第六十話
ドス黒く淀んだ魔力にもう考えている猶予はないことを悟る。
すぐにでも発動されそうなそれを阻止するには、なりふり構ってはいられない。
「っ!!」
忍ばせていた暗器にありったけの雷の魔力を籠めると、地面に向かって投げる。
すると、突き刺さった暗器を始点に大広間全体に電撃が走った。
「ぐぁ!?」
「きゃぁあああ!!!」
「なっ、あぁああ!!」
各所で叫び声が上がると同時に、ほぼ全員がその場に倒れる。
電撃によって失神させたのだ。
「っ…」
「これはこれは…まさか、この魔道具を阻止する方法をご存じだとは。御見それいたしました。」
多少は防御していたが始点に近かった影響でそれなりに電撃を食らってしまった私に、男が愉快そうに語りかける。
男だって私と同じく始点に近かったはずなのにケロリとしているあたり、水晶玉に込められた魔力が防御壁の様な役割をしたのかと思うと同時に即座に否定した。
防御壁ではない、避雷針の役割をしたのだ。
その証拠に、水晶玉を持っていたミドル伯爵令嬢が地面に沈んでいた。
「やはり、魔道具だったのね…」
「あまり知られていない方法なのですがね、言ったどちらで?」
「さぁ?どこだったかしらね。」
まだ若干痺れている体を無理矢理動かし、何ともないように振舞いながらあえて白を切る。
正直に言えば、アレが魔道具だということは勿論生成方法についても知らなかった。
ただ、小説の中に特殊な鉱山で採取されたある特殊な水晶を巡る事件があった事とこの場に集められたのが中立派の貴族だけだということから仮説を立てた。
その仮説とは、中立派の貴族を引き込むこと。
クーが見つけてきたメーバルと繋がっていたポロス国の貴族は殆どが貴族派だったのだ。
(メーバルが倒れたことに連動して検挙の動きが活発になった事に危機感を抱いて今回の事を画策したってところでしょうね。)
メーバルが捕縛され企みが露呈しただけでなく、王家とオートクチュール公爵家が婚約したことで国内情勢は安定してしまう。
貴族派といえどいたって正常な貴族ならばそれを喜ぶところだが、後ろ暗い連中には歓迎できないことだ。
何故なら、国内情勢が安定するということは不穏分子の粛清を意味している。
このままでは芋づる式に捕縛されるのが目に見えている貴族派は、起死回生を狙って中立派を引き込み、派閥の強化を狙ったのだろう。
中立派が全て貴族派に鞍替えすれば国王派の貴族がいくら王を擁護しようとも国は揺れる。
その隙に逃亡を図るか、さらに欲を出すかは分からないが碌なことにはならないだろう。
(そうなれば自ずとあの魔道具の効果は予想できるけど、この人数を一瞬で洗脳なり、催眠なりできるものなの?)
そもそも、この世界に催眠魔法や洗脳魔法といったものがあるのか事態が未知数なのだ。
もしあったとしても特級魔法か、それこそ禁術指定されていてもおかしくはないが敵の目的が中立派の引き込みならばそう考えるのが妥当な気がした。
「まぁいいでしょう。召喚魔法などそう珍しいものではありませんし、別の供物は既に完成しております。」
「供物…?」
「おや、博識なお嬢様でもご存じありませんでしたか。では、ご覧に入れましょう。」
そういうと、男はミドル伯爵令嬢から水晶玉を取り上げる。
ドス黒く染まった水晶玉を満足げに見ると次の瞬間、思い切り地面に叩きつけた。
「!?」
「偉大なる我が神よ、どうか貞淑な信徒たる私めにお力をお貸しくださいませ!」
ガシャンッというガラスが割れる様な音とともに魔力が込められた祝詞が紡がれる。
祝詞と魔力が結び付き、交わると水晶玉が割れた場所から一体の黒狼が姿を現す。
艶光する美しい毛並みに赤い瞳を持つ黒狼はとても凛々しく、そしてこちらを圧倒する威圧感を持っていてすぐに悟った。
あれは、神の御使いであると。
このポロス国には王族にしか使えない魔法が存在する。
それは証明の儀と呼ばれ、真実を司る神の御使いを降臨させるというものだ。
降臨した御使いは神の名のもとに真実のみを告げる、いわば審判者。
しかしその対価に王族の命が、もっと正確に言えば生命エネルギーが必要なので王族以外に神の御使いを降臨させることは不可能なのだ。
