第六十三話
夜中にクーと話しているうちに眠ってしまったようで、気づけば朝だった。
寝起き特有のぼぅっとする頭で朝であることを認識してから数秒後、夢の庵には呼ばれなかったのだと思い至る。
(聞きたい事、たくさんあったんだけどな…)
多分、五年の眠りから目覚めたばかりだからと私を慮ってくれたのだろう。
その配慮はありがたいが、正直に言えばさっさと現状把握を済ませたかった。
メーバルという厄介極まりない大元を倒したと言えど、まだ悠長に構えるには早い。
アンシュルとルナの婚約が正式に決まるまでは、油断はできないのだ。
時間は有限、打てる手は全て打っておきたいと考えていたというのに五年もの時間を無駄に消費してしまったことに少なからず私は焦っていた。
(夢の庵に呼ばれなかった、それはつまり私に配慮できるぐらいは余裕があるともいえる…それならそれでいいけれど、確証がないというのは不安なものね。)
とはいえ、呼ばれなかったものは仕方がない。
胸の中に渦巻く苦い不安を押し込みながら、ひとまず今日一日リハビリに励むかと動きが鈍い体を伸ばした。
*
(絶対にワザとね…)
五年の眠りから目覚めて数日、私の機嫌は降下の一途を辿っている。
理由は一向に夢の庵に呼ばれる気配がないからだ。
一日二日ならこちらの身を案じての事だと思ったが、ここまでくるともう除け者にしているのではないかとすら思う。
(魔法は使えないし、インヴァイトを使って魔物をおびき寄せるなりして来ざるを得ない状況を作り出してやろうかしら…それとも、魔力を使わない鉱石同士の調合で…)
「…」
ふつふつと荒ぶっていた思考が一気に鎮まる。
本当は分かっている、アンシュルが私を除け者にしているわけじゃないってことは。
だって、私がアンシュルの立場だったなら暫くは大人しくしてほしいと思う。
黒狼との邂逅は時間で言えばかなり短かったのにも関わらず五年もの間、眠りにつくことになった。
魂に関しての理解度が深かろうが浅かろうが、これがかなり深刻な事態であることは分かる。
そんな状態からやっと脱したのだ、大人しく安静にしてほしい、もっと言えば守られていてほしいと思うのも分かる。
分かるが、ただ守られているというのも落ち着かないのだ。
前世の頃ならば全てを察して大人しくしていたことだろうが転生して命を懸けてでも叶えたい未来を見つけたことで、私の中の何かが百八十度変わった。
怖いのは嫌、痛いのも嫌、それは変わらないけれど叶えたい未来を掴み損ねるのはもっと嫌。
だから、そのためにできることをしていたいと誰に強制されるでもなく思ったのだ。
(我ながらかなりの変わりようよね…)
昔の私が今の私を見たら別人じゃないかと思うレベルで変わったと自分でも思う。
だからこそ、このまま大人しくはしていたくないはないがアンシュルの気持ちが分かる分、思うように動けない。
これも変わった所だとしみじみ思う。
少し前の私なら気持ちを分かった上で動いたことだろう。
動くことで自分が大丈夫なことを証明できるし、アンシュルやルナの未来に貢献できると信じて。
それも別に間違ってはいない、時には一人でも動かなくてはならない時があるのだから。
ただ、それは今ではないのだ。
私がいくら大丈夫だと言っても魂に関して素人な小娘の言葉なんて信憑性は薄いし、加えて魔法を禁じられているのだから今の私の戦闘能力は正真正銘令嬢レベルだ。
暗器を扱える分、他の令嬢よりはマシかもしれないが、ハッキリ言って団栗の背比べだろう。
それは、コモンから処方される魔法薬を飲んだとしても同じだ。
(そんな私がぴーちくぱーちく喚いた所でなんの助けにもならない…分かってる、分かってるけど…)
何もできないならできないなりに、何か役に立ちたいと思うのは傲慢だろうか。
きちんと静養するし、リハビリも頑張るし、大人しくもしているから、何もしないという選択肢以外が欲しい。
「お嬢様。」
「!シア…」
「あまり思い詰めますとお体に障ります。私でよろしければ、何なりとお申し付けください。」
俯いていた私にシアがそっと寄り添ってくれる。
