第五十九話
時は少し遡り、馬車の中。
流れてゆく景色を眺めながらこれから向かう家について、脳内で復習を始める。
これから向かうのはマンダリン侯爵家。
中立派の中でも中堅に位置する家で、昨年代替わりをしたばかりだが危なげなく領地経営を行っていると聞く。
当主となったのはマンダリン侯爵家の長男で、次男は騎士に、三男は冒険者なったとかで長男が当主となったと同時に家を出たらしいのであまり兄弟仲は良くなったのだろう。
(まぁ、別に珍しいことじゃない、というかそれが普通みたいな感じよね貴族って。我が公爵家やルナの所が珍しいってだけで。)
長男は基本、家督を継ぐために教育を受けているので万が一下の兄弟に負けるようなことがあればそれはこの上ない屈辱だし、その後の生活にも困窮する。
次男は長男のスペアとして育てられ、長男が立派に成長すればお払い箱となり家の利益の為にどこかへ婿に出されるので基本、自由はない。
三男に至っては何もない、期待も希望も、何もかも。
いや、違う。
三男は自由だけがある。
どう生きるか、何になるか、その全てを自分自身で切り開く必要はあるけれど、長男と次男とは比べらものにないほどの自由がある。
それを幸ととるか不幸ととるかはその人次第ではあるけれど、生まれた瞬間から自分の未来が運命づけられている貴族にとって兄弟仲よく手を取り合うことは言うほど簡単ではないのだ。
(そう考えると貴族って生まれた瞬間から運命が決まっているという意味では私とアンシュルと同じなのかもしれない…ままならないものね。)
「お姉様、あちらに見えるお屋敷がそうなのですか?」
「ええ、そうよ。今日のお茶会はそこのご婦人が主催しているから、着いたらまずご挨拶に伺いましょう。」
「はい!」
朗らかなルナの笑顔に目を細める。
私とアンシュルが他の貴族と違うのは未来を知っているという一点だけ、だけど、知っているからと言って簡単に変えることができるとは限らない。
第一章のラスボスとして無残に死ぬ運命である私が、転生と同時に公爵家を逃げ出したとしてもその先で簡単に死ぬかもしれない。
駆け落ちして国を混乱させ多くの死者をだす運命であるアンシュルが、転生と同時に勤勉な王子になったとしても戦争が起こるかもしれない。
未来は確定している様で常に不確定だ、だからこそ変えることも変えない事も難しい。
それでも、望む未来に手を伸ばさないという選択肢はもうないし、選ぶつもりないけれどどうしてかその選択肢を選んだことが少しだけ痛く感じてしまうのは何故なのだろうか。
(この意味も、いつか分かるのかな。)
ぼんやりと思考の海に揺蕩う私を乗せた馬車が、一件の屋敷の前で止まった。
通された大広間にはいくつかのテーブルがセッティングされているが、椅子は一脚もなかった。
どうやらお茶会という名目ではあるが形式は立食パーティーを採用したらしい。
デビュタント前の令嬢達にとっての勉強の場という事で、夜会に近い形式を採用したと考えれば納得できるが、そういう事ならばルナには少し早かったかと不安が走る。
オートクチュール公爵家に来てからルナにも私と同じ教育が行われているし、しかもその成績はとても優秀だ。
いきなり立食形式になったとしても大丈夫なだけの教養と実力はあるが、馬車で見た少し見えた緊張が邪魔をしてしまう可能性も否めない。
「ルナ、平気?」
「はい、お姉様。このような場は初めてですが、お姉様と一緒なら大丈夫です。」
「そう。でも無理はしないでね?」
「はい。」
緊張はないかと伺い見れば、馬車の時とは打って変わって落ち着いた表情を見せるルナに安堵する。
流石はヒロインと言うべきか、土壇場に強いのかもしれない。
ならば、私のやるべきことは一つ。
ルナの地盤作りの為に、有望な貴族達にルナを紹介するのだ。
「ごきげんよう、ヴェリル様。」
「ごきげんよう、メリンダ様。お体の具合はもういいのかしら。」
「ええ、この通り回復いたしましたわ。お医者様やお父様の尽力の賜物です。」
「それは何よりです。体調を崩し、臥せっておられると聞いたときは身が休まらぬ心地でしたもの。」
心配そうにこちらを伺う女性はヴェリル・マンダリン侯爵夫人。
少しくすんだシルバーグレーの髪を上品に纏め上げた優美な女性がつく憂いを帯びた溜息は何とも色っぽい。
現マンダリン侯爵もこの色気にやられたのではなかろうかと邪推しつつ、本来の目的に戻る。
「ご心配をおかけしました。ですが、そのお陰で得難いものを得ましたの。私の妹ですわ。」
「初めまして、ヴェリル・マンダリン様。メリンダお姉様の妹、ルナ・オートクチュールと申します。」
「そう、貴女が…初めまして、ヴェリル・マンダリンよ。」
一瞬目を細めるが、すぐに和やかな笑みに戻る。
心情を一切読ませないその笑みは、ルナに対してどのような感情を持ったのかを悟らせないが私がいる手前、無下には扱わないだろう。
「メリンダ様、ルナ様。本日のお茶会は模範的な場を想定しておりますの、楽しんでいただければ嬉しいわ。」
「はい。ありがとうございます。」
「ごきげんよう、皆様。」
「メリンダ様!ごきげんよう。」
「お加減はもうよろしいのですか?」
