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ラスボスに転生したら取引を持ち掛けられました!    ~転生後に推しが出来てもいいじゃないか!~  作者: 夕月


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第六十二話

誰かの泣き声が聞こえる。

聞き覚えがある気がするのに、それが誰なのか分からない。

思い出そうとするととても疲れてしまって、また意識が沈んでいく。

そんな不思議な感覚を何回か繰り返して、ようやく意識が浮上した。


「んっ…」

差し込む光が眩しい。

何度か瞬きをしてようやく焦点を合わせれば、そこは慣れ親しんだ自室のベッドの上。

そういえばお茶会の事情聴取をしてから休んだんだったとぼんやりする頭で考えると、隣から叫び声が上がった。

「お姉様っ!!」

「るな…?」

我慢できずに傍に来てしまったのかと視線を向けると、そこにはルナであってルナではないルナがいた。

いや、確かにルナなのだ。

ただ、最後に見たルナよりもかなり成長していたけれど。

「ルナ…よね?」

「はいっ…メリンダお姉様の妹のルナです…ああ、本当に良かった…ううっ…」

私の手を握りしめ涙を流すルナに夢でも見ているかのような心地になる。

だが、小説の中にも時間を早送りにするような物は存在しないしもしあったとしてもルナに使う意味がない。

(回復を早めるために私に使うならまだ理解できるが…いや待って。)

