五十七話
「突然だけどルナ。三日後に殿下が来訪されることになったわ。」
「アンシュル様が?何かあったのですか?」
「あー…」
翌日、朝食の後でお父様に時間を頂いて昨夜の出来事を少しだけ掻い摘んで報告した。
いくら私とアンシュルが相棒関係であることが公認になったとしても、なんとなくクーの事は誤魔化したかった。
お父様としても伝言を届けに来た者よりも、アンシュルが来ることの方を重要視してくれたので特に追及はされずに当日の警備体制の見直しやらお茶会の段取りやらの話し合いとなった。
警備体制に関してはお父様にお任せするが、お茶会に関しては私に采配を任せてもらった。
何故なら、そここそがアンシュルが公爵家に来る一番の目的なのだから。
「何かあったと言うよりも疲れを癒しに来ると言った方が適切かもしれないわね。今、ちょっとゴタついてるみたいだから。」
「それは…心配です…私はあまり政治に関与させてもらえませんでしたから詳しくはありませんが、お兄様はいつも眉間に皺を寄せていました。国を統治する者にしか分からない重責であることは分かっているのですが、御心を削って欲しくはありません…」
(これは…もしかしなくても脈アリ??)
私の言葉を政治的なものと勘違いしたルナは心配そうに俯く。
その脳裏には今は亡き兄の姿があるのだろう、それはルナにとって最も身近な統治者はきっと父王よりも兄君の方なのかもしれない。
いずれにせよ、その姿とアンシュルを重ねる形ではあるがアンシュルと言う個人を案じている時点でルナが好意的にアンシュルを見ていることは事実だ。
「そうね、だからこそ私達のおもてなしが少しでも癒しとなる様に頑張るのです。ルナ、貴女は出自はどうあれ今はオートクチュール公爵家の一員、ポロス国の民として殿下のお力になる覚悟はあって?」
「勿論です!アンシュル様には何度も助けていただきました!そのご恩に報いるのは勿論ですが、私個人としてもあの方の助けになれるのであれば微力ながら励むつもりです!」
「よく言いました。では、当日のお茶会でのお菓子は私達が手掛けます。よろしいですね?」
「はい!………はい?」
「メニューはそうね、この間のカップケーキは出来がよかったから加えるとして定番のスコーンにチーズタルトなんかもいいわね。マカロンも加えたいところだけど手間がかかるし…」
「ちょっ、ちょっとお待ちくださいお姉様!!」
「ん?なぁに?」
態とニッコリ無邪気な笑顔を浮かべると、ルナは一瞬言葉に詰まる。
うん、その気持ちよく分かるよ。
笑顔と言うのは時として憎悪の表情よりも強いのだ、例えば相手を煙に巻きたい時なんかにはとても効果がある。
とはいえ、私はそこまでの熟練者じゃないから一瞬言葉を止めるぐらいが精々だが。
「あ、アンシュル様に私達のお菓子を出すんですか?!確かにお姉様のお菓子ならアンシュル様も納得されるとは思いますが、私の作ったお菓子なんて警戒されてしまいます!!」
「だい…警戒?」
「…私の出自はお姉様もご存じの通りです。そしてアンシュル様が疲弊なさる程に情勢は不安定な今、私などが作ったお菓子を口にすることに心穏やかではない方々が大勢いることでしょう。例え、アンシュル様がそれをお望みだったとしても、私はアンシュル様の周囲が荒れることを望みません。」
(なるほど…)
アンシュルの疲弊が政治的なものだとしたらルナの意見も一理ある。
お忍びとはいえ王族が来るのだ、護衛は沢山ついてくることだろうしその中にはメンシス国に対してピリピリしている者もいるかもしれない。
ルナの出自はトップシークレット扱いにはしているが秘密とはいつか漏れるもの、夢の庵でない限り完全に隠蔽することは不可能だ。
それをルナはよく理解している、だからこその意見なのだろう。
しかし、全くの勘違いなのだ。
「安心してルナ、殿下がお疲れなのは政治的な事でもなければ国防等についてでもないわ。」
「え?では、一体…」
「ん~一言でいうのは難しいわね……強いて言うなら意見の相違による衝突って所かしら。」
「はぁ…」
「ごめんなさい、これ以上は言っていいのか私では判断がつかなの。でも誓って貴女が想像しているような理由で殿下が疲弊しているわけではないし、情勢も同様に悪化していないわ。先程貴女が言った貴女個人として殿下の助けになりたいのなら、他でもないルナのお菓子が必要よ。」