「ええ、お蔭様で。皆様にご紹介しますわ、私の妹のルナよ。」
「初めまして、ルナ・オートクチュールと申します。」
「まぁ!貴女が噂の妹さんね!」
マンダリン侯爵夫人に挨拶を済ませ、淑女修行時に仲良くなっていた令嬢達の輪の中に入れば、どうやらルナが引き取られた経緯の噂は好意的に受け取られていた様で和やかに迎え入れてくれる。
とはいえやはり貴族だからなのか、表面上は和やかでもその視線はルナをよく観察している。
相手を観察していることを見抜かれるというのは未熟な証拠ではあるが、私達の年齢なら仕方がない。
むしろ、無防備に相手を懐に入れない警戒心を持っていることは評価すべきだろう。
「まぁ、そんなことが?」
「はい。とても驚きましたが、有意義な一時でした。」
「ルナ様は語学に精通しているのですわね。」
「まだまだお姉様には及びませんが、せめて隣に立って恥ずかしくないようにしたいと思いまして精進しております。」
そしてそういった警戒心を持つ相手は、相手の力量を認めれば味方になってくれる。
少し話しただけでルナの知能指数の高さを見抜いたのだろう、当初の警戒心からの観察するような視線はすぐに消え、友好的な空気が流れている。
その意味がすり寄りか、純粋かまでは分からないが、この場にいる令嬢達を取っ掛かりにすればルナの地盤固めは順調に進みそうだ。
そうすれば、アンシュルとルナが婚約も進めやすくなる。
満足感が胸を温めていた時、背後から予想外の声がかかった。
そして、時は戻る。
*
「あら、見慣れない方ですこと。」
「ミドル伯爵家というと、あの?」
「ああ、通りで…」
私が冷たい視線を送る後ろで、今まで和やかに歓談をしていた令嬢達がヒソヒソと小声で話し始める。
よほど鈍感でなければその会話から歓迎されていない事が分かりそうなものだが、ミドル伯爵令嬢はその鈍感だったらしい。
「初めまして、ローリャ・ミドルと申しますわ。」
「あら、そう。」
小声で話す令嬢達に自己紹介をするが、まともに取り合ってはくれない。
それはそうだろう、というか返事をするだけむしろ優しい方だ。
何故なら、地位の低い者が地位の高い者に声をかけることは無礼になるからだ。
今まで私やルナと話をしていた令嬢の中にも伯爵家はいるが、その令嬢はキチンとマナーを守っていたし、ミドル伯爵令嬢が私に声をかけた時点で他の令嬢達の後ろに下がった。
同格ということで絡まれたくないということなのだろう、とても利口だ。
だって、そうすれば残る令嬢は皆ミドル伯爵令嬢よりも格上の家ばかりなのでこれで声をかけようものなら自分が馬鹿だと宣言しているも同然なのだ。
(いや、私に自分から話しかける時点でアウトか…)
「あら?お加減が悪いのかしら。せっかくの楽しい場ですのに、無理をなさってはなりませんわ。でないと、誰かからおサルさんだなんていわれてしまいますのも。」
本人としては嫌みのつもりなのだろうが、その全てが自分に効力が倍増した状態で跳ね返っていることに何故気づかないのだろうか。
ここまでくると、ミドル伯爵令嬢をこの場に連れてきた人物はある意味で見る目があると思うべきかもしれない。
(これほど空っぽならさぞ御しやすかったでしょうね。でも、一体に何に使うつもりなのか…)
ミドル伯爵令嬢をこの場に連れてきた最後の可能性。
それは、道具として使うためだ。
自らの手を汚さず、対象を蹴落とすために第三者をけしかけるというのもまた貴族ではよく聞く話だ。
しかし、それにはけしかける第三者にもある程度の知能が必要だ。
ミドル伯爵令嬢の周りには人はいない、つまり彼女を連れてきた人物が直接私達の前に差し向けた可能性が高い。
(となれば狙いは私かルナ…まだ不慣れなルナをこの機会に摘む気ならここまで空っぽは使わないし、私だとしても理由は同じ。というか、伯爵家を使う時点で無意味だ。)
ぴーちくぱーちく喚き続けるミドル伯爵令嬢を観察しながら、思考を続ける。
第三者をけしかけて相手を蹴落とす場合、けしかける第三者は相手と同格か格上が望ましい。
でなければ、突っかかることすらできない。
物語であるような悲劇のヒロイン気取りの嘆きなんてものをしようものなら即座に衛兵に摘まみだされる。
例えそれが正当性のある真実の悲劇だったとしてもだ。
「紳士淑女の皆様!どうか皆様の貴重なお時間を一時、私めにいただけないでしょうか!」
「?」
「まぁ!始まったのね!」
「始まった?」
「そうよ。私を連れてきてくれた方に伺ったのだけれど、マンダリン侯爵夫人が余興を用意して下ったらしいのです。オートクチュール公爵令嬢様!折角ですしもっと近くに参りましょう!」
「ちょっ!」
「お姉様!!」
不意に聞こえた声に意識が逸れた瞬間、あろうことかミドル伯爵令嬢は私の手を取って強引に移動してしまった。
地位とかというよりも令嬢としてあるまじき行為にルナや、冷めた視線を送っていた令嬢達も驚愕に目を丸くする。
ワンンテンポ遅れて我に返ったルナが慌てて私を追ってくれるのが分かるのに、見た目を裏切るほどの力に引きずられてしまう。
(この細腕のどこにそんな力があるのよ!!)
