閑話 ST・アンシュル 2
ポロス国が誇る王城。
華美ではないが細やかな装飾が施されたポロス国の象徴たる城の中の一室では現在、この国の王子が項垂れている。
彼の名はアンシュル、ポロス国の第一王位継承者だ。
そんな彼がここまで項垂れるということは国に危機が迫った時ぐらいなのだが、今回は違う。
むしろ、その方が精神衛生上は良かったかもしれないと誰かが聞けば咎めそうな事すら思っているのだがその咎めそうな人物も彼が抱えている案件を知れば同情するかもしれない。
彼がここまで項垂れる案件、それは己が母であるポロス国王妃エリザベスについてだ。
ポロス国王妃、エリザベス・メタト=ポロスは国王であるリチャード・メタト=ポロスを支えるだけでなくポロス国がより良い国になるように尽力する善き王妃だ。
女だてらに政治を学び、国王だけでは手が回らない場所は勿論、女性ならではの視点で民のケアに努めたおかげで我が国の貧困層は年々減少傾向にある。
美しく凛々しい賢女、それだけ聞けば素晴らしい王妃として称えられたのだがこの王妃には一点だけ何とも度し難い悪癖があった。
「アンシュル様。」
「入れ。」
「失礼いたします。」
「状況は?」
「芳しくありません…」
「そうか…」
王妃の悪癖、それはオートクチュール公爵夫人であるリサーナを異常なまでに愛していることだ。
あれはもはや親愛の情では収まらない、傍から見ているともし王妃が男ならば既成事実を作って囲おうとするのではないかと危惧するほどなのだが、本人にその自覚がない。
いや、正確に言えばそれほどまでだと思っていない。
己がリサーナに並々ならぬ想いを抱いていることは自覚しているが、それはあくまで親愛であってそれ以上でも以下でもないと思い込んでいるのだ。
ある意味それは幸いなことで、もし正確にその想いを自覚させてしまったらリサーナの身が危ない。
ただでさえ説得と称して招いたその日から王妃の私室に軟禁されているのだ、もはや一刻の猶予もない。
それに、これが原因で王家がオートクチュール公爵家と対立することなどあってはならない。
第一そんなことになったら申し訳が立たなすぎて国王と王子が直々に土下座しなくてはならなくなる。というか、させてくれ。
なので、何とか王妃に自覚させないようにしながらリサーナを解放させられないか働きかけているのだが、成果は全くなかった。
(それほどか、それほどまでに俺とメリンダを婚約させたいのかあの王妃は…)
アンシュルとメリンダを婚約させることを諦めさせる。
そのために、アンシュル自らがリサーナに協力を要請した。
自身とメリンダの相棒関係を告げ時、平手打ちの一発や二発は覚悟していた。
こちらとしても不本意ではあったものの五歳の子供に囮をさせるだなんて非道な真似をしたんだ、子を持つ親ならば文句があってしかるべきだ。
だがオートクチュール夫妻は、苦言は呈しても手は出さなかった。
もしかしたら、アンシュルも子供だったから言葉だけで収めたのかもしれないがあの表情はそれだけではない気がする。
とはいえ、アンシュルが踏み込める話ではないというのも分かっているので言葉を飲み込む代わりに王妃の説得に手を貸してほしいと頼んだ。
その際、公爵にやけにしょっぱい顔をされたのはこうなることを予想したのだろうが反対に、リサーナは静かに笑みを浮かべていた。
(あの時は何か勝算があるのかと思っていたが…いや、あったが通用しなかったのかもしれないな。)
メリンダにリサーナの事を頼まれているというのもあるが、外ならぬ自分が協力を要請したばっかりに巻き込んでしまったことに対する罪悪感に頭が痛くなる。
どうにかして、一時的にでもリサーナを王妃から引き離せないか考えていると予想外の人物が部屋を訪れた。
「頭を抱えているようだな、アンシュル。」
「ち、父上?!」
現れたのはアンシュルの父であり、ポロス国国王リチャード・メタト=ポロスその人だった。
賢王として名高い父の登場に瞠目しながらもなんとか礼を取ると、楽にしていいと告げられる。
しかし、自然な動作でソファに腰掛けながら人払いをするあたりあまり楽しい会話は期待できなかった。
「エリザベスのことについてかな。」
「はい。」
「聞くが、お前はどうしたいんだ?メリンダ嬢は愛らしく頭もいい、しかも踏破者だ。外野が騒いだところでいくらでも黙らせられる身分も力もある。お前も悪い気はしていないのだろう?」
