いつ取り間違えたというのか。
(というか、いつの間に出かけたのルナ。一応私、貴女の護衛も兼ねているんだけども…)
「そういう訳ですので、お客様。少々お待ちいただけますでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。」
何やら緊張したような面持ちで告げるレイに、余所行きの笑顔を張り付けたクーが答える。
話だけ聞けば何の変哲もない受け答えのはずなのに、まるで戦場で対峙しているかのような空気感なのはなぜなのだろうか。
その影響か、室内の温度が下がった様な気がして思わず自分で自分を抱きしめた。
読んでいただきありがとうございました!
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