第五十五話
「それじゃあ、早速やっていきましょうか!」
「はい!」
私の講義が終わると、さっそく厨房でお菓子作り教室が開催された。
本当なら貴族令嬢が厨房に入ることは推奨されていないが、この公爵家は例外だ。
今よりも幼い頃の私が唯一興味を示したことだからと、お母様が特別に許可を出してくれたらしい。
なんでも、言われるがまま淡々と生きていたことを大層心配していたがここ最近は見るからに変わったと評判なのだとか。
ん?誰情報かって?
厨房の隅っこで涙ぐみながら話していた料理人達さ★…私になる前のメリンダってどんな生活送ってたんだろう…
「お姉様?」
「!なんでもないわ。さて、今日は何を作りたいの?」
「今日はカップケーキを習いたいです!前に作ってくださった物がとても美味しかったので私も作れたらなぁって。」
「わかったわ。ならまずは──」
頬を染めながら過去に味わった味を思い出すルナは素直に可愛らしい。
こんな表情をあのカップケーキが引き出したと思うと、なんとも誇らしい。
(それに、カップケーキなら簡単だしアレンジも効くしお茶の席にも出しやすい。アンシュルも近いうちに顔を出すだろうからその時に出せばきっと喜ぶでしょうね。)
ゆくゆくはプリンとかも教えて、あーんとかさせあったりしちゃうのだろうか。
それともスコーン辺りの王道菓子片手に優雅で甘い一時を過ごすのだろうか。
どちらにしても美男美女のお似合いカップルのイチャつきだ、砂糖を吐くかもしれないが健康にはすこぶる良さそうだ。
「生地はこれぐらいでしょうか?」
「もう少し少なくてもいいわ。結構膨らむし、今回は少しアレンジも加えようと思うの。」
「アレンジ?」
「このカップケーキを可愛くデコレーションするの。見た目ももっと美味しそうになるわ。」
「楽しみです!」
まぁ今はこの愛らしい笑みを存分に満喫しようと、意識をカップケーキへと向けた。
「出来ました!」
「流石ルナ、器用ね。初めてでここまで出来れば上出来よ。」
「お姉様の教え方が上手だからですよ。」
完成したカップケーキは見事という言葉以外見つからない完成度だった。
前世の私が作ったカップケーキよりも精巧で、ヒロインマジパネェと思わず口に出しそうになった。
これなら、すぐにでもアンシュルの前に出せるが…やはりその前に味見は大切だ。
「いい時間だし、お茶にしましょうか。」
「はい!」
「シア、お茶の用意をお願いできるかしら。お菓子はこのカップケーキで。」
「かしこまりました、お嬢様。」
後ろに控えていたシアにお茶の準備を頼むと、眼前に広がる器具の数々が目に入る。
見事なカップケーキを作った点からルナは決して不器用ではないが、やはり初めてだったからか調理の工程をうまく制御できていなかった。
端的に言えば、調理台の上が大惨事なのだ。
皿を割るなどの調理器具の破壊はないものの、これは食器洗いが面倒そうだと言わんばかりの光景に少しだけ肩を落とす。
「準備ができるまで、お片付けでもしていましょうか。」
「お待ちを!お嬢様!!」
「料理長。」
「片づけはあっしらがやりますんで、お嬢様らは休んでいてくだせぇ!!」
「でも、ここまで荒らしてしまいましたし…それに、料理とは片づけまでが料理ではなくて?」
それでなくとも場所の提供や食材の準備までしてもらっているのだ、無理を言っている立場なら来た時と同等かそれ以上に綺麗にして返すのが礼儀というものだ。
だが、なおも料理長は固辞する。
「お嬢様のお気持ちはとてもありがてぇでし人として立派だと思いやすが、そいつを受け取ることはできねぇんでさ。どうか、俺の顔を立てると思って…」
「!」
そこまで言われてようやく気付いた。
彼らは料理人である前にオートクチュール公爵家に雇われている身なのだ、いくらその家の令嬢が望んだとはいえ掃除までさせたとあっては心穏やかにはいられまい。
例え、雇い主であるお父様が折檻しないとしてもだ。
「そうですわね。料理長、ありがたく貴方の申し出を受けましょう。」
「ありがてぇ限りです。」
「いいえ、私としても出過ぎたことを言いました。」
本当ならここで謝罪したいところだが、それをしたらまた彼らを慌てさせてしまう。
貴族令嬢とはかくも生きずらいと内心で項垂れながら、料理人達に何か差し入れをするように手配しておこうと決めた。
「い、いかがですか?」
おずおずというよりも、戦々恐々と言った感じで味の感想を待つルナ。
そのあまりに必死な様子は、毒でも持ったのかと思われるほどで苦く笑ってしまう。
まぁ、初めて作ったものを食べてもらう時の心情は私も覚えがあるから分からないでもないがそれにしても必死過ぎだ。
「とても美味しいわ、安心して。」
「本当ですか!!」
「ええ。私が独り占めしているのがもったいないぐらいよ。さ、ルナも食べてみて。」
「はい!」
やっと安心したのか、嬉しそうにカップケーキを口にする。
デコレーションを結構したので礼儀作法に不慣れな人間なら口元や手をクリームでベタベタにしてしまうだろうに、ルナは危なげなくカップケーキを上品に食べていく。
ルナがポロス国に来たのは三歳の頃の筈なのに、ここまで礼儀作法が出来上がっていることは驚愕に値する。