これでも少しは鍛えてきたというのに、若干凹みそうだと思っているといつの間にか先ほど声を上げた男性の前まで躍り出ていた。
「おや、これは可愛らしいお嬢様だ。どうでしょう?お一人、私めの手伝いをしていただけませんか?」
「楽しそう!私がやるわ!」
「ありがとうございます、それではこちらへ。」
無邪気に声を上げたミドル伯爵令嬢が男性の隣に向かう。
ようやく解放された二の腕にはくっきりと手形がついていて、もう少し掴まれたままだった鬱血してかなりホラーな見た目になっていたことだろう。
(どんだけよ…)
「お姉様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとうルナ。」
少し遅れて追いついたルナが心配そうに私を見つめると、手形が付いた腕に目を止め、顔を青くさせる。
痛くはないかと腕を摩ってくれるルナの優しさに癒されていると、背後でまたしても声が聞こえてきた。
「ここに取り出したるはある特殊な鉱山から発掘された特別な水晶!ではお嬢様、こちらに魔力を注ぎ込んでみてください。」
「分かったわ。」
振り返ると、拳ほどの大きさをした水晶玉がミドル伯爵令嬢に手渡されているがよほど貴重な品なのか、手渡す間際まで手袋着用の上厳重に布で掴んでいる。
それほどの品ならばミドル伯爵令嬢にもせめて手袋を渡せばいいのにと見守っていれば、ミドル伯爵令嬢は指示通り水晶に魔力を込めていく。
黄緑色の魔力が水晶玉に吸い込まれるように吸収され、渦を巻いていく。
まるで色を混ぜるかのように魔力は水晶の中で交じり合い、透明感のある黄緑色だった魔力が次第に、緑、深緑と色を濃くさせていく。
(まだ魔力を籠めさせる気なの?これ以上魔力を籠めれば魔力欠損になる可能性だってあるのに…)
あまりの長さに危惧し始めたのは私だけではないようで、見物していた招待客の中にも表情を険しくさせる者がチラホラ見受けられる。
それでも止めないのは、この催しがマンダリン侯爵夫人の采配の上にあるからだ。
下手に止めて催しを台無しにしたと非難されれば、下位の者は泣き寝入りするしかない。
今、この場を穏便に止められるのは最も地位の高い私だけ。
ミドル伯爵令嬢を助ける義理はないが、これで魔力欠損にでもなられては寝覚めが悪い。
仕方ないと吐きそうになるため息を何とか堪え、ルナに少し離れているように告げる。
もしもの時、ルナだけは無事なように。
「ルナ、少し離れていて。」
「お姉様?」
「気は進まないけれど、不快なものを見るのも嫌だし止めてくるわ。今なら魔力不足程度で済むかもしれないから。」
「分かりました、でもどうかお気を付けて…」
「ええ。」
不安そうなルナに微笑むと、男性とミドル伯爵令嬢の元へ近づく。
公爵家である私が動いたことで安堵したのだろう、表情を険しくさせていた客達が安堵の表情を浮かべる。
(止めたくても止められないってのは歯がゆいわよね、マンダリン侯爵夫人もなんで……ちょっと待って、マンダリン侯爵夫人は模範的な場を用意したと言っていた。お茶会にも夜会にも立食パーティーにも模範の範疇に催し物なんて聞いたことがない。それに、マンダリン侯爵夫人、どこに行った?)
ふと過った嫌な予感に素早く辺りを見回せば、先ほど挨拶を済ませたマンダリン侯爵夫人の姿がどこにもない。
主催者は基本、お茶会やパーティーが終わるまでよほどの事がない限りその場を離れることはない。
『メリンダ様、ルナ様。本日のお茶会は模範的な場を想定しておりますの、楽しんでいただければ嬉しいわ。』
『そうよ。私を連れてきてくれた方に伺ったのだけれど、マンダリン侯爵夫人が余興を用意して下ったらしいのです。オートクチュール公爵令嬢様!折角ですしもっと近くに参りましょう!』
『おや、これは可愛らしいお嬢様だ。どうでしょう?お一人、私めの手伝いをしていただけませんか?』
『ここに取り出したるはある特殊な鉱山から発掘された特別な水晶!ではお嬢様、こちらに魔力を注ぎ込んでみてください。』
(まさか…!!?)
脳裏に最悪の仮説が構築されるのと同時に、水晶玉が激しく光る。
籠められた魔力は、ドス黒く淀んでいた。
読んでいただきありがとうございました!
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