「確かに彼女は人として好意を抱くに値する素晴らしい女性ですが、伴侶となりえるかと問われれば論外です。」
「ほぉ、言い切るな。」
「彼女に聞いてもそういうと思いますよ。まぁ、不敬だなんだと気にして遠回しな言い方にはなるでしょうけど。」
クックッと喉を鳴らしながら愉快そうに笑う父に、分かりきったことをワザと聞いたなと胡乱な目を向ける。
目の前の父も仕事はできるのだが、人で遊ぶことがよくあるのだ。
本人は試練だなんだと言っているが、アンシュルにしてみれば暇つぶしに揶揄っているようにしか見えない。
でも、その中には本当に相手を試す意味や助ける意味を持つ時もあるから質が悪いのだが。
果たして、今回はどちらだと見極めるように目を細める。
「ではお前とメリンダ嬢の意見は合致しているということだな、それを崩そうとしているのだからエリザベスも諦めが悪い。」
「そう思うなら父上からも言ってくださいよ。国王の言葉ならいくら王妃といえど聞き入れるかもしれませんよ?」
「結果が分かっていてやれと?」
「分かってしまうのもどうかとは思いますがね…」
愉快そうな顔から一変、真顔で尋ねられるこちらの身にもなってくれ。
というか、普通はアンシュルが言ったようなことになるべきなのだ。
王妃はあくまで補佐、国の指針を最終的に決める権限を持つのは国王なのだ。
国王が裁決するまでに多種多様な人や手続きが交わることで国が運営されていくのだが、これに関しては多種多様な人も手続きも突っぱねて決めることができる。
それだけの材料を提供しているのだから。
「父上としてもメリンダ嬢と私が婚約を結ぶよりも私の望みが叶う形のほうが、都合がいいのではありませんか?」
「まぁな。国としてもそれが叶うのであればこれ以上ないことであるし、親としても子の幸せを叶えられることは重畳だ。」
「ならば何故?」
「…そうだな、告げねばなるまい。本当ならば告げるつもりはなかったが、こうなってしまった以上仕方なかろう。」
「…」
こちらを揶揄う様な雰囲気を消したリチャードが、アンシュルを真っすぐに見つめる。
またも変わった父の空気に思わず姿勢を正すと、これから来るであろう情報に備える。
リチャードは確かに人で遊ぶ癖があるが、決して愚かというわけではない。
時を、人を、場を、きちんと見極める目を持っている。
その目は父に違う事無く最小限の労力で済むように機を教え、時には繁栄を、時には防衛を行ってきた。
そんな父が国にとっても親にとっても重畳といったアンシュルの望みを叶えるために動くのではなく静観するのは、まだその時ではないからなのだろうと思っていた。
だが、ここにきて父が動いた。
間違いなく何かが動くと、アンシュルが緊張するのも無理からぬ話だ。
「お前の母はな………同性愛者ではないのだ。」
「……は?」
固唾をのんで待った言葉は予想以上に突拍子もなく、また想定の枠をぶち壊した。
アンシュルの中に駆け巡るのは”アレでそれを信じろと?”と”今それいう事?”という感想だけだ。
加えて言うならば、その二つの感想をいだく以外の身体及び思考の機能が停止していた。
幼少期から礼儀作法をみっちり叩き込まれていなければ、とても間抜けな顔を晒していたことだろう。
「お前の母は同性愛者ではないのだ。」
「いや聞こえなかった訳ではありませんよ、信じろと?アレで?」
「そうだ。」
「えぇ―…」
反応の無さに聞こえていないとでも思われたのか、二回目を口にする父に思考は強制的に再起動され反射的にツッコミが走る。
だが、それすらも肯定されてしまいつい王子らしからぬ反応を取ってしまった。
しかし、それも仕方のないことだ。
厳しいと評判の礼儀作法講師も今回に関しては不問に付してくれるだろう、というか同情されそうな気がする。
「確かにお前が生まれてから今日まで見てきた姿を思えば信じられないのも無理はないだろう、だが事実だ。」
「…仮にそれが真実だとして、何故今それを?もしかして、私がオートクチュール公爵夫人を呼んだ理由がそれだと思われていたからとかではないですよね?」
「少しはあったが、本命ではないな。」
「(あったんかい。)…それでは、一体。」
「エリザベスはな、自分に昔のお前を重ねているんだ。」
「昔の、私?」
アンシュルは前世の記憶を持ってはいるが、勿論そのことを両親に告げたことはない。
この世界でそれを知るのは同じ境遇であるメリンダただ一人だ。
ならば、この父が言うのは間違いなくこの世界で生きてきた時間でのことだが、アンシュルがこの世界で過ごした時間はまだ七年しかない。