元々の才能か、それともルナ自身の努力かは分からないがこれならばアンシュルとお茶会することもできるし、下手な令嬢に絡まれても逆に相手が惨めな思いをすることだろう。
(ま、その前に私が叩きのめしてあげるけどね。)
「お姉様が作ったカップケーキ、とても美味しいです!」
「そう?私はルナ程綺麗にデコレーションできなかったからせめて味だけでも楽しんでくれたら嬉しいわ。」
「何をおっしゃるんですか!お姉様のカップケーキもとても美しいです!私だけが楽しんでいるのが申し訳ないぐらいで…」
「そこまで褒めて貰えるなんて、嬉しいわ。」
これほど裏のない純度百%の素直な賛美は前世を含めたとしても、早々受ける機会はなかった。
だからなのか嬉しさが沸き起こると同時に、恥ずかしさも込み上げる。
それを誤魔化すようにお茶を一口飲むと、さらにルナが続ける。
「お姉様はお菓子を誰かに振る舞ったりはしないのですか?」
「そうね…言われてみればあまりそういった機会はなかったわね。というか、料理自体誰かに振る舞ったことはなかったかもしれないわ。」
「そうなのですか?あんなに美味しいのに…」
「ああ、そうだったわ。あの時、ルナに振る舞ったのが初めてだったわ。」
思い返してみれば私になる前のメリンダが作ったものも誰かに振る舞ったことはなかった。
私になる前のメリンダは出来上がった料理が成功だろうと失敗だろうと、誰かに振る舞うという発想自体がなかったような気さえするし、私になってからもその発想はなかった。
それは単純に誰かに振る舞えるレベルになっていないというのもあるが、自分の好みを最優先にしていたのでこの世界の住人達に受け入れられるかが分からなかったのだ。
だからあの時、ルナに食事を作った時は内心かなり緊張していた。
自分の好みではなく、おそらくこの世界向けだろうという味の方へ寄せていきそれからルナの反応を見ながらジワジワと味の調整をしていったので私としてもルナに食べてもらえるというのはとても有意義でありありがたかった。
「!私が、初めて…」
「ええ。貴女のお蔭でもっと料理が上達した気がするわ。ありがとう、ルナ。」
「私こそっ!こんな楽しい時間、生まれて初めてで…もっと、もっと教えて欲しいです!」
「私にできることなら喜んで。」
少しだけ声が震えている様な気がしたが、あえて触れることはしない。
だって、ルナには欠片も陰がなかったから。
「っ…でも、お姉様。こんなに美味しいのですから、やはり私だけが独り占めするのは勿体ないと思うのです。」
「そうかしら?でも、私の料理を食べてくれる人なんて…」
「思い出してみてください、私以外にもお姉様のお料理を食べた人がいるではありませんか。」
「え?………あ!」
そういえば、ガルツ国から戻って報告会をした時にアンシュルとクーにも昼食を振る舞ったんだった。
あの時は特に何も意識していなかったが、王族に毒見なしで食事させた事実に少しだけ血の気が引く。
毒を盛るだなんて絶対にしないし、あり得ないが、もしこのことが露見すれば小言の一つや二つは振ってきそうだ。
「思い出されましたか?」
「ええ。そういえば、殿下とクーにも振る舞っていたわね。迂闊だったわ…王族相手に…」
「そ、それは大丈夫です!お姉様のお料理ですし、何よりとても喜んでいらしたではありませんか!えっと、あの方に至ってはお代りもしていましたし。」
「そういえばそうね。」
普段とのギャップが可愛らしくてとても和んだことを思い出す。
そういえばあの時、また機会があれば作ってあげたいと考えていた。
あのまま絶望に飲まれて身投げしていたら、そんな機会はもう二度となかったのだ。
「あれほど気に入っていたのです!またお姉様のお料理が食べたいに決まっています!」
「そう、かしら…」
「はい!間違いありません!!」
やけに自信満々なルナに驚きつつも、確かにあの時のクーはよく食べた。
お腹が空いていたというのもあるし、ハンバーグが珍しかったというのもあるだろうが、食べた後の幸福に満ちた顔が脳裏をちらつく。
また、あの顔が見てみたい。
(何かお礼をしないといけないって思っていたし………そ、それに!クーに私が振る舞うのならルナがアンシュルに振る舞う様に誘導するのも自然にできるし!?うん!そうよ!使えるものは使った方がいいわよね!!)
何やら言い訳じみた事を内心で並べながら、再びお茶を口にする。
いつもシアが淹れてくれる紅茶は猫舌な私用に少し温くしてくれているのだが、なんだかいつもよりも冷たく感じた。
話している内に冷めてしまったのかとも思ったが、嚥下する際に伝わる温度は私を落ち着かせてくれた。
「そうね、なら作ってみようかしら。」
「是非!!」
「どうせならルナ、一緒に作らない?クーが来るなら殿下も来るだろうし、私一人じゃ二人分のお菓子は大変なのよ。」
「お姉様のお役にたてるなら喜んで!!」
(よし!!)
内心でガッツポーズをとりながら、午後は麗らかに過ぎていった。
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




