第五十八話
「仲睦まじい光景ですね。」
「!」
甘い光景を堪能している私の横から、聞きなれない声が聞こえた。
視線を向ければそこにはアンシュルに追随してきた執事が立ったいる。
銀の長髪を下で緩く結んだ青年は二人を見ながら目を細める様子から物腰の柔らかい紳士の印象を受けるし、何も知らない人間ならその通りに思う事だろう。
しかし、私の目は誤魔化せない。
「ええ、本当ね。今度は邪魔をしないでちょうだいよ?」
「おや?私がオートクチュール公爵令嬢にお会いしたのはこれが初めてかと認識しておりましたが。」
「ここには事情を知る人間しかいないから平気よ。」
「…そりゃあ、ありがたいこって。」
しらばっくれていたが、私が続けて言えば拗ねた様に口調を戻す。
いつもオルセン副騎士団長の姿を借りていたから別の姿なら欺けるとでも思ったのだろうが、すぐに私が見抜いた事が悔しいのだろう。
でも、拗ねているのにどこか嬉しそうに見えるのは何故なのだろうか。
「それでも隠れ護衛の目があるから席は進められないの。申し訳ないけど耐えて頂戴。」
「その点はご心配なく。これでも鍛えてるんでね、一日中立っていても平気だ。それよりも、例の物は?」
「怪しげな物みたいに言わないでちょうだい。シア。」
「はい、お嬢様。」
近くに控えていたシアを呼ぶと、ワゴンから一つの皿を差し出す。
皿の上にはプリン程の大きさの茶色いお菓子が上品に乗っていた。
「フォンダン・ショコラというチョコレートのお菓子です。」
「フォンダン・ショコラ…初めて聞く名だな。」
「どうぞ、食べてみてください。味は保証しますよ。」
「んじゃ、早速…!」
皿と一緒に渡されたフォークでフォンダン・ショコラを切り分けると、中からとろりとしたチョコレートが流れてくる。
その光景があまりにも衝撃だったのだろう、興奮に頬を染めながらキラキラと瞳を輝かせている。
その様子は、私が前世で初めてフォンダン・ショコラを食べた時に似ていてとても和む。
「まずは流れ出たチョコレートを付けて食べてみてください。」
「お、おう…!!」
恐る恐るフォンダン・ショコラを口にすると、カッと目を見開く。
しっとりとしたフォンダン・ショコラの生地と温かいチョコレートのハーモニーは格別だろう。
しかもこの世界で温かいお菓子というのは馴染みがないのだ、感動は一塩だろう。
「これは…凄い、凄いぞお嬢!!」
「ふふっ、そうでしょう?次は、添えてあるクリームを付けてみて、また違った美味しさがあるわ。」
「これだな…!!!」
本当はアイスクリームを付けたかったがこの世界、氷がべらぼうに高いのだ。
いくらアンシュルが来るからと言えどそう易々と手に入る代物ではないので、代用としてクリームを用意してみたがどうやら気に入った様だ。
ハッキリとした甘さのチョコレートに優しい甘さのクリームを付けることで、先程とはまた違ったハーモニーが出来上がる。
「美味い…それ以外の言葉が見つからねぇよ…」
「気に入ってくれて嬉しいわ。本当はアイスクリームを付けるともっと美味しいんだけど、流石に手に入らなかったから今はそれで我慢して頂戴。」
「我慢だなんてとんでもない!これで十分美味いぞ!なのに、アイスクリームを付けるともっと美味くなるのか…?」
「ええ。」
「お嬢!いつか作ってくれよ!!アイスクリームなら俺が何とかするからよ!!」
「分かったわ。」
「約束だぞ!?」
「勿論。」
私の言葉にまるで子供の様にはしゃぐクーが可愛くて笑みが浮かぶ。
ここまで喜んでくれるならもっと色々作ってあげたいと思うし、なによりこのギャップをまた見たいと思ってしまう。
(クーがアンシュルの懐刀だというのは重々理解しているけど、もし全てが終わった後ならまたこうしてお茶会を開くことができるかしら。)
全てが終わった時、アンシュルとルナは次期国王と時期王妃でクーはその懐刀という立場だろうが私はどうなるか分からない。
公爵家の娘として過不足ない相手と結婚するかもしれないし、公爵家を出て平民になっているかもしれない。
ただ分かるのは、生き残っている事だけは確定しているということ。