そして使えるといってもよほどの事がない限り使用されない魔法として高位貴族達には周知されてもいる。
だから目の前の男が神の御使いを降臨させることなど本来なら不可能のはずなのだ。
「どうして…」
「はははははっ!!やはりあの方の推測は間違っていなかった!!尊き血が一滴でも入っていれば生命エネルギーは代用可能なのだと!」
「代用?……ま、さか……」
「くくくくっ…ええ、そうです。ミドル伯爵令嬢には供物になっていただきました。矮小な命が神の降臨に礎となったのです、さぞ光栄なことでしょう。」
「!!」
愉悦の極みと言わんばかりに笑みを浮かべる男に生理的な吐き気がした。
この男は、ミドル伯爵令嬢を殺したとのたまったのだ。
あの水晶玉に全魔力を籠めるようにそそのかしたのか、全魔力を吸い取るように細工されたのかはまでは分からないが神の御使いを降臨させるために人一人の命を正しく道具のように使った。
正気じゃない。
「さぁ!神の御使いよ!我が願いを叶えたまえ!」
≪愚物よ、何を願う。≫
「この場にいる全ての人間の魂を喰らうことを願います!」
≪ほう、魂か。魂を我が喰らえば即座に肉体は消滅するぞ、何故魂のみを指定する。≫
「ご心配には及びません。魂を喰らった瞬間、私めが新たな魂を埋め込みましょう。崇高な使命に輝く我らが同胞に相応しい思想を持つ魂を!」
(洗脳・催眠魔法の方が穏便だったかもって思いたくないけど、もっとえげつない方法できたわね…)
声高々に宣言する男に、さらに吐き気が強くなる。
私が予想した洗脳・催眠という手段よりもさらに乱暴で確実な方法を選んだのだ。
洗脳・催眠はかかっていると分かれば解除する方法があるが、魂自体を入れ替えるだなんてことをされては解除もなにもあったものではない。
言わばそれは成り代わりに等しい行為だからだ。
「魂の入れ替えだなんて貴方、ネクロマンサーだったのね。」
「おお!やはりお嬢様は博識でいらっしゃる!この世界に、まだその名を知る者がいるだなんて私、感激です!…ああ、だからこそ惜しい…」
「惜しい?」
「博識な貴女が貴女ではなくなってしまうことがとても惜しい…あの方も酷なことを命じるものですよ。貴女が殿下の婚約者でなければこんなことにはならなかったでしょうに。」
「はぁ!?」
この男、何を言い出すんだ。
私がアンシュルの婚約者だと?
確かに王家とオートクチュール公爵家は婚約を結ぶということは議会で認可されたがその中に私の名はない。
(ああ、なるほど…そういうことね…)
驚きと少しの怒りで脳が活性したのだろう、この男に命じた誰かの意図がようやく見えた。
この男に命じた奴は、私がアンシュルの婚約者に決定したと思い込んでいるのだ。
そんな私を自身の傀儡にすれば罪から逃れるだけでなく、王族の権威も手中に収めることができる。
つまりこの場に集まった中立派の貴族は全て目くらまし、本当の狙いは私だったのだ。
(ルナが狙いじゃないことだけが不幸中の幸いね。さて、この場をどう切り抜けるか…)
姿勢を低くしていつでも動けるように構える。
相手の狙いが私だと判明したからと言って、はいそうですかとやられてやるつもりは毛頭ない。
だが、相手が悪すぎるのも事実だ。
まだ相手が人間ならば対処のしようもあったが相手は神の御使い、人間が敵う相手ではない。
できるとすれば逃亡ぐらいだが、そうなればこの場にいる全ての中立派の貴族が貴族派の物となり国が揺れるし、最悪の場合同じ方法で国王派も取り込まれてしまうかもしれない。
(どうする…どうする!?)
起死回生を探すが一向に妙案は浮かばない。
その間にも黒狼はジリジリと距離を詰めてきている。
(神の御使いと交渉してみる?でもどうやって…そもそも、神の御使い相手に切れるカードなんて私にはないし…でもこのままじゃどのみち喰われて終わる…っ!)
一歩一歩下がり続け、ついには壁際に追いつめられてしまう。
せめてこの事をアンシュルかクーに知らせられればとも思うが、連絡手段が夢しか持たない現状ではそれも叶わない。
詰み、その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、黒狼の牙が眼前に迫った。
「っ!!」
(クー!!)