「私の…?」
「ええ。その事実はこの私、メリンダ・オートクチュールが名に誓って保証しましょう。」
貴族にとって名に誓う行為はとても重い。
誓いを裏切れば破門は勿論、殺されたって文句は言えないからだ。
それはルナも知っている事なので、私の言葉に驚きはしたもののようやく信じてくれたようでゆっくりと頷く。
「分かりました。お姉様がそこまでおっしゃるのならばこのルナ、微力ながら精一杯務めを果たします。」
「そう来なくてはね。それじゃあ、さっそくメニューを決めましょうか。」
「はい!」
「うん、大体決まったわね。」
「途中からなんだか楽しくてはしゃいでしまいましたが、これ全部作るんですか…?」
「勿論、我が公爵家の料理人達にも手伝って貰うわ。ああ、でもこの二品だけは私達だけで作りましょう。」
「カップケーキは以前教えて頂いたのでわかりますが、こちらはどういうお菓子なのですか?」
「ふふっ、それは食べてからのお楽しみよ。」
*
ルナとお茶会のメニュー決めてからの二日は怒涛の勢いで過ぎていった。
警備体制に関してお父様に丸投げ…一任しているとはいえ王族を迎える準備は中々に骨が折れる。
滞在予定のガゼボの周りは庭師達が特に念入りに手入れをし、メイド達も日々の掃除にさらに力を入れる。
私とルナのメニュー案を更に料理人達と摺合せ、試作と試食をしつつ当日に出す紅茶の茶葉選び。
そしてそれらと同時並行で諸々の手配という仕事を日常業務をしながら熟すのだ。
気軽にセッティングだなんていったが、かなりの重労働に少しだけ後悔した。
だがそれも全て、今日を恙なく迎える為の布石だ。
非公式という言葉通り家紋のない馬車がオートクチュール公爵家の門前に到着すると同時に、騎士達に緊張が走る。
一見すれば簡素に見える馬車だが、見る者が見れば細部にまで細工が施された一級品の馬車だとすぐに見抜くことだろう。
華美ではないが勢が尽くされたその馬車から降り立ったのは、ポロス国の第一王位継承者であるアンシュル。
目に見える追随は執事一人だけだが、その周囲は隠れた護衛が固めていることだろう。
そして、追随する執事もただの執事ではない。
「ようこそお越しくださいました。」
「やぁ、本日は非公式の訪問だからあまり固くならないでほしい。」
「かしこまりました。ガゼボにお茶の用意をさせておりますので、どうぞこちらに。」
玄関にてお父様と私、そしてルナの三人で迎えればアンシュルは王子の顔でそれに応じる。
その姿勢は流石なもので、夢の庵で見せた様な草臥れた気配欠片もなく、またこの二日間仕事に没頭していた人間とは思えない程爽やかだ。
素直に関心を覚えるが、アンシュルの状態が後転しているわけではない事も分かっているので早々にガゼボに案内する。
お父様にお願いして、あそこの警備には可能な限り人払いをしてもらった。
給仕の関係でシアやレイは近くに待機しているが、この二人も事情を知っているので問題はない。
加えて、アンシュルが連れてきた執事も待機する。
「この日の為に、我が公爵家の料理人達と腕によりをかけました。」
「これは凄いね。」
目の前に並べられたお菓子の数々にアンシュルの目が輝く。
一見すればそれは子供らしい反応にも見えるが、私には分かる。
お菓子に感動しているわけではない、ルナが作ったお菓子に感動しているのだと。
「そうでございましょう?我が妹は賢い上に器用でして様々な事をすぐ吸収してしまうので教え甲斐がありますの。」
「それは喜ばしいことだね。これは全てメリンダ嬢が指南したのかい?」
「半分近くは料理人達の手を借りましたわ。ですが、こちらのお皿のお菓子は殆どルナが手掛けまして、中でもカップケーキはルナの自信作なんですよの。」
「お、お姉様!!」
恥ずかしそうにするルナの姿に、アンシュルの顔も穏やかに崩れる。
きっと、周りに護衛がいるという前提がなければ取り繕うことも難しかったかもしれない。
(相当お疲れなのね…ご愁傷様…)
「これは凄い、細工が細やかでまるで芸術品だ。王宮の料理人達もかなりの腕だが、比較しても遜色ない腕前だな。」
「きょ、恐縮です…」