何故なら、それこそが私の目的なのだから。
(そう、それが目的のハズ…よね…)
「なら、ちょうどいいね。このお茶会、定期的に開くことになったから。」
「そうですか……へ?」
自分の中に沸き起こった不可思議な感覚に意識を向けていると、何か突拍子もない事を告げられた気がして顔を上げれば何やらニマニマしたアンシュルとルナがこちらを見ていた。
その笑顔は、先程まで浮かべていた見ているだけ口の中が甘くなるようなものではなく、どちらかと言うと何かを楽しんでいる様な笑顔であり向けられるとなんとなく居心地が悪くなるもので訝し気ながらも首を傾げる。
この数分の間に二人がそんな表情を浮かべる要因があっただろうかと。
「このお茶会は素晴らしい。美しい景色もそうだが、何よりもここの会話こそが私にとっての癒しだ。作業効率の観点から見ても定期的に行った方が利益が出ることは明白だとは思わないか?メリンダ嬢。」
「は、はぁ…殿下のお気に召したことは大変光栄であり、当家と致しましても喜ばしい申し出ではあるのですが…よろしいのですか?」
「ああ。両陛下には私から伝えておこう、きっと色好い返事をしてくれることだろう。」
(事後承諾かい!!まぁ、都合が良いっちゃいいけど…なんか釈然としないのは何でだろう…)
このお茶会が定期的に行われると言う事はアンシュルとルナの親密度も比例するということ。
先程の光景から見てルナの方も脈アリなので、小説の様な関係になるのは時間の問題だろうが何か他に考えがあるのだろうか?
(う~ん……そうか、王妃の説得は出来ても議会で既に王家とオートクチュール公爵家の婚約は認められてしまっている。それを撤回することは認めさせるよりも面倒だからこのまま続行、だからルナとの婚約を結ぶ時に双方共に円満納得の上だと内外に示す為にお茶会をするってわけね。それなら、途中から私が抜けても問題なさそうね。)
「お嬢、考えてる事間違っちゃいねぇと思うが完璧に合ってるわけでもわけでもねぇと思うぞ。」
「だから、どうして私の考えを見抜くんですか貴方は!!」
「それよりも、次のお茶会ん時もコレ食いてぇ。」
「分かりました。同じものでいいんですか?」
「ああ!……あ、でも他のも食ってみたいな…」
「ふふっ、ならフォンダン・ショコラ以外にも何か考えておきましょう。」
「!!」
嬉しそうなクーに微笑む私を、アンシュルとルナが微笑まし気に見つめていた。
*
「さて、ルナ。今日は淑女教育の一環としてお茶会に参加するけれど、緊張していないかしら?」
「少ししています。あちらに居た時もお茶会と呼べるお茶会は経験がないですから。」
「そうなの?それは申し訳ない事をしたわね…」
アンシュル達とのお茶会の後、私はお父様より正式に軟禁を解禁された。
お父様曰く、私の軟禁は無茶を心配してと言うのも勿論あるが偶然にも踏破者になってしまった事を考慮して実行されたらしかった。
踏破者が政治に及ぼす影響力はとても大きい、いくらオートクチュール公爵家が中立派だとしてもどこかで私が踏破者だと知られれば命を狙われる可能性もあるのだ。
けれど、先日王家から正式にオートクチュール公爵家と婚約を結ぶことが通達された。
つまり、下手に私を害せば王家まで敵に回すことになるぞと全貴族に脅しをかけたのだ。
とはいえアンシュルと私に婚約の意志はないけれど、とにかくこれで晴れて自由の身となった私が最初に行ったのは人脈作りの再開だ。
デビュタントまで十年を切ったのに、地盤固めが盤石でない事を指摘して家庭教師にセッティングをお願いした。
(勿論、建前だけどね。)
以前、友好的な関係を築くことができた令嬢はそれなりの数が居る。
広い人脈を構築できれば確かにそれは力になるが、狭くとも強固な結びつきであれば侮れない力となる。
軟禁状態でも定期的に手紙のやり取りはしていたので、また会う事さえ出来れば再び結びつきは強くなるだろう。
つまり、私の人脈作りはそこまで急務ではないのだ。
なのに今回の事に手を回したのは、一重にルナの為だ。