衝撃に目を閉じ、身を固めるが予想された痛みも衝撃も一向に訪れない。
まさかもう魂が喰われてしまったのかと恐る恐る瞳を開けば、黒狼の牙が鼻先数センチの所で止まっていた。
「…ぇ?」
≪これは……≫
「な、何事ですか神の御使いよ!!早く魂を喰らってください!」
≪ふむ、こやつは無理だな。≫
「は!?」
「え?」
≪娘よ、名を名乗ることを許そう。≫
「め、メリンダ・オートクチュールと、申します…」
≪メリンダか、あいわかった。主にしかと伝えよう。≫
「ぇ?…え??」
一人、いや一匹で何かを納得したように黒狼が頷く。
男も状況が理解できないのか、目を白黒させている。
≪愚物よ、契約は無効だ。≫
「なっ!?どういうことですか!?」
≪知らずとも問題ない、契約無効により捧げた魔力は返還されるがそこの娘がどうなるかは我の知る所ではない。≫
「そんなものはどうでもいいのです!!この場にいる全員の魂を喰らっていただかなければ私の仕事ができないのです!」
≪それこそ我の知った事ではない。そも、此度の事もただの暇つぶしとして降りてきてやったのだ、我が愚物の視界に入っただけでもありがたく思え。≫
「なっ!?」
黒狼がそういうや否や、魔力を解放し霞のように消えていった。
あんまりな言いように感じるが、ある意味黒狼の言っていることは正しい。
神の御使いを降臨させる事は王族にしかできない。
それは王族の魔力が特殊だからとか、王族の血が特殊だからとか、そういうことではない。
遥か昔、ポロス国がポロス国になろうとしていた時に天上におわす神の一柱が一人の娘に恋をした。
その娘はポロス国の王族の祖先の娘で、これから親兄弟と共にポロス国を育てていこうとしていた。
神は当初、娘の寿命を待ってから天上に召し上げようとしたが不慮の事故で娘の命が失われかけてしまう。
このままでは天上に召し上げることもできず永遠に娘を失ってしまうと危惧した神は、強引に娘の魂を天井へと召し上げた。
元々、少しずつ交流を重ねていたので天上に連れてこられても娘は怒らなかったが夢半ばでポロス国を離れたことや、愛しい親兄弟を残してしまったことに娘は悲しんだ。
来る日も来る日も涙を流す娘を不憫に思った神は、残された親兄弟に祝福を贈った。
対価を支払う代わりに神の力を貸すという祝福を。
喜んだ親兄弟は早速祝福を使って娘に会おうとした、だが、神の力は矮小な人間にはあまりにも強すぎた。
娘を降臨させることはできず、それどころか祝福を行使した瞬間に命を落としてしまったのだ。
自分に会おうとしたばかりに親兄弟を殺してしまったと娘は心を閉ざし、愛しい娘にそんな傷を負わせてしまったこと罪の意識に苛まれた神は、償いに殺めてしまった娘の親兄弟の魂を御使いへと変えた。
神とは言えど死者を蘇らせることはできないが、せめて共にいられるように。
そして、残された子孫達の為に祝福に少し手を加えた。
神の力ではなく、神の御使いを呼べる力に変えたのだ。
神の御使いならば、矮小な人間といえど即座に命が対価になるという事態にはならないし、場合によっては遠隔で手を貸すこともできる。
そうした神の償いに娘は感謝したが、心の傷が癒えることはなくポロス国を去ることを告げる。
〔この場に自身がいればまた災厄を振りまいてしまうかもしれない、ならば自分は遠方からこの地を見守り、貴方様を想いましょう。〕
〔ならば、私はこの地に残ろう。お前の傷が癒え、この地の人間が笑みを浮かべるその日までここでお前を想い続ける。〕
そうして二柱の神はいずれくる再会を夢見て、その手を離した。
(というのが証明の儀の真実。小説の最終章で判明する話なのよね…となると黒狼の主ってこの地に残った神の事だろうけど、なんで私の事襲わなかったんだろう…)
黒狼に拒絶されたことに放心状態の男を横目に小説を思い出す私。
襲わなかったことは幸いだし、黒狼も契約を無効にして帰ってくれたのはラッキーと言わざるを得ない。
だが、腑に落ちないことも事実だ。
じっくり考えたいのは山々だが、現状はそうも言っていられない。
ネクロマンサーの男が正気に戻る前に、何とか身動きを封じておこうと動こうとした瞬間、足から力が抜けた。
「!!」
(しまった、痺れて力が…!)
黒狼という最大の脅威が去ったことで緊張の糸が切れてしまったのだろう、先程まで気合で抑え込んでいた痺れが全身に回り身動きが取れなくなってしまう。
このままではマズイと思うが、体は一向に動いてくれない。
せめて腕だけでも動けば、暗器を飛ばして男を壁に貼り付けることぐらいはできるのだがそれも今は無理そうだ。
何か使えそうなものはと周囲を見渡す私の耳に、荒々しい足音が聞こえる。
新手か?!と身を固くするのとほぼ同時に開かれた扉の先には、血相を変えた執事姿のクーがいた。
「く…!?」
「メリンダ様!ご無事ですか!?」
思わずクーと呼びそうになるのを寸前で飲み込むも、微かな声でこちらに気づいたクーが駆け寄ってくる。
一体どうしてここにとか聞きたいことは山ほどあったが、それよりも今は男を無力化させることが最優先だ。
「あ、あの男を拘束してください!!」
「ええ、勿論です。」
「え?」
「ご安心を、全て承知しております。それよりも、到着が遅れてしまい、申し訳ございません。」
すまなそうに眉を下げるクーに、いよいよ混乱する。
全て承知しているとは一体どこから、どこまでの事を指すのかとか、誰の指示なのかとか、あの男の後ろにいる奴もわかっているのかとか、御使いのこととか、一気に情報が脳内を駆け巡り、ついにはオーバーヒートを引き越した。
「…きゅー…」
「め、メリンダ様!?しっかりしてください!!メリンダ!!」
恐怖と、緊張と、痺れと、熱とでダウンした私をクーが慌てて抱き留めてくれる。
その腕から感じる優しい体温にようやく安堵した私の意識は、ブラックアウトした。
読んでいただきありがとうございました!
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