「食べるのが勿体ないだなんて初めて思うよ。」
素直な感想なのだろうが、ルナにとっては過剰な賛美であった様で愛らしい顔を赤く染めてあげている。
そんなルナをアンシュルがとても優しく、そして愛おしそうに見つめている。
護衛の中に絵師を紛れ込ませられないかと打診しておけばよかったと、ものすごく後悔した。
「だが、折角のお菓子だ。いただくよ。」
「は、はい…」
美しい装飾は悪く言えば食べにくいという事、それなのにアンシュルは口元や皿を汚すことなく綺麗にそして上品に食べてみせる。
流石上流階級の礼儀作法は洗練されているなと他人事のように考えるが、そういう自分も上流階級に居るし私も綺麗に食べることができた事を思い出す。
それでも、アンシュルやルナ見たく様にはならないだろうなとも思い直した。
「美味しいよ、ルナ。流石だね。」
「!あ、ありがとうございます…」
「こんな美味しいお菓子が毎日食べられたら、公務も頑張れるんだけろうけどね。」
「あの、お姉様からお伺いしたのですが、何かお疲れになるようなことがあったとか…」
「ああ、まぁな。ちょっと厄介なことがあったんだ。」
「詳細は伺いません。ですが、アンシュル様が苦しまないことが私の望みです。微力ではありますが御身が穏やかであるように私にできることならどんなことでもご助力させて頂く所存ですのでどうかご自愛くださいませ。」
「ルナ…」
心配げな表情で告げられる言葉に、アンシュルの瞳が揺れる。
感極まっている様子だが涙を堪えている感じではない、ただ単純に感動しているのだ。
ルナが自身を想ってくれていることに。
アンシュルとルナの仲を応援するという事は、アンシュルと相棒関係になる時点で決めていたことだ。
だが、少しだけ不安もあった。
アンシュルは確かにルナに好意を向けているが、それは果たして本当にこの世界のルナに対してなのかという不安だ。
転生してから二年、それなりに色んな人と関わって生きてきて分かった事、いや、実感したことだがこの世界は現実だ。
小説の世界と同じだからと言って登場人物達は勿論、市井に生きる人々や公爵家に仕えてくれている人々も紙の上の文字ではなく個々に意志がある。
その最も身近な例がきっと王妃なのだ。
小説では凛々しくカッコイイ女性として常に民の前に胸を張って立っていた王妃に、リサーナへの偏愛ともいえる情熱は描写されていなかった。
そもそも、リサーナと王妃が親友関係である事すら描写されていない。
もしかしたら作者の脳内にはあったのかもしれないが、それすらも可能性の話だ。
今目の前に起きている現実が全てであり、今目の前に生きている命が真実だ。
だから、小説の中のルナが推しだと言っていたアンシュルが現実のルナを見ても同じ想いを抱けるのか、またきちんと現実のルナを見れるのか不安であり心配だった。
(なんだ、何の心配もなかったわね。)
だが、それは杞憂だった。
ルナが私の妹になる描写はないし、アンシュルにそんなセリフを言った事もない。
というか、小説のルナとは少しだけ雰囲気も違ってきている。
だと言うのに、アンシュルは変わらずルナを見続けている。
彼の中にはきっと、小説のルナと現実のルナを比べるだなんて考えすらないのだろう。
ルナがルナなら問題はない、容姿に恋をしたのではなくその心に恋をしたのだ。
見ているこっちが恥ずかしくなるほどその想いは一途で、胸焼けするほど甘い。
安堵と同時に感じる甘い空気に、紅茶を一口飲む。
「ありがとう、ルナ。」
「出過ぎたことを申しました。」
「いいや、とても嬉しい。王子である以上、この国の為に働くことに異論はないがそれでも他でもない私を案じてくれる人が居ることはこの上ない幸福だ。しかも、それが他でもないルナ、君なのだから。」
「アンシュル様…」
自然と伸びたアンシュルの手は、そっとルナの髪を撫でる。
まるで引き寄せられるように二人の視線は交わり、髪を撫でていた手がルナの頬にまで伸びるとルナもまたアンシュルの掌にすり寄る。
そんな二人の光景はお菓子を食べていない筈なのに、心なしか口内に甘さを感じさせた。
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