ルナは将来この国の王妃になる存在だ、だが例え王妃の位に納まったとしても周りが付いてこなければ意味がない。
そのためには、周囲にルナの存在を認めさせる必要があった。
シアに集めてもらった噂では、お父様がルナの優秀さに目を付け病を患った私の慰めになるのでは思い引き取ったという事になっているらしい。
隠し子やら不倫やらと思われるよりは遥かにマシだが、そのせいで私に病弱イメージが付いたらそれはそれで面倒だと思ったことは内緒だ。
「でも、私頑張ります!お姉様の妹として恥ずかしくない様になりたいですから。」
「ルナ…貴女は十分に立派だわ。私なんて目じゃないぐらいに日々努力している事はちゃんと知っている、だから私の妹だから頑張るのではなくルナの為に頑張っていいのよ。貴女が貴女の望む場所に行けるように。」
「はい!」
健康な笑顔を浮かべるルナに私も笑顔を浮かべる。
いつか、全てが終わったらこの笑顔をこんな風に目にすることは出来なくなるかもしれない。
貴族のままならチャンスがあるかもしれないが、万が一平民にでもなったらルナは勿論、アンシュルだって雲の上の存在になる。
平民になっても冒険者となり功績を積み上げれば、可能性は低いが相まみえることは出来るかもしれないがそれは遠い未来の話になる。
そして、会えなくなる存在はアンシュルやルナだけではなく─
(生き残れるなら何でもいいって、思っていたはずなのにね…人間は欲深い生き物だとはよく言ったものだわ…)
「お姉様?」
「!なんでもないわ。気楽に行きましょう?今日は中立派の家しか参加しないお茶会だから。」
「はい!」
一瞬脳裏に浮かんだ姿を振り払いながら、馬車の窓に映る流れていく景色に目を向けた。
(中立派の家しかいない、そう聞いていたはずなんだけどねー…)
「あら、ごきげんよう。オートクチュール公爵令嬢様。」
「…ごきげんよう、ミドル伯爵令嬢。」
ニッコリと笑顔を浮かべるミドル伯爵令嬢に冷めた笑みを浮かべる。
ミドル伯爵令嬢はヴェトヴィール公爵夫人が開いたガーデンパーティーでレイティア子爵令嬢であるアシュリーに絡んでいた落ち目の伯爵家の令嬢だ。
そして、ミドル伯爵家は国王派だ。
「こんな所で会うだなんて思っても見ませんでしたわ。」
〈訳:国王派のあんたが何で中立派のお茶会に居るんだよ〉
「ええ、懇意にさせていただいている方が連れてきてくださいましたの。とても素晴らしいお茶会に参加できて光栄ですわ。」
これは遠回しな忠告が伝わっていないなとため息を吐きたくなるが、それよりも聞き捨てならない言葉あった。
”連れてきてもらった”という事は、下手をすればこのお茶会を開いた人物に喧嘩を売る事になる。
同じ派閥ならいざ知らず今回は中立派だけのお茶会と言う事で開催しているのだ、そこに他派閥の貴族が来ることがどういう意味を持つかなんて子供でも分かる。
それに、火の粉を被るのは他派閥の貴族だけというわけでもない。
可能性はとても低いがミドル伯爵家よりも格上の貴族に無理矢理連れてこられとなれば、ミドル伯爵家への非難は多少は減少し連れてきた相手の家に非難が向かうかもしれないがこれもかなり珍しいケースだ。
例え連れてきた家の方に非があったとしても、その家が中立派だとしたらその非は丸っとミドル伯爵家に向かう可能性の方が遥かに高くまた現実的なのだ。
簡単に言えば吊し上げ行為が正当化されるなど酷く理不尽なことだが、この世界の貴族社会とはそういうものだと家庭教師の講師がなんとも言えない表情で説明していたのを思い出す。
しかし、これもこれで酷な事だがミドル伯爵家は吊し上げる程の家でもないし余程の事情か、何らかの根回しをした上での特例という線もなくはないが、それをするだけの価値を持っているとも考えにくい。
となれば、残る可能性は唯一つ。
(厄介なお茶会になりそうね…)
扇で隠した口元を忌々し気に歪ませながら、目の前で能天気に喋りまくるミドル伯爵令嬢を温度のない視線で貫いた。
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