ふと過った予感に自分の手を見れば、明らかに大きくなっていた。

成長したルナと私、感涙するルナ、時間の早送り、これらから導き出される仮説は若には信じがたいものだが確認しないわけにはいかない。

「ルナ…私は一体…どれほど眠っていたの…?」

「…五年……あの日、お義父様とお話になった日から五年、眠り続けていたのです…」

「ごっ?!」

予想以上に長い時間を眠り続けていた事実に、起きたばかりだというのに一瞬気が遠くなった。



「メリンダ!!ああ、メリンダ!!」

「お、お母様…!」

あれから我に返ったルナが急いで皆に知らせると、弾丸のようにお父様やお母様、お兄様が駆けつけてきた。

皆一様に目覚めた私を見ると涙を浮かべ、よかったよかったと抱きしめてくれる。

特に私が眠りにつく前に話すことができなかったお兄様とお母様の感動は大きく、お母様が抱きしめる傍らでお兄様がずっと私の手を握りしめていた。

「ご心配をおかけしました。」

「いいのよ、心配なんて。メリンダが目覚めてくれたんだもの。」

「お母様…」

私の頬を撫でながら涙を流すお母様の顔は最後に見た時よりもやつれて見える。

そしてそれはお父様やお兄様も同様で、どれほど心配をかけてしまったのかと心苦しくなる。

魂に関する知識が少ないせいで楽観視していたことは否めない。

疲弊しならば療養すればいいという考え自体が間違っているとは思わないが、肉体や気力の回復に必要なものと魂の回復に必要なものは違うという事なのだろう。

でなければ、回復の為に五年も眠り続けるだなんてことにはならない筈だ。

「失礼します。旦那様、お客様がお見えです。」

「ああ、通してくれ。」

「失礼するよ、公爵。」

「お出迎えもできず、申し訳ございません。殿下。」

「気にしないでくれ。今は、私よりもメリンダ嬢を優先すべきだからね。」

心苦しさに思い悩んでいると、外からシアの声が聞こえる。

どうやら来客らしいが何故か名前を知らせないし、何故かお父様もそれで通じてすぐに許可を出した。

優秀なメイドであるシアは礼儀や危機管理の観点から必ず来客の名を告げるし、お父様も誰かわからない者をおいそれと通したりはしない。

一体誰だと私が勘繰るより先に現れたのは、医者の様な風貌の男を連れたアンシュルだった。

「殿下!?」

「やぁ、メリンダ。目覚めたと聞いて安心したよ。」

「ど、どうして…」

「君が目覚めたらすぐに知らせてほしいとルナに頼んでおいたんだ。」

最後に見た姿より成長したアンシュルは、本当に安心したと言わんばかりに目を細めながら私を見る。

情報伝達の速さに驚くところではあるが、そうまでしてアンシュルが駆けつけたかったことに一抹の不安を覚える。

もしかして、お茶会での男が逃げ出したかそれに関する不測の事態が起こっているのではないかと。

だが、そんな私の考えを見抜いたのかアンシュルは困ったように笑った。

「安心してくれ、君が考えているようなことはないから。」

「え?」

「私が真っ先にここに駆けつけたのは君を触診するためだ。魂の疲弊は普通の医者ではなく魔導士でないと診れないんだ。」

「なるほど…」

一先ず不穏な事になっていない事には安堵するものの、公爵家の令嬢とはいえ王子自ら魔導士を手配して診察という厚遇になんだか居たたまれなくなる。

これが婚約者とかなら第三者にも納得できたのだろうが、アンシュルは私の事を相棒としか思っていない。ちなみに私も。

だと言うのにこの待遇だ、心配をかけすぎてしまったと取るべきか、過保護が過ぎると取るべきか。

「お初にお目にかかります、メリンダ・オートクチュール公爵令嬢。コモン・ダフィールと申します。」

「まぁ!ダフィール魔導士団団長にお会いできだなんて、光栄ですわ。」

「私の事をご存じでしたか。」

「ええ、ご活躍をよく耳にしておりました。そんな方に態々足を運んでいただいたこと、申し訳なく思います。」

「どうかお気になさらず。」

医者の様な風貌の男はなんと、王宮魔導士団の団長だった。

小説にも登場する彼は魔法の天才としてポロス国のみならず、近隣諸国にもその名を轟かせている。

確かに彼ならば魂に関することにも詳しいだろうが、こんな小娘を診るために態々足を運ばせたかと思うと申し訳なくて堪らない。

確かに爵位で言えばこちらが上なのだが診てもらうのはこちらだ、ならばこちらが赴くのが筋というものなのに、コモンは爽やかに笑って見せる。

アンシュルがいる手前猫を被っているのかもしれないが、せめて彼を早く解放させようと決めた。

「それでは早速ですが診察を開始しますね。メリンダ嬢、少々触れますがよろしいですか?」

「ええ、お願いします。」

私の額に手を置き、集中するように目を閉じるとコモンの手が淡く輝きだす。

その光自体は痛くもないし、熱くもないし、冷たくもないし、痒くもないが、意識を鈍くさせるかのように何も考えられなくなる。

例えるなら、眠る一歩手前の状態だろう。

そんな状態がどれぐらい続いたのかは分からないが、コモンが手を離すと同時に意識がはっきりしていく。

「どうだ?」

「魂に異常もなく概ね回復していますね。ただ、神気の影響は色濃い様ですので暫く魔法の使用は禁じたほうがいいでしょう。」

コモンの言葉に安堵と落胆が同時に来る。

回復しているのならまた滾々と眠り続ける可能性は低いということだろうが、魔法が使えないというのは中々に不便だ。

令嬢なので戦闘などは早々ないが、いつルナの正体がバレて暗殺者を差し向けられるとも限らないし、アンシュルの助けになれる場面がくるかもわからない。

暗器で戦えはするが、腕力の弱さを魔法でカバーしていたのでできることは半減するだろう。

(というか、もしかして魔法が使えないということは暗器召喚もできなくなるってこと?)

ふと過った考えに顔を青くさせていると、それを不安ととったのかお兄様が労わるように頭を撫でる。

「大丈夫だ、メリンダの事は俺が守るよ。」

「お兄様…いえ、私は…」

「お義兄様だけではありません!私もお姉様の事をお守りします!」

「ルナまで…そうじゃなくて私は…」

「及ばずながら私も手を貸そう。」

「殿下!?」

名乗りを上げる三人に慌てる私を微笑ましそうに見守る両親。

お兄様とルナはともかく、アンシュルは私の不安が危害を加えられるかもしれないとかではないことを分かっているだろうに止めるどころか便乗してくる始末だ。

というか、アンシュルが本気で守ろうと動けば私は何もさせてもらえなくなる。

それは困ると焦燥に駆られて視線を投げれば、アンシュルはやはり困ったように笑うだけだった。

「コモン、他に留意しておく点はあるか?」

「そうですね…回復しているとはいえ完全ではありませんし何より五年も眠り続けていたのですから、リハビリも必要でしょう。適度な運動と栄養のある食事を心がけてください。」