その微笑は穏やかで、いつかの日を思い出す。
あの日の温もりは優しかったが、その後に待つのは苦い記憶。
(いや…それだけじゃない…)
苦い記憶だけど、あの一件がなければ私はずっと気づけずにいたし今だって強引に押し進もうとしたことだろう。
そうしてまた誰かの想いを踏みにじり、被害を拡大させていた。
(同じ轍は、踏まない。)
「ねぇ、シア。」
「はい。」
「私が眠っていた五年間について、教えてくれないかしら。特に、情勢について。」
「かしこまりました。ですが、私が持っている情報ではお嬢様を満足させることはできないでしょう。なので、代わりにこちらをお渡しいたします。」
「これは…?」
私の言葉を予想していたかのようにシアは一枚の便せんを手渡した。
一見何の変哲もない便せんだが、手にすればほんのり魔力を帯びているのが分かる。
特別な品であることは分かるが、どうして今これを手渡すのかが分からず再びシアを見れば、優しい微笑みを浮かべたまま続ける。
「こちらは殿下がお嬢様にとお預けになったものです。」
「殿下が?」
「もしお嬢様が空白の五年間について尋ねた際はこちらを渡すようにと。」
「!」
アンシュルは全てお見通しだったのだ。
私が大人しくしていないことも、ただ守られるのを享受しないことも、そして無力感に打ちひしがれることも。
理解すると同時に顔が熱くなる。
見抜かれたことを恥ずかしいと思うと同時に、分かってくれている喜びが体温を急上昇させ怒ればいいのか喜べばいいのか分からない感情が駆け巡るが、気分は悪くない。
だって、アンシュル直々に許可下りたようなものなのだ。
ならば、めいっぱい活用してやるまで。
「ありがとう、シア。早速使わせてもらうわ。」
「はい。」
見るからに表情が明るくなった私を、シアは微笑ましそうに見つめた。
*
アンシュルが置いていった便せんは魔法の便せんで、書き終わりの封蝋を押すと書かれた文字がアンシュルの元へ転送させる仕組みだった。
一体どういう原理なのか気になる所ではあるが、今私が知るべきことはそこではない。
(なるほどね。)
眠りについていた空白の五年の間に情勢はかなり動いた様だった。
まず、ガルツ国が正式にメーバルの罪状を発表し国内に流行した病の特効薬を王宮から支給すると通達された。
それに伴い戦争屋との決別を宣言し、その証としてガルツ国に留まっていた戦争屋のメンバーをメーバル共々処刑したらしい。
何とも力業に出たものだと思ったが、そうでもしなければガルツ国のメンツに関わるのだろう。
それほどまでに宰相が罪を犯すという事は国にとって害悪極まりないのだ。
続いてメンシス国についてはお兄様が奮闘してくれた様で、正式にルナがオートクチュール公爵家預かりとなった。
メンシス国の両陛下はレイモンドの報告をきちんと受け止めてくれていて、国内貴族の動向に目を光らせていたらしい。
だが、兄妹共々王宮から姿を消した影響はやはり大きかったようで両陛下の力をもってしても完全に把握及び抑え込みはできなかったようだ。
だが、メーバルの処刑に伴い繋がりがあった貴族が連日検挙されているので早々に事態は収束するだろうと予想されたが、それが隙を作ることに繋がった。
(まさかあのネクロマンサーの男がメンシス国の者だったとはね…これは身柄の引き渡しとかで揉めそうね…)
時期に収束するという一瞬の気の緩みから、メンシス国の貴族がポロス国の貴族にネクロマンサーの男を派遣したのだ。
メーバルがいない今、メンシス国に居ようともポロス国に居ようとも時期に捕まると考えたメンシス国の貴族はポロス国の貴族にある取引を持ち掛けた。
その取引はネクロマンサーの男を派遣する代わりに自分をポロス国で保護するというもの。
ポロス国の貴族もメーバルの元から押収された様々な証拠品から捕縛されるのは時間の問題だったこともありその取引に乗ったのだそうだ。
何とも自分勝手な話である。
(そんなことをしたら余計に罪が重くなるだけなのにね…でもこれで大まかには分かったわ。この現状で私ができることはガルツ国との結びつき強化ぐらいかしら……あ。)