そこまで長くない時間の中で自分が劇的に変わった実感も自覚もないアンシュルが首を傾げると、真剣だった父の表情がまた人を揄っている時のそれに代わった。
「自覚がないか。お前、昔は王族の責務に囚われすぎて何でもかんでも自己完結させようとしていただろう。」
「!」
「それがどういう訳か一変した。確か二年ほど前だったな…時期で言えばちょうどメリンダ嬢と会った頃合いか。」
「まさか……私の為だとでもいうのですか!?」
違っていてほしい仮説に思わず叫ぶ。
もし、もしもエリザベスの幼い頃が小説のアンシュルの様に差し伸べられた手に気づかず自分の世界に閉じこもるような子供だったとしたら、前世を思い出す前のアンシュルに昔の自分を重ねてしまうかもしれない。
自分の様になるかもしれない子供がある時を境に変わった、そしてそのきっかけになったのはその時、傍に居た少女なのではないかと考えたのだとしたら。
自らの人生を鑑みた上で子供に最良の幸福を与えたいと思ってしまったのだとしたら。
(…身投げしようとしたメリンダの気持ちが、痛いほど分かる…)
「九割は正解だな、残り一割はエリザベスがリサーナとの繋がりを強固にしたい我が儘だ。」
「ふざけないでいただきたい!!あの時、私はお二人の前で私の願いを言ったはずです!!それなのに、何故そのような方へ突き進むのですか!!」
「さぁな、そこは私にも分からん。だが真実、アレはお前の幸せの為に邁進しているぞ。」
「っ!!」
何が幸せだと叫びだしたかった。
リチャードに奴隷商の事などが中途半端にバレてしまった時から、それとなく自分の願いについて告げていた。
経験と功績を積み、必ずポロス国に益をもたらす事を条件に交渉の場についてほしいと。
相手の名こそその時は言えなかったがルナがメンシス国の王族であると判明した事と、メーバル打破という大きな功績を得たことでメリンダがポロス国に帰国したと聞いたと同時に両親へと告げていた。
自分はメンシス国の第一王女であるルナフィール・セレス・メンシスと婚姻を結びたいと。
勘違いや間違いを防ぐためにきちんと名を出したというのに、それでもダメだったというのか?
それとも、遠回しに反対されているのだろうか?
(待て、落ち着け…冷静になれ…どうすれば、ここから軌道修正できるか考えろ…)
叫んだところで何も変わらない、変えたいのなら考えて動くしかない。
今考えられる可能性は二つ。
一つ目はエリザベスがアンシュルの願いを曲解した上で自分の願いも叶えようとしている。
この場合なら、その曲解部分を強制的に正す必要がある。
二つ目は遠回しに反対されていること。
この場合なら反対を凌駕するだけの手札を用意すればいい。
状況的には二つ目のほうが楽なのだが、父の言葉から推察すると一つ目の可能性の方が高い気がする。
ならば、自分がとる行動は一つ。
「……ならば、教えて差し上げねばなりませんね。母上の行動の先に私の幸せは毛ほどもない。あるとすれば、身を引き裂くだけの絶望だけだと。」
「本気、ということだな?」
「ええ、勿論。」
人を揶揄う、いや、試すような視線に挑むように頷いてやる。
聡明な父ならこの言葉で伝わるはずだ。
王妃が折れなければこちらにも考えがあるのだと。
そしてそれは、ポロス国が最も望まないことであるのだと。
「そうか、ならば私から言うことはない。あとはお前の采配を見守るとしよう。」
「はい、父上。」
そういうと、リチャードはさっさと退室していく。
国を第一に考える王らしく、リチャードはこれまで家族に関してあまり干渉してこなかった。
その姿勢は見ようによっては冷淡であり、親子の情は皆無もしくは希薄であると思われてきたしアンシュルもそうだと思っていた。
今回のことだってメンシス国の姫との婚姻の方がポロス国に多大な利益をもたらすから干渉したのかもしれない。
だけど、アンシュルが絶望と口にした一瞬だけ見せた顔が、酷く悲しそうな顔が、目に焼き付いて離れない。
(前世でも俺は親にはならなかったから正直分からないけど、たぶん、この人なりに父親をやろうとしていたのかな…)
不器用な人だと内心呟きながら、もう一人の不器用へと意識を向ける。
再熱しそうな怒りを深呼吸で沈めながら、王妃の私室へと歩みを進めた。
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