「分かりました…」

確かに五年も眠っていた体は凝り固まってうまく動けない。

きっとシアを筆頭にメイド達がマッサージをしたり寝返りをさせたりしてくれたのだろうけれど、それでは筋力を保つことはできない。

元々筋骨隆々ではなかったけれど、輪をかけて筋肉が落ちてしまった今の体では走ることさえ危なげに見えた。

「不安でしたら後程、魔法薬を処方いたしますよ?」

「本当ですか!」

「はい。」

「ぜひお願いします!」

コモンの言葉に飛びつくようにしてお礼を言えば、何故かルナが不満げな顔をする。

薬を貰ったからと言って無茶をする気はないのだが、五年も眠り続けた事でルナの中で私に対する認識に変化があったのかもしれない。

例えば、動けば世話を駆ける姉とか─

(もしそうならかなりショックだな…)

「では、後程お送りいたしますね。」

「よろしくお願いします。」

「話もまとまったことだし、私達はそろそろ失礼しよう。魂に異常はないとはいえ目覚めたばかりなんだ、無理は禁物だ。」

「はい、ありがとうございます。殿下。」

「いいかい、決して無茶はしないでくれ。でないと…」

「?」

「いや、こちらの話だ。では。」

一瞬、アンシュルの顔色が悪くなったがすぐに切り替えると足早に去っていく。

まるで何かに怯えるように見えて気になったが、殿下が退室し見送りにお父様とお母様が向かうと同時にルナが私に抱き着いてきてそれどころではなくなった。



「ふぅ…」

ひとしきりルナに抱擁され、お兄様に労わられ、二人が退室した後に我慢の限界とばかりにシアとレイモンドに泣かれた。

よかったよかったと涙を流す二人をどうにか宥めるうちに気づけば空は漆黒に染まっていた。

どうやら私が目覚めたのは夕暮れの時刻だったらしい。

目覚めたばかりでまた眠るというのも変な話というか、少々怠惰な響きだが今の私の仕事はそれだと言わんばかりに落ち着いたシアとレイモンドが寝かしつけにかかった。

それに反抗する気はないが、せめてなにか腹に入れたいと言えば寝る前ということで温かいスープを用意してくれた。

優しい味のスープは労わるように体を中から温め、遠くに去ったはずの睡魔を呼び戻してくれる。

これなら寝れる、そう思ったのだが何故か意識はまどろむばかりで沈んでくれない。

どうしたものかとぼぅっとする頭で天井を見ていると、遠くで小さな物音がした。

何かが落ちたのかと身を起こすも辺りに変化はない。

気のせいかと再び身を横たえようと上半身を傾けると、寝具ではない温かい何かに触れた。

「!?」

一体なんだと身を固くすると、黒い服を着た腕が体を拘束する。

敵襲かと身を固くするが、相手はただ私を拘束するだけで何もしてこない。

目的が分からず混乱する私を置き去りに、相手はあろうことか私の方に顔をうずめる。

嫌な緊張から冷たい汗が流れる中、やっと相手が声を発した。

「…お嬢…」

「!もしかして…クー?」

顔をうずめているから声がくぐもってはいるが、私をお嬢と呼ぶのはクーだけだ。

そういえば、アンシュルと共に来たのはコモンだけだったことを思い出す。

執事に化けることができるクーなら、アンシュルの付き人として一緒に来ることだって可能だったのにそれをしなかったから態々今、会いに来てくれたのだろうかと再度名を呼ぶ。