ルガシオンと結んだオートクチュール公爵領で採掘される岩塩の取引を早急に進める事とは別に、脳裏である場面が再生される。
それは、小説の最終章付近での出来事。
(あれなら今の私でも調合できるかもしれない。)
貢献できるかもしれない事が見つかった喜びに口角を上げながら、私はペンを走らせた。
「返事が来たな。」
「お嬢からか?」
「ああ。」
「病み上がりなんだから寝てりゃあいいのによ。」
「それが彼女だよ。」
アンシュルの執務室には執事の姿をしたクーが我が物顔で寛いでいる。
執事にあるまじき姿ではあるが、第三者の気配を感じれば途端に完璧な執事に擬態するという早業を持っているからこその行動であるのでアンシュルも黙認している。
それよりもメリンダから返事が来たことを察知した途端にソワソワと落ち着かない様子の方がアンシュルはとても気になった。
(ほっんと、じれったいたらありゃしない…)
「なんだよ。」
「いいや。それよりも、また興味深いことを提案してきたよ。」
「無茶な内容じゃねぇだろうな。」
「そこは保証するよ。件の男についての対応策でね、あの力を抑え込めるかもしれない。」
手紙に書かれていたのは、小説の最終章付近で判明するネクロマンサーの力についての出来事だった。
闇ギルドに所属するネクロマンサーの男は“闇夜”で死んだ平民の魂を利用して不死の軍団を手に入れた。
その力は凄まじく、闇ギルドの精鋭が相手だとしても倒すのは難しいとされる程だったが一つだけ弱点があった。
それは、死んだ肉体に魂を縛り付ける鎖を解くこと。
ネクロマンサーは体のどこかに鎖のかけらを持っており、そのかけらを触媒に力を行使する。
つまり、そのかけらを潰すか使用不可能にすればネクロマンサーは力を失うのだ。
だがネクロマンサーもそのことは承知しているので、念入りに隠しているので見つけられず苦戦を強いられるのだが、ルナが素晴らしい発明をしてくれた。
体のどこかに持っているという事は、体内に取り込まれているのだと見抜いたルナは吸引することで鎖を錆びさせる魔法薬を精製したのだ。
一呼吸分では大した効果はないが、永続的に吸引することで鎖は錆びていきいずれ決壊するというネクロマンサーにとっての猛毒は効果覿面で、降伏することを条件に和解へと持ち込んだのだ。
(確かに小説の中に作り方は書かれていたけど、そこまで印象に残るような物じゃない。インヴァイトの時と言い、迷宮探知の時と言い、すごい記憶力だな。)
「この薬があれば、あの男の扱いもかなり容易くなる。厄介な力さえ抑え込めればアレはただのひ弱な男だからな。」
「そうなれば拷問でも何でもやり放題。誰の差し金でこの国に来たのかもわかるし、御大層な拘束魔法で疑似封印なんて労力のかかるもんもやらなくて済む。」
「そこが大きいよな。誰の刺客かなんて時間をかけて調べればいつかは分かるが、あの力のせいで安易に害することができない。かといって普通の拘束じゃすぐ抜け出されるのがオチだから念入りな拘束が必要になるが、それにかかる費用が割に合わない。」
「上級魔導士五人がかりだもんなぁ。魔導士団長がしっぶい顔してたぜ。」
「だよねぇ…」
コモンの表情が目に浮かぶようにアンシュルも苦笑いを浮かべる。
死霊の力は予想以上に厄介で、扱い方を間違えれば近くにいるだけで相手の傀儡にされてしまう。
そのせいでこの五年、取り調べらしいことがほとんどできていなかったのだ。
まぁ、そのお陰でメンシス国も身柄の引き渡しを強要してこなかったのでそこに関しては良かったのだがメリンダの薬で一気に状況が動く。
同じ転生者でありながら知識を役立てられないのは情けない話ではあるが、ここは頼もしい相棒に甘えることにしよう。
(それに夢を介しての受け渡しができない以上、品物を受け取る役が必要だしね。)
「と、いう事で。」
「あ?」
「メリンダ嬢から薬の受け取り、頼んだよ。」
ニッコリととてもいい笑顔を浮かべながら、アンシュルはメリンダに魔法薬を依頼する旨をしたためた。
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