「クー?」

「お嬢……目、覚めたんだな…」

「ええ、何とかね。」

「…体、辛くねぇか?」

「大丈夫よ。ただ、結構リハビリ頑張らないとだけど。」

「そっか…」

私の言葉にようやく安心したのか、クーの体から力が抜ける。

そこまで心配させてしまっていたのかと驚くが、そういえば、お茶会から助け出してくれたのはクーだったことを思い出す。

一番酷い状態を見たことで他の面々よりも深刻に受け止めていたのかもしれない。

「そういえば、お礼がまだだったわね。お茶会から助け出してくれただけでなく、錯乱した私を止めてくれてありがとう。」

「いや…俺は結局、間に合わなかった…」

「え?間に合ったでしょう?現にクーが居なかったら私ここにいないのよ?」

「俺は…あの女が利用されようとしているのを、知っていたんだ…」

懺悔するような口ぶりとあの女というキーワードから、おそらくクーが言っているのはミドル伯爵令嬢の事だろう。

そして、アンシュルの懐刀として活動している中で、ミドル伯爵令嬢が道具として利用されようとしていることを知ったクーは助けるのではなく泳がせることにしたのだろう。

あわよくば、ネクロマンサーの男が言ったあの方という人物を炙り出せるかもしれないと。

だが、クーの目論見は外れ私は五年も眠り続けることになった。

ミドル伯爵令嬢は利用されると分かった時点で何か手を打っていればこうはならなかったかもしれないとクーは思っているのだろう。

「だから…」

「クーは何も悪くないわ。それに、私がクーの立場だったら同じことをしたでしょうから。」

「…」

「じゃあ聞くけど、クーはお茶会で起こるすべての事を知っていたの?」

「いや…あの女を利用して何か作るつもりだって所までは、掴んだんだ…ただその後に監視に気づかれて、撒かれた…」

「クーを撒くなんて相当ね。」

「撒かれて、必死に探して、疑似降臨を可能にする魔道具を作ることを突き止めた時には、すでに神の御使いが降臨していた…」

「そう……流石ね。」

「え?」

キョトンとした声に、私から怒号や罵声でも浴びせられるとでも思っていたことが分かる。

どういう風に考えたらそうなるのか分からないが、もしそういう風に思われているのなら心外だ。

いくら凄腕だからとはいえ、人間一人にできることなんてたかが知れているのだから。

「だってそうでしょ?疑似降臨を可能にする魔道具だと突き止めるだけでも大変だけど、どんな魔道具かわかったからってすぐにあのお茶会に結びつけられる人はかなり少ないと思うわ。」

「…」

「たとえ結びつけられたとしても、それにかかる時間が長ければ私は助からなかった。神の御使いが去った後、錯乱して自害していたかもしれない。」

「…」

「クーが来たタイミングから見て、割かしすぐに結びつけられたんじゃない?それで衛兵まで連れて登場するなんてことが早々出来てたまるもんですか。」

もしそんな人材ばかりなら国としては喜ばしいことだろうが、私としてはすぐに歓迎はできない。

何故なら、アンシュルとルナの婚姻を現実にしにくくなるからだ。

凄腕の人材はこちらの味方になってくれるのなら話は別だが、もし利害関係で対立でもされたら目も当てられない。

小説知識というアドバンテージがなければ、私なんてただのアラサーなのだ。

国家運営の知識は勿論、駆け引きなんて専門外なのだ、すぐに食いつぶされるのがオチだ。

「だから、クーに非はないわ。貴方は貴方にできる精一杯をやった、それを不足だと誰かが言うのなら私がその脳天を貫いてあげるわ。」

「…勇ましいな…」

「そういう人間は自分一人でなんでもできるって思い込んでいるのよ…昔の私みたいにね…」

「!」

「だから、大丈夫よ。貴方は何も悪くないわ。」

ポンポンッと労わるように私を拘束する、いや、抱きしめる腕を叩く。

頼ることを恐れる私に頼られる準備ある人がいる事を教えてくれたのは、他でもないクーだ。

あの言葉があったから、私は抱え込んだ重たいモノに潰されずに済んだ。

それでもまだ、あの言葉を十全に理解したとは思っていないけれどだからこそ今のクーに伝えられることもある。

(貴方が救ってくれた言葉で、今度は私が貴方に伝えよう。貴方は何も悪くないって、むしろ…)

「ありがとう、クー。」

「…」

抱きしめる力が少し強くなったのと同時に、温かい雫が肩を濡らした。

読んでいただきありがとうございました!

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